大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第35章『遭遇』

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第35章『遭遇』

 中洲へは出たものの、翌朝には出撃を控えているという事も有りあまり長居はしなかった二人、二時間程経った頃には本部へと戻るいつもの道を歩いていた。
 敦賀も学習したのか今回は本当にタカコに一滴も飲ませず、二人並んで夜の道を歩く。中洲へ出てタカコを背負わずに帰れたのは初めてだと考えながら、胡麻鯖の美味さに御満悦といった様子のタカコを見下ろした。
 今日はもう戻ったらさっさと寝てしまおう、明日は早くから準備で忙しい、そんな言葉を交わしながら本部の門を潜り営舎へと向けて歩き出せば、不意に横に居たタカコが敦賀のシャツの袖をくいくいと引っ張り声を掛けてきた。
「近道しようぜ近道。普通の道通って行くと遠回りじゃん、誠ちゃんに近道教えてもらったのよ」
「そう大した距離でもねぇだろうが」
「良いじゃん、折角教えてもらったんだし一度位通ってみても。ほら、行こ」
 話し掛けて来たものの敦賀の意見は最初から聞く気は無いのか、タカコは敦賀の袖を引っ張っていた手で今度は彼の手を掴みすたすたと歩き出す。敦賀もそんな彼女を見下ろしながら、そう激しく拒否する事でもないか、そう考えてタカコに手を引かれたまま彼女に従い歩き出した。
「こっちこっち……ってあれ、こんなの有ったっけ?」
「この向こうに倉庫を新設するから暫くの間潰す事になったぞ、ここ」
 やがて二人が立ち止まったのは工事用の簡易壁の前。建物と建物の間の細い道を抜ければそこから営舎の裏口迄は直ぐなのだが、その細い道の出口に壁が設置され行き止まりとなっている。
「……どうしよう、通れないね」
「戻るしか無ぇな」
「うわー、近道しようと思ったら逆に時間食うとかマジで馬鹿だー」
「まぁ、てめぇらしくて良いんじゃねぇのか?」
「やかましい。はいはい、戻りましょ」
 自分の提案で馬鹿を見たのが面白くないタカコ、若干不貞腐れた面持ちで来た道を戻り出す彼女に続いて敦賀も歩き出すが、表から聞こえて来た二つの声を耳にした瞬間、タカコの腕を掴み直ぐ脇の扉を開けその中にタカコを引き摺り込み、声の主に気付かれない様に扉をそっと閉めた。
「ちょ、何――」
「声出すな、気付かれる」
 一m四方程にも満たない真っ暗な狭い空間、タカコの身体を抱き込んだ敦賀の右腕、低く小さなその声と共に大きな掌が彼女の口を塞ぐ。頭上から降って来る言葉に何が有ったのかとタカコが動きを止めれば、こちらへとやって来たのか大きくなって来た声に、その主が誰であるのか彼女も気付く事になった。
「……え、誠ちゃんと寛和?」
 それに続けてこんな時間にこんなところで何を、そう呟いたタカコの耳に聞こえて来たのは直ぐ脇の壁に何かが押し付けられる音と口付けの濡れた音、そして福井の漏らしているであろう鼻から抜ける艶の有る声。
「えええええ!ちょ、何してんの!」
「そういう関係だからな、あの二人。明日出撃ともなればヒロも昂ぶるんだろうよ」
「何、二人の関係お前知ってたの?」
「積極的に知りてぇわけでもねぇが把握しとくのも仕事なんだよ、とにかくもう黙ってろ」
 覗きの趣味は無いがこれでは動くに動けない、小声での遣り取りの最後に敦賀はそう言ってタカコを抱く腕に僅かに力を込める。動くな、気取られるなという意思表示だと解したタカコはそれに抗う事もせず、敦賀と同じ様に息と気配を殺し二人が立ち去るのを待つ事にした。
 三宅が昂ぶっている、敦賀はそう言っていた気がするがまさか最後迄致す気ではあるまいな、さっさと立ち去ってくれという彼女の願いも虚しく外では行為に及び始めた様子。こちらの気配を殺せば殺す程に外の様子が手に取る様に伝わって来て、他人の行為を何故強制的に聞かされなければならないのか、そもそも近道を教えた本人がその道程で事に及ぶなと内心毒吐いた。
 押し殺しているとは言え少しずつ大きくなる福井の喘ぎ、それに混じって聞こえて来る肌がぶつかる音と濡れた音、そして三宅の熱を持った低い声。それを黙って聞くしか出来ないタカコがやがて気付いたのは、外の様子ではなく自分を抱き締めている敦賀の身体の異変。
(……勃ってる……やばい、どうしようこれ)
 腰の辺りに感じ始めた熱と硬さ、おいふざけるな何を盛っていると言おうかとも思ったが、直ぐに生理現象に無理な話だなとその言葉を飲み込んだ。敦賀も自分の身体の事だからどういう事になっているのかはよく分かっているのだろう、僅かに腰が引かれ距離が取られる。
 結局外の二人が事の全てを終えその後の睦言を経て立ち去る迄の三十分程の間、ほぼ密着した状態でまんじりともせずいる羽目になり、やがて二人の気配が完全に消えた事を確認してそっと外へは出たものの、タカコはあまりの気まずさに敦賀の方を見る事も出来ずにいた。
「……戻るぞ、明日は早ぇ」
 返事をする事も出来ずにいれば敦賀はそれを待たずに歩き出す。タカコは一瞬それに戸惑ったものの、ここにいてもしょうがないか、そう思い彼の後を歩き出す。
 営舎に入り部屋の有る階へと辿り着けば、敦賀が自室の前で立ち止まりこちらを振り返る。廊下の明かりは既に常夜灯へと切り替えられ薄暗くその表情ははっきりとは窺えないが、それをはっきり見ようとも思わずタカコは彼の向こうに在る自らの部屋へと向かって歩き出した。
「お休み、明日は――」
 適当な事を言ってさっさと引っ込もう、そう思い歩いていたタカコの腕を敦賀が突然掴み、自室の扉を開けてその中に彼女の身体を半ば無理矢理に引き摺り込む。
「つる――」
 廊下に小さく響いたのはその言葉と、敦賀の部屋の扉が締まる音だけ。
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