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第54章『爆破』
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第54章『爆破』
「――さん!タツさん!」
ぼんやりとした意識の中、何処かから自分を呼ぶ声が聞こえて来る。
ああ、これはタカコだ、タツさんと呼ぶのは彼女しかいない。
一体自分は何をしているのか、いつもの店でタカコ達と飲み、今日は宿をとっているからと店を出た後別れて宿へと向かって歩いていた筈だ、それから――
「タツさん!聞こえる!?タツさん!」
突然身体と頭を襲う痛み、はっきりとする意識と聞こえる音、晩秋の夜の冷たい空気に身体を大きく震わせれば、顔の直ぐ横で大きく息が吐き出される気配がした。
「タツさん!?良かったぁ……」
「……タカコ、ちゃん……?帰った筈じゃ……」
どうも地面に寝かされているらしい、身体が冷えると起き上がろうとすればタカコの腕が優しくそれを遮り、自分の来ている上着を脱いで身体へと掛けてくれる。
「動かないで、頭打ってるから。私達とさっき別れた後にね、爆破事件に巻き込まれたの、覚えてない?」
「……ああ……そういや宿に入る前にとんこつ麺でも啜るかと思ってさ、行きつけの屋台の方に向かって歩いてたんだったわ、で、もう直ぐって時に何かすげぇ音と衝撃が有って、それから覚えてねぇや」
「……吹き飛ばされたの、多分、その屋台」
硬くなったタカコの言葉、彼女のその様子に逸らされた視線の先へと自らのそれを向けて見れば、見慣れた場所に在る筈の馴染みの屋台もそこの親爺の姿も無く、或るのは屋台だったであろう大破した残骸のみ。方々で火を消せという声が聞こえている、爆発だけではなく火種から引火して火事にもなったのか、敦賀と高根の声も聞こえるな、そんな事を感じつつ視線をタカコへと戻した。
「……俺が狙われたのかもな。ちょいと目立ち過ぎな自覚は有ってね、陸軍内で俺が死ねば良いと思ってる奴が多いってのは知ってるんだ」
「……もう喋らないで」
「ああ……ちょっと眠って良いかい」
「やっぱ喋って、何でも良いからほら」
「おいおい、どっちなんだよ」
少し笑ってそう言えば頬にタカコの掌が触れる、その冷たさに目を細めて頬をすり寄せれば頭上から降って来るのは至極当然の言葉。
「頭打ってるんだってば、出血もしてるんだよ、意識が無くなるのが一番やばいんだから寝たら駄目、何でも良いから喋って意識保って」
「んー……、じゃあさ、入院になったら毎日お見舞い来てくれよ。あ、陸軍病院になるから真吾と敦賀は無しな、あれこれ言われるのお互いに嫌だし、タカコちゃんだけ。んで、林檎かみかん食べさせてくれよ、あーんてやってさ」
「やっぱこのまま眠って良いよこのおっさん、もう二度と起きなくて良いわ」
「大丈夫、俺偉いからさ、個室だから他人の目は無いし恥ずかしがらなくて良いから」
「他人の目の有無の問題じゃねぇよ、発想がスケベなおっさん丸出しなんだよタツさん」
「ひっでぇなぁ、スケベなおっさんなのは否定しねぇけどよ」
「しないんだ……」
顔を見合わせて笑い合えばそこに敦賀がやって来て救急車の到着を告げる、やがて現れた救急隊員に手当てを受け担架に乗せられた黒川はタカコへと向かって手を伸ばし、
「敦賀、彼女を借りても良いか」
と、敦賀へと向けて許可を求めてきた。
一瞬動きを止める敦賀、が、直ぐに小さく舌打ちをしそれに是の言葉を返す。
「彼は陸軍の准将だ、陸軍病院へ搬送を。お前は一緒に行け、龍興の処置が終わって病室に移されたら迎えに行く迄そこにいろ、良いな?」
「うん、分かった」
救急隊員に搬送先を告げタカコとそんな遣り取りを交わし現場へと戻って行く敦賀、黒川はそんな彼の背中を暫く見詰めた後、動き始めた担架の上からタカコへと手を伸ばし一緒に来いとその手を取った。
やがて陸軍病院へと向けて動き始める救急車、タカコはその中で手当てを受ける黒川の姿を見詰めつつ、現場に駆け付ける前の事を思い起こしていた。
店を出て直ぐに彼と別れ、営舎へと向けて歩いていた。それから十分程経った頃だったろうか、そろそろ中洲の街並みを抜ける、そんな頃合に中洲の方から響いて来た地響きにも似た振動、三人揃って立ち止まり振り返ってみれば元来た方向から上がる黒煙、遅れて見え始めた炎の赤に反射的に三人揃って駆け出していた。
近づくにつれて明らかになる爆発地点、その方向が黒川が歩いて行った方だと分かるにつれて背筋や頬を嫌な汗が伝ったのをよく覚えている、辿り着いた現場近くで頭から血を流し意識を失い倒れた彼を見付けた時には心底ゾッとしたし、どうやら命に別状は無さそうだと分かった時には安堵した。
「黒川さーん!寝ないで下さいね、直ぐに治療しますからねー!」
「こちらにお願いします!」
救急車が止まったのは陸軍病院の救急搬入口、車の後部の扉が開けば既に連絡が入っていたのか看護師や医者が群がる様にして担架を受け取り中へと運び入れて行く。タカコはそれを追って中へと入り、処置や検査が終わる迄の一時間程を廊下の待合所で過ごし、その後病室へと移された黒川について行き、彼が寝かされた寝台の脇に置かれた椅子へと腰掛けた。
「悪かったね、付き合わせちゃって」
「ううん、気にしないで、私も心配だったし」
「おっ、何、俺ってばもしかして愛されちゃってる?」
「やっぱ帰るわ私、敦賀には先に帰ったって言っといて」
「……結構手厳しいよね、君」
「タツさんがそういう事ばっかり言うからじゃん、下手したら死んでるところだってのにさ」
「そうそう、それなんだけどよ、俺さ、屋台に着く前にちょっと催しちゃってね、物陰で用足ししてたんだよ、結構飲んでたからなかなか切れなくて。それから屋台に向かってたら、もう少しってところでドカンだったんだよな。あれ、途中で小便してなかったら死んでたわ」
「……やっぱり、自分が狙われたって思う?」
少しだけ低くなったタカコの声音、黒川は天井を仰ぎながらそれに是の言葉を返す。
「……ああ、恐らくね」
タカコはそれには返事はせず、代わりに黒川の手を取りその指先に自らの頬を摺り寄せた。
「……良かった、タツさんが生きてて……良かった」
「……タカコちゃん?」
そのまま寝台の上の布団へと顔を埋めてしまったタカコ、黒川はそんな彼女の様子を若干妙に思いつつも、それでもこんなに心配されるのは悪い気はしないな、そう思いつつ彼女の頭へと手を伸ばし、暫くの間柔らかな髪の感触を楽しんでいた。
「――さん!タツさん!」
ぼんやりとした意識の中、何処かから自分を呼ぶ声が聞こえて来る。
ああ、これはタカコだ、タツさんと呼ぶのは彼女しかいない。
一体自分は何をしているのか、いつもの店でタカコ達と飲み、今日は宿をとっているからと店を出た後別れて宿へと向かって歩いていた筈だ、それから――
「タツさん!聞こえる!?タツさん!」
突然身体と頭を襲う痛み、はっきりとする意識と聞こえる音、晩秋の夜の冷たい空気に身体を大きく震わせれば、顔の直ぐ横で大きく息が吐き出される気配がした。
「タツさん!?良かったぁ……」
「……タカコ、ちゃん……?帰った筈じゃ……」
どうも地面に寝かされているらしい、身体が冷えると起き上がろうとすればタカコの腕が優しくそれを遮り、自分の来ている上着を脱いで身体へと掛けてくれる。
「動かないで、頭打ってるから。私達とさっき別れた後にね、爆破事件に巻き込まれたの、覚えてない?」
「……ああ……そういや宿に入る前にとんこつ麺でも啜るかと思ってさ、行きつけの屋台の方に向かって歩いてたんだったわ、で、もう直ぐって時に何かすげぇ音と衝撃が有って、それから覚えてねぇや」
「……吹き飛ばされたの、多分、その屋台」
硬くなったタカコの言葉、彼女のその様子に逸らされた視線の先へと自らのそれを向けて見れば、見慣れた場所に在る筈の馴染みの屋台もそこの親爺の姿も無く、或るのは屋台だったであろう大破した残骸のみ。方々で火を消せという声が聞こえている、爆発だけではなく火種から引火して火事にもなったのか、敦賀と高根の声も聞こえるな、そんな事を感じつつ視線をタカコへと戻した。
「……俺が狙われたのかもな。ちょいと目立ち過ぎな自覚は有ってね、陸軍内で俺が死ねば良いと思ってる奴が多いってのは知ってるんだ」
「……もう喋らないで」
「ああ……ちょっと眠って良いかい」
「やっぱ喋って、何でも良いからほら」
「おいおい、どっちなんだよ」
少し笑ってそう言えば頬にタカコの掌が触れる、その冷たさに目を細めて頬をすり寄せれば頭上から降って来るのは至極当然の言葉。
「頭打ってるんだってば、出血もしてるんだよ、意識が無くなるのが一番やばいんだから寝たら駄目、何でも良いから喋って意識保って」
「んー……、じゃあさ、入院になったら毎日お見舞い来てくれよ。あ、陸軍病院になるから真吾と敦賀は無しな、あれこれ言われるのお互いに嫌だし、タカコちゃんだけ。んで、林檎かみかん食べさせてくれよ、あーんてやってさ」
「やっぱこのまま眠って良いよこのおっさん、もう二度と起きなくて良いわ」
「大丈夫、俺偉いからさ、個室だから他人の目は無いし恥ずかしがらなくて良いから」
「他人の目の有無の問題じゃねぇよ、発想がスケベなおっさん丸出しなんだよタツさん」
「ひっでぇなぁ、スケベなおっさんなのは否定しねぇけどよ」
「しないんだ……」
顔を見合わせて笑い合えばそこに敦賀がやって来て救急車の到着を告げる、やがて現れた救急隊員に手当てを受け担架に乗せられた黒川はタカコへと向かって手を伸ばし、
「敦賀、彼女を借りても良いか」
と、敦賀へと向けて許可を求めてきた。
一瞬動きを止める敦賀、が、直ぐに小さく舌打ちをしそれに是の言葉を返す。
「彼は陸軍の准将だ、陸軍病院へ搬送を。お前は一緒に行け、龍興の処置が終わって病室に移されたら迎えに行く迄そこにいろ、良いな?」
「うん、分かった」
救急隊員に搬送先を告げタカコとそんな遣り取りを交わし現場へと戻って行く敦賀、黒川はそんな彼の背中を暫く見詰めた後、動き始めた担架の上からタカコへと手を伸ばし一緒に来いとその手を取った。
やがて陸軍病院へと向けて動き始める救急車、タカコはその中で手当てを受ける黒川の姿を見詰めつつ、現場に駆け付ける前の事を思い起こしていた。
店を出て直ぐに彼と別れ、営舎へと向けて歩いていた。それから十分程経った頃だったろうか、そろそろ中洲の街並みを抜ける、そんな頃合に中洲の方から響いて来た地響きにも似た振動、三人揃って立ち止まり振り返ってみれば元来た方向から上がる黒煙、遅れて見え始めた炎の赤に反射的に三人揃って駆け出していた。
近づくにつれて明らかになる爆発地点、その方向が黒川が歩いて行った方だと分かるにつれて背筋や頬を嫌な汗が伝ったのをよく覚えている、辿り着いた現場近くで頭から血を流し意識を失い倒れた彼を見付けた時には心底ゾッとしたし、どうやら命に別状は無さそうだと分かった時には安堵した。
「黒川さーん!寝ないで下さいね、直ぐに治療しますからねー!」
「こちらにお願いします!」
救急車が止まったのは陸軍病院の救急搬入口、車の後部の扉が開けば既に連絡が入っていたのか看護師や医者が群がる様にして担架を受け取り中へと運び入れて行く。タカコはそれを追って中へと入り、処置や検査が終わる迄の一時間程を廊下の待合所で過ごし、その後病室へと移された黒川について行き、彼が寝かされた寝台の脇に置かれた椅子へと腰掛けた。
「悪かったね、付き合わせちゃって」
「ううん、気にしないで、私も心配だったし」
「おっ、何、俺ってばもしかして愛されちゃってる?」
「やっぱ帰るわ私、敦賀には先に帰ったって言っといて」
「……結構手厳しいよね、君」
「タツさんがそういう事ばっかり言うからじゃん、下手したら死んでるところだってのにさ」
「そうそう、それなんだけどよ、俺さ、屋台に着く前にちょっと催しちゃってね、物陰で用足ししてたんだよ、結構飲んでたからなかなか切れなくて。それから屋台に向かってたら、もう少しってところでドカンだったんだよな。あれ、途中で小便してなかったら死んでたわ」
「……やっぱり、自分が狙われたって思う?」
少しだけ低くなったタカコの声音、黒川は天井を仰ぎながらそれに是の言葉を返す。
「……ああ、恐らくね」
タカコはそれには返事はせず、代わりに黒川の手を取りその指先に自らの頬を摺り寄せた。
「……良かった、タツさんが生きてて……良かった」
「……タカコちゃん?」
そのまま寝台の上の布団へと顔を埋めてしまったタカコ、黒川はそんな彼女の様子を若干妙に思いつつも、それでもこんなに心配されるのは悪い気はしないな、そう思いつつ彼女の頭へと手を伸ばし、暫くの間柔らかな髪の感触を楽しんでいた。
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