大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第51章『清算』

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第51章『清算』

「おはよう、ごめんね、邪魔しちゃって……あんまり仲良さそうに話してるもんだから……邪魔しちゃ悪いなと思って帰ろうとしたところだったんだけど」
 驚いた様子でタカコの方を見て彼女の名前を口にし、その後直ぐにきまずそうに視線を逸らす黒川、ああ、これはやはり相当気に病んでいるなと思い至ったタカコは敢えて彼の方へと歩み寄り、
「奥さん?彼女?私もお線香上げさせてもらって良い?」
 そう言って彼の横に同じ様に片膝を突き、手にした袋の中の明日用の線香の束から数本抜き、マッチで火を点けてそれを墓前に供えて手を合わせ目を閉じた。
「ああ、嫁さん、千鶴ってんだ。千鶴、この子がいつも話してるタカコちゃんだよ」
「初めまして、タツさんにはいつもお世話になってます」
「タカコちゃん、もう戻るのかい?送って行こうか。千鶴、また来るよ」
 タカコが現れなくともそろそろ帰るつもりだったのかそう言って立ち上がる黒川、タカコはそれに抗う事も無く立ち上がり、黒川が去り際に身を屈めて墓石へと口付けを一つ落とすのを黙って見ていた。そうして並んで歩き出せば普通に言葉を交わすもので、タカコは今さっき見た二人について口にする。
「熱々だね、タツさんと千鶴さん、見てるこっちが恥ずかしくなる位だわ」
「ええ、超大恋愛の末の結婚です、俺が押しまくって口説き落とした」
「タツさんにそんな熱い一面が!意外だなぁ」
「タカコちゃんだって熱いだろ、旦那と。あ、恋人かな?」
 どくり、と、大きく心臓が跳ねた。夫がいた事は敦賀にしか話していない、あれ以来そんな話は誰にも、敦賀にも話していない、それを何故この男が知っているのかと注視すれば、
「前に墓で会った事有ったろ?中洲で飲んだ翌朝。あの時、去り際に墓の一つを撫でてるのを見たからそうじゃねぇかなって。俺もそうだからさ」
 穏やかに微笑まれてそう言われ、ああ、あの時に見られていたのかと思い至り胸を撫で下ろす。
「……うん、旦那。輸送機が墜落した時に死んじゃったんだけど」
「そうか……気の毒にな」
 肯定して顛末を端的に話せば悼みの言葉と共に頭を撫でられた。自分が殺したとは言わなかった、言えなかった、黒川が今尚妻へと向ける愛情、それを目の当たりにした直後に言う事はどうしても出来なかった。
「……タカコちゃん、ちょっと、話出来ねぇかな」
「……良いよ、じゃあ、座ろうか」
 無言のまま暫く歩き、そろそろ墓地の出口というところで黒川が突然口を開く。普段よりも少しだけ低い真面目な声音に、タカコは彼が言い出す事に大体の見当が付きつつもそれを口にする事無く、近くに有った長椅子を指差してそちらへと向けて歩き出した。
「……それで?話って、何?」
 腰を下ろして問い掛ければ、隣へと座った黒川は暫く黙したまま、やがて頭をがしがしと掻き大きく一つ呼吸をしてタカコの方へと向き直った。
「……本来だったら直ぐに君のところにも行くべきだった、ただ、その……女性に、君に対して男として最低の事をした三人は俺の部下だ、顔を見た事も無い名前も知らない末端の二等兵だが……その上官である俺が君のところに出向いたところで、君の受けた傷を更に抉っちまうんじゃないかと思って、どうしても行けなかった……本当にすまない、許してくれとは言わない、ただ、すまなかった」
 やはりな、内心で思わず小さく笑ってしまった。
 ここ二ヶ月の間出撃の時以外はほぼずっと一緒にいた敦賀、その彼が異様に神経質になっていたのには気付いていた、高根もまた自分に気を遣い、あの夜の事について簡単な事情聴取をした以降は一切話題には出さない徹底振り。
 誰も彼も気を遣い過ぎだ、あんな事初めてでもないのに、生きてるだけで丸儲け、無いのが一番であるのは確かだが、あれを甘受したからこそ今の命が有ると言っても過言ではないのに。
「タツさんが命令したの?アレをやれって」
「それは有り得ない、何に懸けてでも誓うよ。俺は真吾と敦賀の留守の間、君を預かる、守るって二人に約束した、そんな事思ってもいない」
「じゃあタツさんが謝る事じゃないじゃない、関係無いのに謝られても、困る」
「指揮系統も責任も、俺が西方旅団のその頂点に立ってるのは君も分かるだろう?あの三人のしでかした事の責任を、俺は取らなきゃならないってのも」
「じゃあ、今日の夜、中洲に連れて行ってよ。全部タツさん持ちで好きなだけ食べさせて」
「タカコちゃん、俺は真面目に――」
 タカコの発言に彼女が真面目に聞いていないと思ったのか黒川の語気が僅かに強まる、それを遮ったのは、いつもよりも冷たくなったタカコの声音。
「自分の罪悪感を軽減する為に私に赦しを求めるな、そんなに悪いと思ってるのなら一人で勝手に罪悪感に苛まれてろ、私はあんたの罪滅ぼしの道具じゃねぇよ」
 黒川に普段接する時とは全く違う口調と纏う空気、黒川がそれに双眸を見開き動きを失えば、ふ、と笑ったタカコが今度はいつもの様に話し出す。
「『生きててくれて有り難う』の方が好きだな、私は。とにかくもう気にしないで、あんな事は初めてじゃないし、堪えてないからさ、気を遣われると逆に気にしちゃうんだ。え、何、私ってそんなに気を遣われる位汚れてちゃってるのみたいな」
「いや、そんな事は――」
「分かってるって、だから、この話はもうお仕舞い、ね?そんなに悪いと思ってるのなら今日の夜さ、中洲で私に奢ってよ。それでチャラ」
「……それで良いのかい?」
「うん、それが良い」
 こんな湿っぽい話を延々とされて望んでもいない謝罪を続けられるのは性に合わない、どうせ今日は敦賀もいないのだし中洲に出て好きにしようと笑えば、不意に黒川に腕を引かれ、気付いた時には彼に抱き締められていた。
「ちょ!タツさん、何――」
「いや、すげぇホッとした……ちょっとだけこのままで良いかい、変な事はしねぇから」
「変な事……卍固めとか?」
「……掛けて欲しいなら掛けるぜ?」
「いや、良いです、ごめんなさい」
 そう言って笑えば黒川も釣られて笑った気配が伝わって来て、タカコはそれに更に目を細めて彼の背中を軽く叩き、彼の身体が離れて行くのを待つ事にした。
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