大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
37 / 101

第36章『足りない言葉、間違った選択』

しおりを挟む
第36章『足りない言葉、間違った選択』

 背後に扉の閉まる音を聞きながら、否、自らの身体を押し付けられけて扉が閉まる音を聞きながら顎を掴まれ上を向かされた。与えられたのはぶつかる様な噛み付く様な強い口付け、拒む間も無く唇を割って入って来た舌に大きく身体を震わせる。
 後頭部を掌で押さえられ身体はもう片方の腕に強く抱かれ身じろぐ事もままならない、抗議の声を上げようとしても鼻から声が抜けて行くだけ。それが更に敦賀を煽るのか激しくなる口付けと抱き締める腕の強さに、タカコはただ身体を震わせる事しか出来ない。
 やがて漸く離れた唇、お互いの荒い息が相手の唇へと掛かる中、タカコはぼんやりと敦賀の双眸を見詰めていた。いつも鋭い目付きが普段のそれとは違い熱を帯び、真っ直ぐに自分へと向けられている。欲している、痛い程にそれが伝わって来る視線を受け止めきれずに自らのそれを逸らせば、それを合図にする様に今度は唇が頬へと降って来た。
 少しずつ少しずつ下に降りて来る敦賀の唇、その感触に肩を竦ませて震えれば宥める様に抱き締められる。三十cmの身長差は立ったままでの行為には難渋しがちで大柄な体躯を屈めて首筋に顔を埋める敦賀の様子に、可愛らしいなと場違いな事を考えた。
 けれど首筋を吸い上げられ、大きな掌が服の上から乳房に触れそっと揉みしだいて来た時、タカコはその感触に弾かれる様にして唐突に自らの役目とすべき事を思い出す。駄目だ、このまま流されてはいけない、この男に身を任せてはいけない、心の中で自らに言い聞かせ、敦賀の腕の中に収まった両腕に力を込め、突き飛ばす勢いで彼との間に距離を取る。
「な――」
 突然の事に動きを失う敦賀、タカコは薄暗い中で表情がはっきりとは窺えない事に感謝しつつ吐き捨てる様にして口を開いた。
「盛ってんじゃねぇよ、処理してぇってのなら花街行きやがれ」
 分かっている、彼がそんな風に考えて行為に及ぼうとしたのではない事は。切っ掛けは三宅と福井の情事に居合わせた事だが、その前から彼が自分を欲していた事には気付いていた、そして、それが純粋で真っ直ぐである事にも。
 けれど、だからこそ敦賀を受け入れる事は出来ない、拒まなければならない。
 きっと自分は彼に対してとても残酷な事を言っている、それでもどうにかしてこの場を切り抜けなければと歯を軋らせるタカコに向かって、敦賀は思いの外静かに言葉を返して来る。
「……処理?てめぇ、処理って言ったか今」
「言ったがそれがどうかしたか、寛和と誠ちゃんのやってるの聞いて収まりつかなくなったんだろ?それを鎮めるのを処理って言わずに――」
 言葉は耳元で響いた音に遮られた。顔の直ぐ脇、扉に叩き付けられた敦賀の腕、一旦は離れた顔が再び近付いて来て、低く静かな、そして怒りに満ちた言葉をゆっくりと吐き出した。
「それなら態々花街迄行って金使わなくても、丁度良い相手がここにいるじゃねぇか……なぁ?」
 自分が吐いた言葉を返されただけ、それなのに敦賀の言葉は思いの外胸に深く突き刺さり鋭い痛みをタカコへと齎す。それでも自分は傷付く立場ではないだろう、彼がそう言うのであればそれに乗ってやっても構わない、タカコは小さく一つ息を吐き、敦賀の身体を押し退けて寝台の方へと向かって歩き出した。
「ああそうかい、そういう事なら相手してやるよ」
 そう言いながら寝台の前で立ち止まりシャツに手を掛け脱ぎ捨て、下着も外して放り投げ敦賀の方へと向き直る。室内とへと入ったタカコを追い掛けて来た敦賀の戸惑いと苛立ちは彼女のその振る舞いと言葉によって完全な怒りへと姿を変え、ぶつけられたのは空気が震える程の怒声。
「そういう事を言ってんじゃねぇだろう!」
「てめぇがそう言ったんだろうが!今その口で!」
 思わず反射的に怒鳴り返してしまい、後はもう売り言葉に買い言葉。
「そもそも花街だの処理だの言い出したのはてめぇだろうが!」
「私に盛ってるからそう言ったんだろうが!お前みてぇな女に誰が欲情するかってほざいてたのは何処のどいつだ!」
「もういい!とっとと部屋に戻れ!」
「引き摺り込んだのはてめぇだろうが!自分でやっといて――」
「早く出て行け!」
「何なんだよお前!」
 下着を掴みシャツに袖を通して小走りで部屋を出て行くタカコ、凄まじい勢いで閉められた扉の音を聞きながら、敦賀は大きく舌打ちをし再度壁へと拳を打ち付けた。
 違う、言いたかったのはあんな事じゃない、はっきりと自覚してから間も無いとは言え本気で惚れた女、その相手に処理だの花街だの、そんな事を言われたのが嫌だっただけだ。彼女を欲しいと、抱きたいと思っただけなのに、それを伝えたかっただけなのに全く思ってもいない事を口にしてしまった自分の馬鹿さ加減には怒りしか無い。
 自分が器用ではない事は知っているし口数も言葉もそう多くはない自覚も有る、それでも何故
『そうじゃない、処理したいんじゃなくお前を抱きたいんだ』
 と、たったそれだけの事を言えなかったのか、我が事ながら殴りたくなる程の阿呆だとしか思えなかった。
 きっと彼女を傷付けた、売女扱いとは真っ当な感性を持った女性からすれば耐え難い屈辱だろう。本来であれば今直ぐ彼女の部屋の扉を叩き謝罪すべきであるというのは分かっているが、それでも今は自分が何を口走るか制御出来る自信が無い。
 出撃してその間に自分の中で整理を付けて、帰還してからきちんとタカコに謝罪しよう、敦賀のその判断は敦賀自身とタカコの性格を考えれば、最も無難な選択である事に間違いは無かった。しかし結果としてお互いの関係も感情も最悪な状態のまま出撃の朝を迎える事となり、二人は喧嘩別れ以降一言も言葉を交わさず視線すら合わせず、対馬区と本土を隔てる防壁によって隔絶される事になった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

【短編】記憶を失っていても

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。  そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。  これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。 ※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

処理中です...