大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第67章『欲した熱と肌寒さ』

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第67章『欲した熱と肌寒さ』

 戦闘とは違う種類の疲れ、泥濘の様なそれから意識が浮上するのを感じながらタカコはゆっくりと瞼を開いた。自分を包み込む心地良い温かさ、直接肌に触れる人肌とその熱に包まれて眠ったのはいつぶりかと思いながら上体を起こせば、障子の向こうから伝わって来る夜明けの薄明かり、それに仄かに照らされる黒川の寝顔が目に入る。
 いつもきちんと整えられている髪が乱れていて、けれど寝顔は普段と同じ穏やかさを滲ませたまま、それに小さく笑いながら布団の傍に放られたシャツを手に取り軽く羽織った。
 考えた事が無いとは言わないが、本当に黒川とこんな関係になるとは、そんな事を考えつつ頭を垂れて深く溜息を吐く。身体だけで良いから、その彼の言葉を信用はしていない、けれど今はその嘘に乗らせてもうおうとそう思う。
 この男は柔和で穏やかに見えてとんだ食わせ者だ、彼の策略に最初は気付かずまんまと乗せられたと言うべきだろう、目論見に気付いたのは押し倒された後だった。男女の駆け引きに関しては壊滅的に疎い自覚は有るし、仕事が絡まない事に関しては然して勘が働かない質だという自覚も有る、しかしこうも確実に策を巡らされ思い通りに事を運ばれたとあっては、流石に若干の落ち込みを感じてしまう。
「……いや、違うか……分かってて乗った部分も有るよなー……」
 首から提げた夫の認識票、それを掌に載せて眺めつつ、小さく、小さく呟いた。夫の温かさと優しさ、この手で彼の命を終わらせもう二度と触れられなくなったものによく似たものを黒川は持っていて、それが身近に有る事が、自分に向けられている事が嬉しかった、安堵した。
 夫とは違う事は分かっていても彼に似た空気が自分の周囲に有り、尚且つその存在が自分に対して執着を見せる可能性が低い事に安心しきっていた。
 それがどうだろう、気が付けば押し倒されて腕の中に収められ、身体だけで良いからお前をくれと、そう言われた。幾ら男女の機微に疎いとは言え、交わりの熱と優しさを知ればそれが本心なのか嘘なのか位は分かる、黒川もまた、敦賀と同じ様に自分を愛してくれているのだろう。
 夫の存在が例え無かったとしても、彼等の気持ちを受け入れるわけにはいかないのだ、それは自分が一番よく分かっている。それなのに距離をとる事をせずに彼等との生活を楽しんでいたのは自分自身、分かっていて下手を打ち続けるとはと己の浅薄さに小さく歯を軋らせた。
 この手で断ち切った夫の命、手放した熱と優しさ。それを失くした日々がこんなにも寒くて暗いものだとは思わなかった、代わりで良いから同じ様な存在が欲しかった、出来るなら、いつでも離れられる様な相手が。
 だから真っ直ぐな敦賀は自分には重過ぎて、彼の想いに気付きはしても見ない振りをした。過去に連れ合いを亡くし、それでも未だに彼女を愛し続けている黒川、その彼ならば安全だと思っていたのだ、例えその場の勢いや流れで身体の関係になってしまったとしても。
 けれどどうやら彼の方はそうではないらしい、しっかりと自覚して立ち回らなければ、このまま静かに、しかし確実に退路を絶たれて最終的には彼の気持ちを受け入れざるを得ない状況に持ち込まれてしまうだろう。それならば、彼の表向きの提案を額面通りに受け取って乗ってしまえば良い、彼が言い出した事をそのままこちらの牽制として返せば良い。
 本来であればすっぱりと距離を取るべきだというのは分かっている、けれど、夫のいない虚しさと寒さは自分ではどうしようも無く日毎に強くなり、お互いに本気にならずに済む相手が欲しかった。
 敦賀はその点壊滅的に向いていない、彼の気持ちは自分に向けて真っ直ぐ過ぎて、自分がどれだけ汚れているのかをまざまざと見せ付けられるのが辛い。
 けれど、黒川なら、そう考えた直後不意に腕を引かれ、先程迄いた布団と腕の中に一気に引き戻された。
「……何、考え事か?」
 少し掠れた寝起きの声、最初は横に、やがて体勢を変えて覆い被さって来た黒川をタカコは何を言うでも無く見詰めていた。
「……いや、タツさんすげぇ体力だなーと思って」
 やがて口にした言葉、それは本心に綺麗に蓋をして覆い隠していて。
「そりゃ九年間禁欲生活だったし?それに陸軍西方旅団の頭とは言え鍛錬は欠かしてねぇよ?」
「付き合ったこっちはえらい疲れたんだけど……暫くはもうしなくていいわ」
「だーめ、まだ付き合ってもらうぜ?もう臨戦態勢だし、ほら」
 言葉と共に股間に押し付けられる熱、既に充分な硬度を備えたそれに元気な事だと苦笑すれば、顎を掬い上げられ深く口付けられる。それを拒む事無く自らの舌で黒川を出迎えれば、深く強く抱き締められた。
「……タカコ」
 唇を離れ首筋を吸い上げていた黒川のそれが紡ぎ出す、耳朶を打つ熱い囁き、昨夜初めて聞いた時には突然の事に身体が強張り、彼は暫くの間抱き締め背中を優しく撫でてくれていた。今は流石にそこ迄の衝撃は無く、けれど心臓が痛くなる、身体が熱くなる。
「タツ、さん」
 応えて呼び返せば耳朶に緩く歯を立てられて
「……そうじゃなくて、ちゃんと呼んでくれよ」
 そう囁かれた。
「たつ、おき……龍興」
 初めて口にする彼の名前、途端に抱き締める黒川の両腕は強さを増し、それと同時に屹立が何の前触れも無く体内へと押し入って来た。それに続いて始まる激しい抽挿、堪えきれずに喘ぎを上げるタカコの耳元で、彼女の名を囁く黒川の声がずっと響いていた。
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