大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第34章『理解』

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第34章『理解』

「敦賀ー、タカコさんは胡麻鯖が食べたいです」
「……居残りのてめぇと違って俺は明日朝から出撃なんだが?」
「はい、だから早く帰って来られる様に、食堂の夕飯よりもだいぶ早い時間に催促してみました」
「何なんだその言葉遣いは、気持ち悪ぃ」
「いや、お願い聞いてもらおうと下手に出てみたんだけど」
「……違うだろ……何がどう違うのかは俺にも分からんが……絶対に違うだろうそれは」
「まぁ良いけど。というわけだ、中洲に行こう」
 出撃を明日に控えた大和海兵隊、その本部の最先任上級曹長の執務室には自分の机で書類仕事を片付ける敦賀と、応接セットのソファに座り書類の分類の手伝いをするタカコの姿。
 時刻はまだ十四時過ぎ、こんな時間に何を言い出すのかと思ったがどうやら彼女なりに配慮しての事らしい、しかしどうも照準がずれている、敦賀はそう考えつつ未処理の書類に目を遣った。これ位の量ならもう直ぐに終わる、それから鍛錬に出て、そう頭の中で段取りをしつつ
「十七時には出るぞ、さっさと終わらせろ」
 手元の書類からは視線を上げずにタカコへと告げる。
「え、良いの?」
「何だ、嫌なのか、それなら別に――」
「いや、行く、行きます!」
「だったらさっさと片付けろ」
「はーい」
 目当てのものが食べられる公算が大きくなったからか破顔するタカコ、鼻歌を歌いながら書類へと視線を落とし集中していく彼女と入れ違いに敦賀は顔を上げ、彼女の嬉しそうな横顔を黙って見詰めていた。
 三十人以上の部下を抱えていた指揮官とはとても思えない程に適当で飄々としたタカコ、戦闘時でもなければ彼女の厳しい表情を見る事はまず無いと言っても良い。けれど彼女が一部隊を率いていたのは事実なのだろうとは思う、時折見せる俯瞰的な視点、葬儀の時に見せた振る舞い、それが人の上に立つ者のそれである事は敦賀にもよく分かっている。
 それならそれで普段からもう少し締まっていた方が死んだ部下も草葉の陰で安心するのではと思うのだが、こればかりは言ってどうなるものでもないのだろう。外国人でありその上友軍の軍人でもない人間に囲まれての捕虜生活、振る舞い全てが素だとは当然思ってはいない、演じている部分も有るのだという事はよく分かっている。けれど、それと同時にこの大らかさは彼女自身でもあるのだろうなと、敦賀は何と無くではあるがそう感じていた。
 葬儀で見せた振る舞いが軍人としての指揮官としてのタカコの素なら、今こうして上機嫌で鼻歌を歌っているのが、普段下らない事を言って笑っているのが、それが個人としての彼女の素なのだろう。求められるものを身に付けその通りに振舞ってみせるタカコ、個人としては少々どうかと思わない事も無いが、軍人としてはやはり一流なのだろう。
 陸軍に在籍していたのに下野して軍事企業を興したと聞いている、そこにどんな理由が有ったのかは知らないし無理に聞こうとも思わないが、退官を認めるとは上も馬鹿な判断をしたものだとそう思う。
「……よし、こっちは終わったぞ、そっちはどうだ」
「うん、丁度終わった。じゃ、鍛錬行こうか」
「てめぇはまだ柔軟だ、それに飽きたら一升瓶に水入れて素振りしとけ、右腕一本でな」
「あー、あれきっついよねぇ」
 そんな遣り取りを交わしつつ最先任執務室を出て道場に向かう、そこで二時間の鍛錬を終えた後汗を洗い流した敦賀が風呂場を出れば、若干焦った様子の隊員が駆け寄って来て明日の出撃に関しての不備を伝えて来た。
「燃料の手配で発注数が間違っていたみたいでトラック五台分不足してるんですが」
「ああ、それなら――」
 即座に何処に連絡を取れば良いかどう言えば良いか指示を出す敦賀、女風呂から出て来たタカコはそれに気付き、どうも時間が掛かりそうだ、そう判断して自室へと向かって歩き出す。
「おい、馬鹿女」
「いーよいーよ、胡麻鯖は逃げねぇし。さ、お仕事お仕事」
 背中に敦賀の声を受け、タカコは振り返る事も無くそう言って右手をひらひらとさせて見せ自室へと向かってそのまま消えて行った。
 結局燃料の準備には思った以上に手間取り、敦賀の身体が空いたのは二十時を過ぎてから。すっかり待たせてしまったとタカコの部屋の扉を開ければ、便所にでも行くところだったのか丁度扉へと手を掛けていたらしいタカコの身体を戸板の角で少々強めに叩いてしまう。
「いってぇぇぇ!何すんだよ馬鹿!何、何か有ったのか?」
「いや、中洲に行くって行っただろうがよ、行くぞ、直ぐに出られるか?」
「はい?もうこの時間だぞ?」
「いつもならこの位の時間からでも出た事有るだろうが」
「そうだけど、お前、明日出撃だよな?」
「それ位てめぇに言われなくても分かってる、あまり遅く迄は無理だが、行くぞ」
「良いの?」
「ああ」
 痛かったのか若干涙目になって食って掛かって来たタカコ、その彼女に今から出るぞと告げれば双眸は呆れと驚きに見開かれ、良いのかと尋ねる彼女に是の返事をしながら頭を、ぽん、と軽く叩く。
「但し、酒は絶対に認めん、一滴も飲むな」
「えー」
「えーじゃねぇ、何度てめぇを背負って帰る羽目になったと思ってやがる」
「二回」
「……四回だこの馬鹿女、弱いのに勧められるままに飲んでんじゃねぇ。明日出撃の俺に負担掛けんじゃねぇぞ、今日は一滴も飲むな、良いな?」
「……はーい」
「……それが不満なら行くの止めるが?」
「分かったよ、今日は飲みません!これで良いだろ」
「不満そうだが……まあいい、オラ、行くぞ」
 そんな掛け合いをしながら営舎の廊下を玄関へと向かって歩き出す二人、タカコがどうでもいい事を話し敦賀はそれを受け流し、いつもの遣り取りを交わしながら、やがて夜の中洲へと消えて行った。
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