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第37章『伝令』
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第37章『伝令』
大和海兵隊が第一防壁を潜り対馬区へと出撃してから半日後、敦賀は建設中の第六防壁に設営された指揮所で頭から水を被り、戦いで浴びた活骸の体液を洗い流していた。
いつもの様に初撃の突入をこなし交代要員と交代して指揮所へと下がって来た、それから数度の突入を繰り返し、普段と変わらない流れの中、違うのは内心の苛々と葛藤だけ。
「よう先任、今日は何かえらい荒ぶってるらしいじゃないか、何か有ったのか?」
そこに声を掛けて来たのは中列の小隊を任されている三宅、彼も交代して戻って来たばかりなのか活骸の体液に塗れており、手桶に水を組んで頭から被り体液を洗い流す。
そもそもの切っ掛けは誰の所為だと思っているのか、敦賀はそんな事を考えつつそれをそのまま口に出し三宅にぶつける。
「……てめぇと誠の所為だよ……」
「……もしかして、昨日あの場にいた?」
驚いた三宅が問い掛ければ敦賀からの返事は無く、それを肯定と受け取った三宅は苦笑いを浮かべてもう一度頭から水を被った。
「で?あれ聞くか見るかしててアテられて、盛っちゃってタカコに迫ったとか?それで肘鉄でも食らったか?」
知らないとは言え好き放題の三宅の言葉がざくざくと敦賀に突き刺さる、図星を指されまくって返す言葉も無い敦賀、三宅はそれを見てこれもまた肯定と取ったのか、
「……お前、何やってんだよ……マジかよこいつ……うわぁ……」
と、若干引き気味且つ呆れを含んだ面持ちで溜息を吐いた。
「……いや、ちょっと待て、何であの馬鹿女だと思うんだ」
「そんなもん見てれば分かる、お前あいつしか見てねぇじゃねぇか。まぁ最初に気付いたのはマコの方だけどな、いやいや、女は怖いね鋭いね」
まさか自分が福井の観察対象になっていたとは、最早苛立ちを通り越してがっくりと肩を落とせば、三宅はそんな敦賀の様子を見て実に楽しそうに笑い、彼の肩を数度強く叩き再び口を開く。
「どうせお前の言葉が足りなかったか間違ってたかだろ、今はお互い頭冷やすとしても戻ったら直ぐに謝れよ」
「……んな事ぁ分かってる。今回の事は完全に俺が悪ぃ、戻ったらきっちり話すよ」
高根には及ばないとは言えもう十年以上の付き合いになる三宅、気心も知れていて普段は痒い所に手の届く様な付き合いが出来るが、こんな時にはずばりと行動を言い当てられてどうも居心地が良くないな、敦賀はそんな事を考えながら手桶に水を汲み頭から被る。
「……お前、タカコと出会ってからこっち、特に最近人間が丸くなったよな、そんなに惚れ込んだか」
唐突に投げ付けられた三宅の言葉、それを肯定出来る素直さも否定する程の幼さも無く、何と言葉を返せば良いか分からず、敦賀は小さく舌打ちをして無言で陽の傾き始めた空へと視線を逸らす。三宅はそんな彼の様子を見てまた笑い、
「良い女だと思うぞ、タカコは。ちゃんと謝って気持ち伝えて、大事にしてやれ」
そう言って敦賀の肩を再び叩いた。
そんな事は今更他人から言われなくても分かっている、特に昨夜の事は自分が事を急ぎ過ぎた。お互いに三十を越えた歳になっての色恋、踏むべき手順を一つ二つすっ飛ばす事自体はそう問題だとは思わないが、それでもあれは酷過ぎたと言うべきだろう、彼女が処理だの花街だのと言い出すのも無理は無かったかも知れない。
戻ったら直ぐには無理だが仕事を急いで片付けてタカコの部屋に行こう、そして、とにかく昨日の事を謝ろう、明日の夜には博多に戻る、その時迄に彼女の態度も軟化している事を祈ろう。
「缶飯温まってますから手の空いた人は食事済ませちゃってくださーい!」
補給担当からそんな声が飛んで来る、敦賀も三宅もそんな時間かと顔を見合わせ、声のした方へと向かって歩き出した。
「で?いつから?切っ掛けは?何処に惚れたんだ?」
「……てめぇは誠と付き合う様になってから奴そっくりになったな……」
「そうかぁ?俺は前からこんなもんだろ」
「いや、今じゃ誠が二人いるみてぇに糞うぜぇ……」
「酷い事言うねお前。ま、そういう話も戻ってからゆっくり聞こうじゃないの、久し振りに二人で飲みに行くか、あ、マコとタカコも連れて行くか?」
「うぜぇ、只管うぜぇ。やかましいのが三人とか飲んだ気しねぇだろ」
「またまたぁ、楽しみなくせに」
「うぜぇ、死ね」
鬱陶しいが嫌ではない、以前の自分ならこんな感じ方はしなかっただろう、三宅の言う様にタカコと出会ってからこちら、自分の中で何かが変わったのだろうか。そんな事も含めてしっかりと考えるか、そう思いつつ再度茜色の空を見上げた敦賀の耳に、トラックが全速で突っ込んで来つつけたたましく鳴らした警笛の音が飛び込んで来る。
前面に示されているのは伝令の旗、物資や人員の補充も無い筈なのに、それはその場の全員が理解している事で、まさか本土で何か有ったのか、緊張が走るのは瞬時の事だった。
「何が有った!」
敦賀がそう声を張り上げてトラックへと駆け寄れば、運転席の扉が開かれ、中から隊員が一人転がり落ちて来る。身体中に緊張と恐怖を漲らせたその様子にやはり只事ではないと皆が顔を見合わせる中、敦賀に抱き起こされた彼は、抱き起こした敦賀の腕を掴みながら、絶叫にも近い声を上げた。
「至急本土に戻って下さい!本土博多、活骸の侵攻を許しました!!死傷者多数!!」
大和海兵隊が第一防壁を潜り対馬区へと出撃してから半日後、敦賀は建設中の第六防壁に設営された指揮所で頭から水を被り、戦いで浴びた活骸の体液を洗い流していた。
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「よう先任、今日は何かえらい荒ぶってるらしいじゃないか、何か有ったのか?」
そこに声を掛けて来たのは中列の小隊を任されている三宅、彼も交代して戻って来たばかりなのか活骸の体液に塗れており、手桶に水を組んで頭から被り体液を洗い流す。
そもそもの切っ掛けは誰の所為だと思っているのか、敦賀はそんな事を考えつつそれをそのまま口に出し三宅にぶつける。
「……てめぇと誠の所為だよ……」
「……もしかして、昨日あの場にいた?」
驚いた三宅が問い掛ければ敦賀からの返事は無く、それを肯定と受け取った三宅は苦笑いを浮かべてもう一度頭から水を被った。
「で?あれ聞くか見るかしててアテられて、盛っちゃってタカコに迫ったとか?それで肘鉄でも食らったか?」
知らないとは言え好き放題の三宅の言葉がざくざくと敦賀に突き刺さる、図星を指されまくって返す言葉も無い敦賀、三宅はそれを見てこれもまた肯定と取ったのか、
「……お前、何やってんだよ……マジかよこいつ……うわぁ……」
と、若干引き気味且つ呆れを含んだ面持ちで溜息を吐いた。
「……いや、ちょっと待て、何であの馬鹿女だと思うんだ」
「そんなもん見てれば分かる、お前あいつしか見てねぇじゃねぇか。まぁ最初に気付いたのはマコの方だけどな、いやいや、女は怖いね鋭いね」
まさか自分が福井の観察対象になっていたとは、最早苛立ちを通り越してがっくりと肩を落とせば、三宅はそんな敦賀の様子を見て実に楽しそうに笑い、彼の肩を数度強く叩き再び口を開く。
「どうせお前の言葉が足りなかったか間違ってたかだろ、今はお互い頭冷やすとしても戻ったら直ぐに謝れよ」
「……んな事ぁ分かってる。今回の事は完全に俺が悪ぃ、戻ったらきっちり話すよ」
高根には及ばないとは言えもう十年以上の付き合いになる三宅、気心も知れていて普段は痒い所に手の届く様な付き合いが出来るが、こんな時にはずばりと行動を言い当てられてどうも居心地が良くないな、敦賀はそんな事を考えながら手桶に水を汲み頭から被る。
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「良い女だと思うぞ、タカコは。ちゃんと謝って気持ち伝えて、大事にしてやれ」
そう言って敦賀の肩を再び叩いた。
そんな事は今更他人から言われなくても分かっている、特に昨夜の事は自分が事を急ぎ過ぎた。お互いに三十を越えた歳になっての色恋、踏むべき手順を一つ二つすっ飛ばす事自体はそう問題だとは思わないが、それでもあれは酷過ぎたと言うべきだろう、彼女が処理だの花街だのと言い出すのも無理は無かったかも知れない。
戻ったら直ぐには無理だが仕事を急いで片付けてタカコの部屋に行こう、そして、とにかく昨日の事を謝ろう、明日の夜には博多に戻る、その時迄に彼女の態度も軟化している事を祈ろう。
「缶飯温まってますから手の空いた人は食事済ませちゃってくださーい!」
補給担当からそんな声が飛んで来る、敦賀も三宅もそんな時間かと顔を見合わせ、声のした方へと向かって歩き出した。
「で?いつから?切っ掛けは?何処に惚れたんだ?」
「……てめぇは誠と付き合う様になってから奴そっくりになったな……」
「そうかぁ?俺は前からこんなもんだろ」
「いや、今じゃ誠が二人いるみてぇに糞うぜぇ……」
「酷い事言うねお前。ま、そういう話も戻ってからゆっくり聞こうじゃないの、久し振りに二人で飲みに行くか、あ、マコとタカコも連れて行くか?」
「うぜぇ、只管うぜぇ。やかましいのが三人とか飲んだ気しねぇだろ」
「またまたぁ、楽しみなくせに」
「うぜぇ、死ね」
鬱陶しいが嫌ではない、以前の自分ならこんな感じ方はしなかっただろう、三宅の言う様にタカコと出会ってからこちら、自分の中で何かが変わったのだろうか。そんな事も含めてしっかりと考えるか、そう思いつつ再度茜色の空を見上げた敦賀の耳に、トラックが全速で突っ込んで来つつけたたましく鳴らした警笛の音が飛び込んで来る。
前面に示されているのは伝令の旗、物資や人員の補充も無い筈なのに、それはその場の全員が理解している事で、まさか本土で何か有ったのか、緊張が走るのは瞬時の事だった。
「何が有った!」
敦賀がそう声を張り上げてトラックへと駆け寄れば、運転席の扉が開かれ、中から隊員が一人転がり落ちて来る。身体中に緊張と恐怖を漲らせたその様子にやはり只事ではないと皆が顔を見合わせる中、敦賀に抱き起こされた彼は、抱き起こした敦賀の腕を掴みながら、絶叫にも近い声を上げた。
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