大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第66章『篭絡』

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第66章『篭絡』

「いや、だからさぁ、何でタツさんいっつも敦賀の事押すわけよ?」
「仲良いじゃん、あいつ真面目だしお勧め物件だぜ?そらまぁちょっとばかし性格には難有るけどよ」
「ちょっと?あれがちょっと?」
 黒川が贔屓にしている旅館、その離れの座敷で食後に出された柚の氷菓を匙でさくさくと崩しながら、タカコが向かいに座った彼に向かってうんざりだといった調子で言葉を投げ付ける。黒川はそれを何時もの笑顔でさらりと受け流しつつ言葉を返し、六本目の徳利を空にした。
 続きの間には女将に言って支度をさせてある、明日の朝こちらから声を掛ける迄は近付くなと人払いもした。今こうして敦賀の話を持ち出すのも策の内、彼女を逃がす気は毛頭無い。
「今日は良い月が出てる、月見酒と行こうや、こっちにおいで」
 内心を柔和な笑みで隠しそう言って手つかずの徳利と猪口二つを手に立ち上がり、氷菓を食べ終えて茶を飲んでいたタカコの手を引いて障子を開けて縁側へと出てそこに胡座を掻く。そして彼女が隣に腰を下ろすのを目を細めつつ見詰め、無言で猪口を一つ手渡した。
「それで?敦賀の何が駄目なんだい」
「口が悪いでしょ、性格が悪いでしょ、直ぐに手は出るし馬鹿だの阿呆だの屑だの言うし、それに――」
「タカコちゃん、真面目に答えてくれ。君が奴を敬遠する理由はそうじゃない、違うかい?もう一度聞くよ、奴の何が駄目なんだい?」
 タカコの言葉を、彼女が受け取った猪口に徳利の中身を注ぐ黒川の言葉が遮った。いつもの穏やかさを湛えつつも真剣で真っ直ぐな黒川の眼差し、タカコはそれに一瞬言葉と動きを止め、やがて諦めた様に溜息を吐き猪口の中身を一息に飲み干し口を開く。
「……奴が私に惚れてるのは知ってる、これから先の人生を共にする事を望んでるのも。でも、違うな、だから駄目なんだ、奴が私に真剣だから」
 知っている、そう長い時間ではなくとも共に過ごし、振る舞い、言葉、それを見ていて気付いたのだ、彼女に対して本気になったとしてもそれを悟られてはいけない、真面目に向き合おうとしてはいけないと。
 そして、その彼女の言葉こそ自分が引き出したかったもの、これで言質を取れた、攻められる。
「……真剣なのとか真面目なのは駄目かい?」
「……うん、駄目」
「何でか聞いても良いかい?」
「……私がきついから。真っ直ぐで純粋な気持ちをぶつけられると辛い、それに応えられないから。敦賀は悪い奴じゃないし寧ろその逆だよ、嫌いじゃない。でも、だから余計にしんどいんだ、奴の気持ちが」
「そうか……じゃあさ」
 歯切れ悪く言いながら月を見上げるタカコの横顔、それを見ながら黒川は彼女の手に在る猪口を取り上げて脇に置き、左手を彼女の後頭部に回し、右手を彼女の肩に掛けて素早く、しかしそっと縁側の床へと押し倒した。
「タツさ――」
「……じゃあさ、俺とそういうお付き合いしねぇか?真剣じゃなきゃ良いんだろ?」
 自分を見上げる驚きで見開かれたタカコの双眸、黒川はそれを無視し彼女の耳元に唇を寄せ低く静かに囁く。その感触でびくりと震えるタカコの身体、突っ張って距離を取ろうとする腕を封じる様に頭に回した腕に力を込め体重を掛ければ、腕の中からぶつけられたのは或る意味当然の言葉。
「タツさん、千鶴さんいるじゃん」
「そうだよ?だけどよ、生きてる女抱きたい時も有るわけよ、商売女じゃなくてさ、それなりの付き合いが有って、尚且つ後腐れの無い相手をさ。で、俺は君を抱きたいと思ってるんだけど、ほら、分かるだろ?」
 腕の中に収めた生きた人間の、タカコの熱。その感触に急速に熱を持ち始めた自らを彼女へと押し付ければ強張りが強まり、黒川はそれに小さく笑って言葉を続ける。
「俺の事嫌いかい?嫌かい?もしそうなら無理強いする気は無いよ」
「いや、嫌いじゃないけど、でも――」
「千鶴の事以外に理由が無いならこれ以上話聞く気は無ぇよ?」
 そう言いながら耳朶から唇を話し上体を僅かに起こし、彼女の顔を覗き込んでみれば明らかに混乱し狼狽えた面持ちをしていて、予想通り強気で押されると及び腰になるのだなと思わず小さく笑ってしまった。
「や、だからさ――」
「はい、時間切れだ……悦くしてやるから、今はもう何も考えるな」
 これ以上言葉を紡ぐ機会をタカコに与える気は無い、打ち切りの言葉にも尚言葉を紡ごうとする彼女の唇を自らのそれで塞ぎ、抵抗の言葉を封じ込めた。
 強張る身体、距離を取ろうとする腕、彼女のそれを自らの身体と両腕で押さえ込み、唇を舌で割って入り口腔内を優しく侵す。そこを堪能した後は頬、耳朶、首筋と場所を移して口付け緩く吸い上げ時には弱く歯を立てれば、喉の奥で小さく啼いていた彼女はやがてはっきりとした喘ぎを漏らし始める。
 それは的確に黒川の中の男を煽り、その場で事に及んでしまおうかと思いもしたが、床板の冷たさに何とかそれを思い止まり黒川は身体を起こしタカコを抱き上げ一度部屋に戻る。そしてそのまま隣の間へと続く襖を開け、その向こうに整えられていた布団の上に彼女を横たえさせ、自らの身体と腕で再度それを組み敷いた。
「……タ、ツ、さん」
「……お前を、俺にくれよ、身体だけで良いから」
 『今は』、その言葉は何とか飲み込んでそう言えばこちらへと向けられた潤んだ双眸が微かに揺れて、黒川はそれを見ない振りをしてタカコの首筋に顔を埋め、彼女のシャツの釦へと手を掛けた。
 そして始まった交わり、何度も貫き吐き出し絶頂へと押し上げてやり、疲れ果てて眠りに就いたのは夜明け近くの事。
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