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第49章『どうしようもなく』
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第49章『どうしようもなく』
怪我と鎮痛剤の影響でどれだけ眠っても足りず、活骸の侵攻から二週間程は四六時中寝てばかりいた。目が覚める度に直ぐ傍に感じたのは大きく穏やかな優しさと暖かさ、時には書類仕事をしていた手を止めてこちらを見遣り、時には膝枕をして頭を撫で、時にはやはり膝枕で自分も転寝に落ち、そして時には自分を抱き締めて眠っていた敦賀、それが在って当然だと、彼の存在を心地良く思う様になってしまったのはいつ頃からだろうか。
彼の事を男として意識している、そうはっきりと自覚したのは実に些細な事だった、本部の敷地を体力回復の一助がてらにふらふらと歩いていた時、木に登ったまま降りられなくなり助けを求めて鳴き声を上げる子猫を見掛けた事が有った。
普段なら自ら木に登って助けてやるところだが左肩の負傷でそれもままならず、どうしたものか、右腕一本でどうにか出来るだろうかと木の枝に手を掛けた時、背後に感じた怒気と直後脳天に突き込まれた拳、涙目になって頭を抑えたタカコが振り返れば、そこには険を深くした敦賀がいた。
「……怪我人がふらふら出歩いて何してやがる、この大馬鹿が……!」
そう言って腕を掴んで執務室へと戻ろうとする彼を引き止め、樹上で依然助けを求め続ける子猫を指差し、
「あれ、助けてやってよ。私はここで大人しくしてるからさ」
そう頼んでみた。
断られるかも知れない、そんなタカコの思いに反して敦賀は樹上を見上げ溜息を吐き、
「……ここから動くなよ」
そう言って半長靴と靴下を脱ぎ枝に手を掛け勢い良く登り始め、ぐんぐんと子猫に近付いて行く。何とも意外だ、動物には優しいのかと半ば唖然として見上げるタカコを他所に敦賀はあっと言う間に子猫のもとに到達し、目付きの悪い巨体が近付いているというのにそれにも気付かず震えて鳴き続ける子猫を片手で掴み、そのまま枝を蹴って飛び降りて来た。
「…………!」
鼻先に感じた吹き降ろす風、それに、すっかり身近になってしまった敦賀の匂いを感じた。それと同時に目の前に着地する大きな身体、音が殆どしなかったのは、彼の旋毛を初めて見たのは、着地直前に膝を最大限に屈曲させて着地の衝撃を和らげたから。
やがて子猫を地面に下ろしてやり立ち上がった彼はやはり大きくて、自分の目の前に来るのはいつもの胸板、その一連の流れの中で、何かが自分の中で弾けてしまったのをタカコははっきりと感じ取っていた。
「……どうかしたか」
「……いや……何でもない、有り難う」
胸板から上へと視線を移せば向けられるのはいつもの鋭い眼差し、その彼が
「しょうがねぇ奴だな、戻るぞ」
そう言って些か乱暴に頭を撫でて来た時、大きく心臓が跳ねた気がした。
そこで子猫を迎えに物凄い形相で走り寄って来た母猫が威嚇の声を上げて敦賀の足の甲に鋭い一閃、タカコにとって初めて見る敦賀の流血という事態を引き起こし走り去って行った事で何とか有耶無耶にする事は出来たものの、動き始めてしまった内心、それを元に戻す事は本人にも出来ないまま。
そうしてどうにかこうにか誤魔化し続けて来て、昨夜初めて感じた大きな揺れに飛び起き、殆ど何も考えないままに敦賀の部屋へ、そして胸へと飛び込んでいた。
この大和に来てから数度感じた地面の揺れ、母国では感じた事等殆ど無かったそれはタカコに対して本能的な恐怖を与えるもので、それがどんなに小さなものでも良い気分はしていなかった、自分が真っ直ぐに立つ為の大地が揺れるとは、そして時にそれに気付きさえしない大和人は頭がおかしいとすら思ったものだった。
昨夜の揺れは建物や窓がはっきりと鳴る程に大きなもので、気付いた時には敦賀の腕の中。怖いのかと聞かれてそれに乗じてそちらの方向へと誤魔化そうとはしたものの結局彼に抱き締められて眠る事になり、只管に優しく暖かい敦賀の身体、その感触に、一年以上も遠ざかっている熱と甘さを与えて欲しい、そう思い、強請る様にして彼の背中に腕を回した。
その時に、タカコが敦賀の気持ちを考えていたとは正直言い難い、自分の事しか考えていなかったと言うべきだろう。母国には絶対に帰さない、強く抱き締められてそう言われ、止せば良いのにその意味を問い掛け、それに返されたのは深い口付け。敦賀が自分を女として求めている、欲している、それは知っていた筈なのに何をしているのかと、彼の身体を突き放せ、理性はそう命じたのに勝ったのは女としての欲の方。この熱が欲しい、外にだけではなく、身体の中にも、そう思えば抵抗の意思等生まれる筈も無く、彼から与えられる快感を只素直に受け入れていた。
引いたのは敦賀の方、もっと欲しいと彼の名前を呼べば与えられたのは触れるだけの口付けが一つきり、結局その先に進む事無く彼はタカコを抱き締めて眠り、やがて彼女自身も眠りに就いた。
そして今、先に目が覚めたタカコは未だに敦賀の腕の中におり、彼の寝顔を至近距離で見詰めながら今迄の事を考えていた。
冷静になってみればやはりこの男の事を受け入れるわけにはいかない、求めてもいけない。彼が昨日言った、母国には絶対に帰さない、あれは本気、本音なのだろう、心がその方向で決まっているのであれば絶対に彼に抱かれてはいけない。
活骸の侵攻の際の暴行事件で有耶無耶になってしまっているが、その前夜の彼の発言、自分を売女扱いしたあの言葉が本音でなくて良かったと思う反面、身体だけを求められていた方がまだ良かった、タカコはそんな事を考えつつ小さく歯を軋らせ敦賀の背中に回した腕に力を込める。
「……起きたのか……お前は今回も残留なんだからもうちょっと寝てろ」
抱き締める感触で目を覚ましたのか頭上から降って来る敦賀の掠れた寝起きの声、その彼の身体がゆっくりと肩の傷を庇う様にして覆い被さり、昨夜と同じ様に優しく深い口付けを落として来る。それだけで熱を帯び始める身体、タカコはそれに自らの浅ましさを感じながら、これで最後、そう自分に言い聞かせ敦賀の首へと腕を回し力を込めた。
怪我と鎮痛剤の影響でどれだけ眠っても足りず、活骸の侵攻から二週間程は四六時中寝てばかりいた。目が覚める度に直ぐ傍に感じたのは大きく穏やかな優しさと暖かさ、時には書類仕事をしていた手を止めてこちらを見遣り、時には膝枕をして頭を撫で、時にはやはり膝枕で自分も転寝に落ち、そして時には自分を抱き締めて眠っていた敦賀、それが在って当然だと、彼の存在を心地良く思う様になってしまったのはいつ頃からだろうか。
彼の事を男として意識している、そうはっきりと自覚したのは実に些細な事だった、本部の敷地を体力回復の一助がてらにふらふらと歩いていた時、木に登ったまま降りられなくなり助けを求めて鳴き声を上げる子猫を見掛けた事が有った。
普段なら自ら木に登って助けてやるところだが左肩の負傷でそれもままならず、どうしたものか、右腕一本でどうにか出来るだろうかと木の枝に手を掛けた時、背後に感じた怒気と直後脳天に突き込まれた拳、涙目になって頭を抑えたタカコが振り返れば、そこには険を深くした敦賀がいた。
「……怪我人がふらふら出歩いて何してやがる、この大馬鹿が……!」
そう言って腕を掴んで執務室へと戻ろうとする彼を引き止め、樹上で依然助けを求め続ける子猫を指差し、
「あれ、助けてやってよ。私はここで大人しくしてるからさ」
そう頼んでみた。
断られるかも知れない、そんなタカコの思いに反して敦賀は樹上を見上げ溜息を吐き、
「……ここから動くなよ」
そう言って半長靴と靴下を脱ぎ枝に手を掛け勢い良く登り始め、ぐんぐんと子猫に近付いて行く。何とも意外だ、動物には優しいのかと半ば唖然として見上げるタカコを他所に敦賀はあっと言う間に子猫のもとに到達し、目付きの悪い巨体が近付いているというのにそれにも気付かず震えて鳴き続ける子猫を片手で掴み、そのまま枝を蹴って飛び降りて来た。
「…………!」
鼻先に感じた吹き降ろす風、それに、すっかり身近になってしまった敦賀の匂いを感じた。それと同時に目の前に着地する大きな身体、音が殆どしなかったのは、彼の旋毛を初めて見たのは、着地直前に膝を最大限に屈曲させて着地の衝撃を和らげたから。
やがて子猫を地面に下ろしてやり立ち上がった彼はやはり大きくて、自分の目の前に来るのはいつもの胸板、その一連の流れの中で、何かが自分の中で弾けてしまったのをタカコははっきりと感じ取っていた。
「……どうかしたか」
「……いや……何でもない、有り難う」
胸板から上へと視線を移せば向けられるのはいつもの鋭い眼差し、その彼が
「しょうがねぇ奴だな、戻るぞ」
そう言って些か乱暴に頭を撫でて来た時、大きく心臓が跳ねた気がした。
そこで子猫を迎えに物凄い形相で走り寄って来た母猫が威嚇の声を上げて敦賀の足の甲に鋭い一閃、タカコにとって初めて見る敦賀の流血という事態を引き起こし走り去って行った事で何とか有耶無耶にする事は出来たものの、動き始めてしまった内心、それを元に戻す事は本人にも出来ないまま。
そうしてどうにかこうにか誤魔化し続けて来て、昨夜初めて感じた大きな揺れに飛び起き、殆ど何も考えないままに敦賀の部屋へ、そして胸へと飛び込んでいた。
この大和に来てから数度感じた地面の揺れ、母国では感じた事等殆ど無かったそれはタカコに対して本能的な恐怖を与えるもので、それがどんなに小さなものでも良い気分はしていなかった、自分が真っ直ぐに立つ為の大地が揺れるとは、そして時にそれに気付きさえしない大和人は頭がおかしいとすら思ったものだった。
昨夜の揺れは建物や窓がはっきりと鳴る程に大きなもので、気付いた時には敦賀の腕の中。怖いのかと聞かれてそれに乗じてそちらの方向へと誤魔化そうとはしたものの結局彼に抱き締められて眠る事になり、只管に優しく暖かい敦賀の身体、その感触に、一年以上も遠ざかっている熱と甘さを与えて欲しい、そう思い、強請る様にして彼の背中に腕を回した。
その時に、タカコが敦賀の気持ちを考えていたとは正直言い難い、自分の事しか考えていなかったと言うべきだろう。母国には絶対に帰さない、強く抱き締められてそう言われ、止せば良いのにその意味を問い掛け、それに返されたのは深い口付け。敦賀が自分を女として求めている、欲している、それは知っていた筈なのに何をしているのかと、彼の身体を突き放せ、理性はそう命じたのに勝ったのは女としての欲の方。この熱が欲しい、外にだけではなく、身体の中にも、そう思えば抵抗の意思等生まれる筈も無く、彼から与えられる快感を只素直に受け入れていた。
引いたのは敦賀の方、もっと欲しいと彼の名前を呼べば与えられたのは触れるだけの口付けが一つきり、結局その先に進む事無く彼はタカコを抱き締めて眠り、やがて彼女自身も眠りに就いた。
そして今、先に目が覚めたタカコは未だに敦賀の腕の中におり、彼の寝顔を至近距離で見詰めながら今迄の事を考えていた。
冷静になってみればやはりこの男の事を受け入れるわけにはいかない、求めてもいけない。彼が昨日言った、母国には絶対に帰さない、あれは本気、本音なのだろう、心がその方向で決まっているのであれば絶対に彼に抱かれてはいけない。
活骸の侵攻の際の暴行事件で有耶無耶になってしまっているが、その前夜の彼の発言、自分を売女扱いしたあの言葉が本音でなくて良かったと思う反面、身体だけを求められていた方がまだ良かった、タカコはそんな事を考えつつ小さく歯を軋らせ敦賀の背中に回した腕に力を込める。
「……起きたのか……お前は今回も残留なんだからもうちょっと寝てろ」
抱き締める感触で目を覚ましたのか頭上から降って来る敦賀の掠れた寝起きの声、その彼の身体がゆっくりと肩の傷を庇う様にして覆い被さり、昨夜と同じ様に優しく深い口付けを落として来る。それだけで熱を帯び始める身体、タカコはそれに自らの浅ましさを感じながら、これで最後、そう自分に言い聞かせ敦賀の首へと腕を回し力を込めた。
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