大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第55章『政争』

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第55章『政争』

「よっ、敦賀上級曹長」
「……喪章を何処にやったか探してたんだが必要無ぇのか、非常に残念だな」
 海兵隊本部の医務室前、そこで壁に背を預ける敦賀の前に現れたのは爆破事件に巻き込まれ入院していた筈の黒川、生きていやがったか、何でこんなに早く退院して来るんだと敦賀はあからさまに嫌な顔をして舌打ちをして見せる。
 爆破事件の翌々日、タカコの左肩の経過を見る恐らくは最後の診察、それが済むのを外で待っている敦賀に向かい、未だ頭に包帯を巻いたままの黒川はいつもの笑みを浮かべて近寄って来た。
「おいおい、俺があれ位の事で死ぬわけ無ぇだろうよ、まだまだやらにゃならん事はいっぱい有るってのによ。念の為もう一泊して検査して、さっき退院して来たところだ」
「……そりゃ良かったな、退院したならさっさと太宰府に戻ったらどうだ総監様、それか陸軍なら陸軍らしく駐屯地に行け、場所は分かるか?ここは海兵隊の基地だぞ」
「身内からもそう言われててな、実際は気楽にここに来たわけじゃねぇ、ガチガチの警護付きだよ。ただ、お前等ともちょっと話をしておこうかと思ってな……真吾はいつ身体が空く?」
 黒川のいつもの笑顔、それが少しだけ鋭くなる、話す内容は敦賀にも凡その予想はついているのか
「……今会議中だ、後三十分もすれば終わるだろうよ、執務室で待ってろ。馬鹿女は左肩の最後の診察だ、これで医官が完治だと言えば漸く前線に復帰出来る」
 と、診察室の扉を顎でしゃくって見せてそう言った。
「そうか……長かったな」
「ああ……これで出撃で俺が不在の時にてめぇに要らんちょっかいを出される事も無くなる」
「何だ、恋人でもないのに自分の女扱いか?」
「……うちが保護してる捕虜に他所者がちょっかい出すのが気に食わねぇ、そう言ってるんだが聞こえなかったか?」
 牽制のつもりで口にした言葉に黒川が珍しく喧嘩腰で乗って来る、途端に張り詰める空気、それを相変わらず空気を読まずにぶち壊したのは、医務室から出て来たタカコの無邪気な声だった。
「敦賀!ばっちり完治だって!次の出撃には……タツさん!もう良いの?」
 いるとは思わなかったのか黒川の存在に目を丸くするタカコ、彼を気遣って歩み寄れば向けられるのはいつもの穏やかな笑顔。
「おっ、タカコちゃーん、元気元気、おじさんは元気だよー。お見舞い来てくれなくて寂しくて死ぬかと思ったけど何とか退院出来たよ、ほら、タカコちゃんを抱き締める事も出来るぜ?」
 目の前に立って見上げるタカコをそう言いながら両腕で抱き締める黒川、いきなりの行動に驚いたのかタカコが
「だから!そういうのがおっさん丸出しって言ってるんじゃん、うっぜぇよもう!」
 そう言って突き放せば、
「いたたたた……今ので頭の傷が……」
 と、大袈裟に痛がって見せた。
「え、ちょ、ごめん、大丈夫?」
「……なーんてな、もうすっかり平気だよ」
「だから!何でそれで抱き締めるの!」
「……愛だろっ、愛」
「うっぜぇぇぇぇぇ!」
 午前中の澄んだ空気の中に響き渡る喧騒、笑う黒川とむくれつつもそれに付き合うタカコ、そして完全に放置され爆発寸前の敦賀、そこに会議を終えた高根が現れ、黒川がここを訪れた本来の目的へと話は移って行く。
「おお、真吾、ちょっと話が有ってな、時間取れるか?」
「ああ、会議も終わった……来い」
 内容は見当はついているのかいつもの様に振舞う事も無く執務室へと向かって歩き出す高根、中へと入り応接セットのソファへと身を埋め、その横に敦賀が、向かいとその横へと黒川とタカコが腰を下ろした。
「それで?一昨日の夜の事だろうが俺等に話ってのは?」
「ああ、本来であれば陸軍内の話になるがお前等はほぼ現場に居合わせた様なもんだ、それに、内容的に外部にも事情に通じてる人間を作っておきたくてな」
 高根の問い掛けに対してそう答える黒川、それを前置きとして、彼は淡々と事情を話し始める。
「俺が博多駐屯地司令から准将への昇進と同時に転属し西方旅団総監として着任したのが三年前、四十一歳での准将昇進も総監就任も陸軍始まって以来初の事だ。自分が有能な部類だという自覚は有るが、それでも派手に動き過ぎたという自覚も有る、タカコちゃんにも言ったが、俺が死ねば色々と都合の良い人間は陸軍内に大勢いる、それはお前等も知ってるな?」
「……まあ、他の奴が言えば勘違いの自惚れにしか聞こえねぇがお前が言うと説得力が有るよな」
「そりゃどうも。俺は中央の事に興味は無い、個人的にはこの西方旅団総監の地位を得られたらそれ以上は望まん、活骸から大和を防衛出来ればそれで良い、その総責任者の地位がこの総監の座だ。しかし他の連中はそうじゃないらしい、京都以北を受け持つ東方師団は元々西方旅団の発言力が強かったのを快く思っていないし、俺の総監就任以来更に発言力が強まったのをひどく警戒してる。その上、今は足元も磐石とは言えなくてな」
「って……タツさん、それどういう事?西方旅団の中にも不穏分子が?」
 西方旅団、特にお膝元の太宰府とこの博多周辺は黒川がきっちりと取り纏めている、そんな印象を受けていたのにとタカコが問い掛ければ、黒川の顔がタカコへと向けられ、少しだけ困った様に微笑んで言葉を続ける。
「残念ながらね。博多駐屯地の佐竹司令、彼は以前俺の上官だったんだよ、それが今じゃ大逆転だ。元々権力志向の強い男でね、次の駐屯地司令、そして総監の座は自分だと信じて疑ってなかった様だ、伝統として博多駐屯地司令が総監へと転属する事になってるから。その段階として司令の座を狙っていたのを俺が奪い取り司令に着任、そして総監に。十も若い人間に掻っ攫われてるんだ、当然面白くないだろう、博多に残してる草からも彼があちこちで俺を罵ってるって情報は入ってる、殺してやると言ってるともね」
「あー……国は違っても何処も似たようなもんだね」
「君の国も?」
「そりゃもう。私はそれが嫌で下野したようなもんだけど」
 タカコは肩を竦めて同意して見せ、それからは口を開かず黒川の話を黙って聞いていた。
 彼の予想している事と自分が予想している事、どちらが当たっているのかは今のところ恐らく半々だ、今はまだ自分の方には情報が少な過ぎる、言うべき時ではない、そう思いながら。
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