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第50章『連れ合い』
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第50章『連れ合い』
目覚めから二時間後、タカコは敦賀が乗ったトラックが海兵隊本部の門を出て第一防壁の先、対馬区へと出撃して行くのを見送っていた。
活骸の侵攻によって中断された作業、それを進める為の出撃が侵攻の五日後に有り、それを含めれば今日は侵攻からこちら三回目の出撃、その全てをこうやって残留して見送った。
「……うん、奴と離れてる間にしっかり心持ちを立て直しておこう、この状況は何とも宜しくないぞ、宜しくない」
朝の日課の墓参りへと向かう為に歩き出しながら、誰に言うでもなく口を開く。少々自分の欲望を優先させ過ぎた、敦賀が自分の身体だけを必要としているのならまだしも、心も含めて欲し生涯この大和に留めておくつもりなのであれば、それは絶対に受け入れられない、何が有っても拒まなければ。
「帰国する迄の期間限定で身体だけとか、都合の良い事言ってくんねぇかなぁ、敦賀」
自分の都合と欲望丸出しのそんな事を思わず口にしてみるものの、そんな事を言う敦賀は果たして敦賀なのか、生真面目で不器用で、そうでなければそれは最早敦賀ではない何者かだろうと自分の言った事に小さく吹き出してしまう。
部下達の墳墓の前に辿り着き、伸び始めた雑草をぶちぶちと抜いて小ざっぱりとさせ、それから一つ一つを回り線香を供える。そして最後は夫の墓、線香の残りを供え、その前に胡座を掻いて座り込み立ち上る細い煙を見詰めつつ語り掛けた。
『……気になる男が出来た、抱かれても良いか?』
久々に口にする母国語、誰かに聞かれたらと思わないでもないがここは墓地の外れの方、しかもこんな早い時間なら大丈夫だろうと続きを口にする。
『本当ならこんな形で会う筈の無かった男だ、お前を埋葬した時にお前の身体をそこに埋めてくれた男だよ、不器用で生真面目で融通が利かなくて直ぐに手が出る奴で……凄く、優しい男だ』
言いながら目頭が熱くなる、堪えようとして上を向いても何の効果も無く目尻から溢れ出てこめかみへと伝う涙、鼻の奥がツンと痛くなり、今度は下を向き両手で顔を覆った。
『タカユキ……お前に、逢いたい……抱き締めて、キスして、愛してるって言って欲しい……今直ぐに……!』
もう二度と叶わないその願い、壊したのは、手放したのは自分なのだ。助からないのは分かっていた、苦しみを終わらせてやったのは間違いでもないのだろう。けれど、それからずっと自分を責め続ける声が消えない、もっと他の事が出来たんじゃないか、息絶えるその瞬間迄一緒にいて言葉を掛け続けてやれば良かったんじゃないか、楽にしてくれと頼んだのは夫だったけれど、それを聞き届けるのが本当に最善だったのかと。
もう随分と長いこと戦場で生きて来て、あんな状況になればどんな思いが交錯するのか等嫌という程に分かっている、もし立場が逆だったとして、自分もまた夫に同じ様に頼んだだろう、楽にしてくれと。けれど、それは自分が早く楽になりたいからではない、残された者を一刻も早く危険から遠ざける為だ。
共に死線を潜り抜けて戦って来た仲間、まだ息の有る相手を置いて逃げる等出来ない、そんな思いが有る反面生物としての本能は自らの命を最優先にしろと、見捨てて離脱する事を要求し身動きが取れなくなる、そうして雁字搦めになって結局死んでしまう人間は少なくない。自分達はそれを知っているから、せめてお前だけは生き延びろと、或る者は自ら引き金を引き或る者は介錯を頼み仲間の枷を一つ外してやるのだ。
夫の言葉は自分に対しての最大限の愛情と優しさ、自分はそれに助けられたのだと知っている。
そうやって生き延びて、自分が捨てたものを恋しがり泣くとは、それと同時に似たものを他の男に求めるとは、どんな滑稽な話だろうか。
『お前が恋しいのに、敦賀も欲しいとか……本当、ごめん、ごめん、ごめん……』
涙で震える声、きつく抱き締めて宥めて欲しいと思う相手はもうこの世にはいない、自分がこの手で殺したのだから。
どれ位そうしていたのか、あまり本部から離れているのも良くない、残っている人間は高根から自分の事を頼まれているから探しているだろうとタカコは顔を拭って立ち上がる。
そして、
『……また、明日来るよ』
並ぶ墳墓を見渡しそう言い、夫の墳墓に優しく触れて元来た道を歩き出した。途中、この時間にしては珍しく敷地内に人の気配を感じ、盆はもう過ぎたのに誰だろう、珍しいなと思いそちらへと歩みを向けてみる。そして見えて来たのは墓石の前に片膝を突き、墓石を優しく撫で摩りながら話し掛ける陸軍の制服を纏った見覚えの有る背中。
(……あ、タツさんだ)
活骸の侵攻の日に助け出されてからこちら彼には会っていなかった、自分の配下の人間があんな行為に及んだともなればタカコに対しての気まずさは半端なものではないだろう、それを考えれば顔を出せなかったのも当然だなと思いつつ、墓石を撫でる様子のあまりにも優しい雰囲気に目を奪われ、暫くの間無言でそれを見詰めていた。
あの様子はきっと妻か恋人、陸軍の彼の連れ合いが何故海兵隊の墓地に眠っているのかは知らないが、所属は違ってもきっととても愛していた、否、愛しているのだろう、これ以上は邪魔だなと判断しその場をそっと立ち去ろうとした時、木の枝を踏みつけて折ってしまい、その音は黒川の耳にも届いたのか彼がこちらへと振り返った。
「……タカコちゃん」
目覚めから二時間後、タカコは敦賀が乗ったトラックが海兵隊本部の門を出て第一防壁の先、対馬区へと出撃して行くのを見送っていた。
活骸の侵攻によって中断された作業、それを進める為の出撃が侵攻の五日後に有り、それを含めれば今日は侵攻からこちら三回目の出撃、その全てをこうやって残留して見送った。
「……うん、奴と離れてる間にしっかり心持ちを立て直しておこう、この状況は何とも宜しくないぞ、宜しくない」
朝の日課の墓参りへと向かう為に歩き出しながら、誰に言うでもなく口を開く。少々自分の欲望を優先させ過ぎた、敦賀が自分の身体だけを必要としているのならまだしも、心も含めて欲し生涯この大和に留めておくつもりなのであれば、それは絶対に受け入れられない、何が有っても拒まなければ。
「帰国する迄の期間限定で身体だけとか、都合の良い事言ってくんねぇかなぁ、敦賀」
自分の都合と欲望丸出しのそんな事を思わず口にしてみるものの、そんな事を言う敦賀は果たして敦賀なのか、生真面目で不器用で、そうでなければそれは最早敦賀ではない何者かだろうと自分の言った事に小さく吹き出してしまう。
部下達の墳墓の前に辿り着き、伸び始めた雑草をぶちぶちと抜いて小ざっぱりとさせ、それから一つ一つを回り線香を供える。そして最後は夫の墓、線香の残りを供え、その前に胡座を掻いて座り込み立ち上る細い煙を見詰めつつ語り掛けた。
『……気になる男が出来た、抱かれても良いか?』
久々に口にする母国語、誰かに聞かれたらと思わないでもないがここは墓地の外れの方、しかもこんな早い時間なら大丈夫だろうと続きを口にする。
『本当ならこんな形で会う筈の無かった男だ、お前を埋葬した時にお前の身体をそこに埋めてくれた男だよ、不器用で生真面目で融通が利かなくて直ぐに手が出る奴で……凄く、優しい男だ』
言いながら目頭が熱くなる、堪えようとして上を向いても何の効果も無く目尻から溢れ出てこめかみへと伝う涙、鼻の奥がツンと痛くなり、今度は下を向き両手で顔を覆った。
『タカユキ……お前に、逢いたい……抱き締めて、キスして、愛してるって言って欲しい……今直ぐに……!』
もう二度と叶わないその願い、壊したのは、手放したのは自分なのだ。助からないのは分かっていた、苦しみを終わらせてやったのは間違いでもないのだろう。けれど、それからずっと自分を責め続ける声が消えない、もっと他の事が出来たんじゃないか、息絶えるその瞬間迄一緒にいて言葉を掛け続けてやれば良かったんじゃないか、楽にしてくれと頼んだのは夫だったけれど、それを聞き届けるのが本当に最善だったのかと。
もう随分と長いこと戦場で生きて来て、あんな状況になればどんな思いが交錯するのか等嫌という程に分かっている、もし立場が逆だったとして、自分もまた夫に同じ様に頼んだだろう、楽にしてくれと。けれど、それは自分が早く楽になりたいからではない、残された者を一刻も早く危険から遠ざける為だ。
共に死線を潜り抜けて戦って来た仲間、まだ息の有る相手を置いて逃げる等出来ない、そんな思いが有る反面生物としての本能は自らの命を最優先にしろと、見捨てて離脱する事を要求し身動きが取れなくなる、そうして雁字搦めになって結局死んでしまう人間は少なくない。自分達はそれを知っているから、せめてお前だけは生き延びろと、或る者は自ら引き金を引き或る者は介錯を頼み仲間の枷を一つ外してやるのだ。
夫の言葉は自分に対しての最大限の愛情と優しさ、自分はそれに助けられたのだと知っている。
そうやって生き延びて、自分が捨てたものを恋しがり泣くとは、それと同時に似たものを他の男に求めるとは、どんな滑稽な話だろうか。
『お前が恋しいのに、敦賀も欲しいとか……本当、ごめん、ごめん、ごめん……』
涙で震える声、きつく抱き締めて宥めて欲しいと思う相手はもうこの世にはいない、自分がこの手で殺したのだから。
どれ位そうしていたのか、あまり本部から離れているのも良くない、残っている人間は高根から自分の事を頼まれているから探しているだろうとタカコは顔を拭って立ち上がる。
そして、
『……また、明日来るよ』
並ぶ墳墓を見渡しそう言い、夫の墳墓に優しく触れて元来た道を歩き出した。途中、この時間にしては珍しく敷地内に人の気配を感じ、盆はもう過ぎたのに誰だろう、珍しいなと思いそちらへと歩みを向けてみる。そして見えて来たのは墓石の前に片膝を突き、墓石を優しく撫で摩りながら話し掛ける陸軍の制服を纏った見覚えの有る背中。
(……あ、タツさんだ)
活骸の侵攻の日に助け出されてからこちら彼には会っていなかった、自分の配下の人間があんな行為に及んだともなればタカコに対しての気まずさは半端なものではないだろう、それを考えれば顔を出せなかったのも当然だなと思いつつ、墓石を撫でる様子のあまりにも優しい雰囲気に目を奪われ、暫くの間無言でそれを見詰めていた。
あの様子はきっと妻か恋人、陸軍の彼の連れ合いが何故海兵隊の墓地に眠っているのかは知らないが、所属は違ってもきっととても愛していた、否、愛しているのだろう、これ以上は邪魔だなと判断しその場をそっと立ち去ろうとした時、木の枝を踏みつけて折ってしまい、その音は黒川の耳にも届いたのか彼がこちらへと振り返った。
「……タカコちゃん」
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