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第38章『博多駐屯地』
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第38章『博多駐屯地』
敦賀達に活骸の本土侵攻が知らされた時間より遡り、朝の八時、場所は陸軍博多駐屯地の司令執務室、そこに陸軍西方旅団総監である黒川はいた。目の前には海兵隊工兵部の隊員六名と、そしてタカコの姿。
「今回はご無理をお聞き頂き有り難う御座います、総司令の高根と工兵部隊長の津田は本日出撃しており現在対馬区におりますので、工兵部隊長補佐の私から再度お礼を述べさせて頂きます」
工兵部の本日の責任者である中村が目の前に立つ黒川と博多駐屯地司令である佐竹にそう言い、その後彼の掛けた敬礼の号令に合わせ総勢七名が二人に向かって挙手敬礼をする。
(……ほう、今日は海兵隊式の敬礼か)
黒川は目の前のタカコの敬礼を見てそんな事を考えつつ小さく笑う。初めて出会った時は相手が自分一人だったし直ぐ隣に敦賀がいた、疑念を抱かれたとしても敦賀がどうにかするだろう、そんな心持ちが彼女にも有ったのだろう。しかし今日の相手は自分だけではなく博多の司令もいる、陸軍と海兵隊の関係がそう良いものではない事は彼女も知っている筈だ、自分は別として陸軍の司令に対して陸軍式の敬礼をして見せれば、それによって余計な疑念を生みかねない事は分かっているのだろう。
(無駄な軋轢や疑念を生まない為に信念を曲げて来るとは……やっぱり有能な軍人だな、この子は)
真っ直ぐに前を見たままのタカコ、その彼女の視線の方向に然りげ無く移動し視線を合わせようとしてみるが微動だにせず敬礼を続け、そうか、他人のいる場所では知り合いである事を示すつもりは毛頭無いのだなと得心した。
出世に興味の有る人間は中央、首都京都近辺の勤務を目指すが、ここ福岡、博多に集まる人間は、最精鋭が揃う海兵隊はもとより陸軍も沿岸警備隊も志も実力も高い。その分縄張り争いには熱心と言うか自然他軍に対しての敵愾心は強くなりがちで、総勢十万という最大の兵員を擁する陸軍の人間の、海兵隊に対するそれは半端なものではないのだ。
三軍の中で最古の歴史を誇り、最小規模の兵員にも関わらず強い発言力を持つ海兵隊、そこが正体不明の人間を抱えていると知れれば、事が小さく収まる事はまず無いだろう。
彼女はそれを的確に理解している、そして自分の不確かな立場も安全も。危うい均衡の上に辛うじて成り立っているそれを壊さない為に最善の策を採ったのだ、実際にはそれが本意でなかったとしても。
やはり面白い存在だと思う、敦賀との事で高根とやいやいと騒いではいるもののそれだけではない、軍人、もののふとしての彼女にも興味は尽きない。外見からは想像も出来ない程の実力を備えているであろう彼女、言われなければ黒川ですら軍人とは気付かないかも知れない。そんな彼女はやはり大和にとっては危険な存在、爆弾である事に変わりは無く、彼女の目的こそが黒川の知りたい事だった。
その彼女が母国で使用している銃器を海兵隊に提供し、対活骸戦で使えと申し出たと高根に聞いた時は心底驚いた。何か狙いが有っての事では、そう彼に言いはしたものの返事は
「いや、おめぇ程じゃねぇが俺にも人を見る目は有るつもりだ、あいつのあの目は何か含んでる様なもんじゃなかった、俺はあいつを信じるよ」
と、それだけ。
それと同時に以前から開発を進めていた銃の開発が実地試験の段階に進み、その試射に陸軍の管理する試射場を使わせて欲しいとの申し出が有った、海兵隊が独自に開発したという事で口裏を合わせてくれるのであれば、黒川以外の陸軍の人間もそれを見て構わないと。
タカコの母国であるワシントン、その軍事力の水準を推し量るには良い機会だと承諾し今日の試射の運びとなったのだが、試射場の管理責任を持つ佐竹が海兵隊の総司令や最先任に入り込まれるのを嫌い、彼等の出撃の日しか試射場の空きが無い、そう言って来たのは数日前。多少揉めたものの、今後の予定を考え日程を遅らせる事を嫌った海兵隊側が折れる形となった。
黒川自身は政治や権力争いに興味は無いが他の人間はそうではないらしい、よくもまぁこんな下らない事に血道を上げられる、呆れて内心で吐き捨てつつ、試射場へと向けて移動を開始した海兵達の後をついて歩き出した。
「総監?総監も現地にいらっしゃるんですか?」
その彼の歩みを止めたのは駐屯地司令の佐竹、黒川はそれを受けて首だけで振り返り、流し目で彼を見る。
「……海兵隊の妨害をするだけしておいて連中の手の内には興味は無しか、連中がどんなものを隠し持っているのか、それを確認せずに何が陸軍だ、海兵共に金でも掴まされたか?それとも弱みでも握られたか?」
「い、いえ、そういうわけでは――」
「確認は俺がする、お前は書類の一枚でも片付けておけ」
高根達と話す時とは全く違う冷たい声音と視線、それに言葉と動きを失う佐竹を軽蔑しきった様に一睨みし踵を返し、黒川は司令執務室を後にした。
高根とは幼い頃から糸島で過ごし共に軍隊を志した親友同士、それは今でも変わりは無い。けれどもうそれだけではないのだ、彼にも自分にも夫々違う立場が有り、守るべきもの目指すものも完全に同じではない。彼が彼の立場で何かを目指しているのであれば、自分は自分の立場でそれを確かめる必要が有る。
彼が手に入れたタカコ・シミズという存在、それが大和にとって陸軍にとって害を為すものではないのか、自分には確かめる義務が有る。
『君は一体何なのか』
前方を歩くタカコの小さな背中、黒川はそれを見ながら、胸中でそう呟いた。
敦賀達に活骸の本土侵攻が知らされた時間より遡り、朝の八時、場所は陸軍博多駐屯地の司令執務室、そこに陸軍西方旅団総監である黒川はいた。目の前には海兵隊工兵部の隊員六名と、そしてタカコの姿。
「今回はご無理をお聞き頂き有り難う御座います、総司令の高根と工兵部隊長の津田は本日出撃しており現在対馬区におりますので、工兵部隊長補佐の私から再度お礼を述べさせて頂きます」
工兵部の本日の責任者である中村が目の前に立つ黒川と博多駐屯地司令である佐竹にそう言い、その後彼の掛けた敬礼の号令に合わせ総勢七名が二人に向かって挙手敬礼をする。
(……ほう、今日は海兵隊式の敬礼か)
黒川は目の前のタカコの敬礼を見てそんな事を考えつつ小さく笑う。初めて出会った時は相手が自分一人だったし直ぐ隣に敦賀がいた、疑念を抱かれたとしても敦賀がどうにかするだろう、そんな心持ちが彼女にも有ったのだろう。しかし今日の相手は自分だけではなく博多の司令もいる、陸軍と海兵隊の関係がそう良いものではない事は彼女も知っている筈だ、自分は別として陸軍の司令に対して陸軍式の敬礼をして見せれば、それによって余計な疑念を生みかねない事は分かっているのだろう。
(無駄な軋轢や疑念を生まない為に信念を曲げて来るとは……やっぱり有能な軍人だな、この子は)
真っ直ぐに前を見たままのタカコ、その彼女の視線の方向に然りげ無く移動し視線を合わせようとしてみるが微動だにせず敬礼を続け、そうか、他人のいる場所では知り合いである事を示すつもりは毛頭無いのだなと得心した。
出世に興味の有る人間は中央、首都京都近辺の勤務を目指すが、ここ福岡、博多に集まる人間は、最精鋭が揃う海兵隊はもとより陸軍も沿岸警備隊も志も実力も高い。その分縄張り争いには熱心と言うか自然他軍に対しての敵愾心は強くなりがちで、総勢十万という最大の兵員を擁する陸軍の人間の、海兵隊に対するそれは半端なものではないのだ。
三軍の中で最古の歴史を誇り、最小規模の兵員にも関わらず強い発言力を持つ海兵隊、そこが正体不明の人間を抱えていると知れれば、事が小さく収まる事はまず無いだろう。
彼女はそれを的確に理解している、そして自分の不確かな立場も安全も。危うい均衡の上に辛うじて成り立っているそれを壊さない為に最善の策を採ったのだ、実際にはそれが本意でなかったとしても。
やはり面白い存在だと思う、敦賀との事で高根とやいやいと騒いではいるもののそれだけではない、軍人、もののふとしての彼女にも興味は尽きない。外見からは想像も出来ない程の実力を備えているであろう彼女、言われなければ黒川ですら軍人とは気付かないかも知れない。そんな彼女はやはり大和にとっては危険な存在、爆弾である事に変わりは無く、彼女の目的こそが黒川の知りたい事だった。
その彼女が母国で使用している銃器を海兵隊に提供し、対活骸戦で使えと申し出たと高根に聞いた時は心底驚いた。何か狙いが有っての事では、そう彼に言いはしたものの返事は
「いや、おめぇ程じゃねぇが俺にも人を見る目は有るつもりだ、あいつのあの目は何か含んでる様なもんじゃなかった、俺はあいつを信じるよ」
と、それだけ。
それと同時に以前から開発を進めていた銃の開発が実地試験の段階に進み、その試射に陸軍の管理する試射場を使わせて欲しいとの申し出が有った、海兵隊が独自に開発したという事で口裏を合わせてくれるのであれば、黒川以外の陸軍の人間もそれを見て構わないと。
タカコの母国であるワシントン、その軍事力の水準を推し量るには良い機会だと承諾し今日の試射の運びとなったのだが、試射場の管理責任を持つ佐竹が海兵隊の総司令や最先任に入り込まれるのを嫌い、彼等の出撃の日しか試射場の空きが無い、そう言って来たのは数日前。多少揉めたものの、今後の予定を考え日程を遅らせる事を嫌った海兵隊側が折れる形となった。
黒川自身は政治や権力争いに興味は無いが他の人間はそうではないらしい、よくもまぁこんな下らない事に血道を上げられる、呆れて内心で吐き捨てつつ、試射場へと向けて移動を開始した海兵達の後をついて歩き出した。
「総監?総監も現地にいらっしゃるんですか?」
その彼の歩みを止めたのは駐屯地司令の佐竹、黒川はそれを受けて首だけで振り返り、流し目で彼を見る。
「……海兵隊の妨害をするだけしておいて連中の手の内には興味は無しか、連中がどんなものを隠し持っているのか、それを確認せずに何が陸軍だ、海兵共に金でも掴まされたか?それとも弱みでも握られたか?」
「い、いえ、そういうわけでは――」
「確認は俺がする、お前は書類の一枚でも片付けておけ」
高根達と話す時とは全く違う冷たい声音と視線、それに言葉と動きを失う佐竹を軽蔑しきった様に一睨みし踵を返し、黒川は司令執務室を後にした。
高根とは幼い頃から糸島で過ごし共に軍隊を志した親友同士、それは今でも変わりは無い。けれどもうそれだけではないのだ、彼にも自分にも夫々違う立場が有り、守るべきもの目指すものも完全に同じではない。彼が彼の立場で何かを目指しているのであれば、自分は自分の立場でそれを確かめる必要が有る。
彼が手に入れたタカコ・シミズという存在、それが大和にとって陸軍にとって害を為すものではないのか、自分には確かめる義務が有る。
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