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第68章『本心』
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第68章『本心』
無理をさせ過ぎたか腕の中で意識を飛ばしたタカコ、黒川は彼女の体内から自らの雄をずるりと抜き去り、布団に身を横たえながら腕の中の身体を抱き締め額へと一つ口付けた。
九年振りの情交、そう意識をした事も無かったが己の中の色々な感情はとうに飽和していたのだろう、どれだけ貫いても吐き出しても満足する事を知らず、身体の方の限界が先に来た様だ。
高根に言った様に千鶴を蔑ろにする気は全く無いし、今でも彼女を愛している事は変わらない。けれど、月日を重ねる毎に自分の中に積み重なったのは、生きた人間の熱や自分の隣にいてくれる存在、そしてその存在から向けられる自分に対しての愛情、それ等を欲する気持ちだった。
妻を愛している気持ちに変わりも偽りも無い、けれど自分はどうしようもなく生きていて、その人生を傍にいて共に歩んでくれる存在を欲してしまっていたのだ。
無論、だからと言って誰でも良いというものではなく、千鶴を亡くした当時の階級や役職の面でも既に周囲から再婚の為の見合いを勧められる事も多かったが気乗りはせず、全て会わずに断った。商売女相手に発散する事は更に食指は動かず、高根との軽口で花街へ繰り出そう等と言う事はしょっちゅうだったが、それも結局は口先だけの事でいざそうなれば
「やっぱり止めておくわ、気が削がれた」
そう言って彼と別れ、一人で静かに酒を飲むだけ。
そうしてどうにか九年間独りで生きて来て、あの五月の午後、出会ったのがタカコだった。
総監執務室に届けられた差出人の無い手紙、海兵隊総司令が正体不明の捕虜を保護している、叛意が有るのでは、その内容を不審に思いつつも彼の元を訪れたあの日、事情を把握し帰ろうとした時に見かけ、そして出会った。
気が強そうな真っ直ぐで少し悪戯っぽさを感じさせる眼差し、本来であれば部外者の自分に対しては海兵隊式の敬礼をして誤魔化そうとしても良さそうなものなのに陸軍式の敬礼、それに強い信念と矜持、そして頑固さを感じた事を思い出す。
敦賀の反応が気になった事も大きいが、彼女自身も随分と面白そうな女だとそう思った。その気持ちが更に大きくなったのは中洲での夜、どんな話が引き出せるかと思い切り構い倒し限界を超える迄飲ませてはみたものの、どれだけ飲ませても彼女が口を滑らせる事は無く、敬礼の所作と合わせて自分の所属に矜持と責任を持つ軍人なのだと窺い知れて、その素性をしっかりと、そして完全に把握したいと感じた。
そして翌朝墓地で見かけた彼女の背中、凛として真っ直ぐに立ち部下達の墳墓の前に立つ彼女の佇まいは気概と実力を兼ね備えた指揮官のそれ、どうもかなり手古摺る相手の様だなと思ったのをよく覚えている。
けれどその直後見かけた彼女の所作、それは軍人としてではなく個人としての彼女の優しさや愛情を感じさせて、結局その後千鶴の墓参りの時に今度は彼女から声を掛けられ、その後の関わりでやはり自分と同じ傷を抱えているのだと知る事になった。
彼女の夫の最期がどうだったのかは知らない、彼女が話そうとしないし無理に聞き出そうとも思わない、だから、彼女の夫の名前すら知らない。自分も千鶴の最期については話さないし彼女から聞いて来る事も無い、お互いに話すのはどんな人物だったのか、どんな出来事が有ったのか、そんな些細な事ばかり。
それがとても心地良かった。そして、こちらから何か言ったわけでもないのに千鶴の墓に手を合わせてくれた事が、本当に嬉しかった。
タカコとのそんな関わりの中で生まれ大きくなったのは、彼女を自分の傍に置いて共に生きたいという望む想い、そして、敦賀に対する苛立ちと怒り。
高根の目的は聞いていたし協力も頼まれた、博多に来る事が有れば必ずタカコに声を掛け二人きりで話していたのは、自身がそうしたいのだと思ったのは勿論だが、彼から『敦賀を煽って発破を掛けろ』と言われていた事も大きいのだ。自分の気持ちを脇に置いて協力したというのに敦賀がそれで彼女との距離を縮める努力を見せる素振りは無く、それが無性に黒川を苛立たせた。
そして或る日唐突に気付いたのだ、高根の目的はタカコを生涯この大和に留めておく事、その為の楔と鎖の役目として敦賀が選ばれたが、彼女を留めておけるのであれば別にそれは敦賀ではなくとも良いのだという事に。
前々から彼女との距離を縮める為の布石は常に打ってあった、高根の了解さえ取れれば、後は一気にそれを回収する為に動けば良いだけ、そして昨日、それを実行に移したのだ。
そして今、欲した存在は腕の中で眠っている、意識を飛ばす迄抱かれ、身体の中にも外にもその痕跡と残滓をまとわりつかせ。
目的は達したと判断する向きも有るのかも知れないが、黒川自身は駒を一つ進めたとしか思っていない。自分の想いを告げる事もせず、身体だけの付き合いという心にも無い言葉で彼女を抱いたとして、関わりが一つ増えたに過ぎないのだから。
彼女が今でも夫を愛している事は知っている、けれどどうもそれだけではなさそうな彼女の頑なさ、それが黒川の心に僅かに影を差している。敦賀の事を気にかけているのは見ていれば分かる、彼を男として見ている事も。それは大きな問題ではない、じっくりと策を練り布石を打ち、時間を掛ければ引っ繰り返す事は充分に可能だろう。そういった事ではない、もっと大きな問題、それが彼女自身の中に有るのだ、彼女はそれを決して曝す事はしないだろうけれど。
身じろぐタカコの身体を抱き締め、顎を掬い上げ唇へと口付けを一つ落とす。
「……真吾との約束が無くても、俺はもうお前を手放す気は無ぇぜ?俺の子産んで、一生俺の傍にいろよ、なぁ……タカコ」
深い眠りに落ちて行ったタカコ、その寝顔を見てそう呟き黒川も目を閉じる。
夜明けは、もう少し先の事。
無理をさせ過ぎたか腕の中で意識を飛ばしたタカコ、黒川は彼女の体内から自らの雄をずるりと抜き去り、布団に身を横たえながら腕の中の身体を抱き締め額へと一つ口付けた。
九年振りの情交、そう意識をした事も無かったが己の中の色々な感情はとうに飽和していたのだろう、どれだけ貫いても吐き出しても満足する事を知らず、身体の方の限界が先に来た様だ。
高根に言った様に千鶴を蔑ろにする気は全く無いし、今でも彼女を愛している事は変わらない。けれど、月日を重ねる毎に自分の中に積み重なったのは、生きた人間の熱や自分の隣にいてくれる存在、そしてその存在から向けられる自分に対しての愛情、それ等を欲する気持ちだった。
妻を愛している気持ちに変わりも偽りも無い、けれど自分はどうしようもなく生きていて、その人生を傍にいて共に歩んでくれる存在を欲してしまっていたのだ。
無論、だからと言って誰でも良いというものではなく、千鶴を亡くした当時の階級や役職の面でも既に周囲から再婚の為の見合いを勧められる事も多かったが気乗りはせず、全て会わずに断った。商売女相手に発散する事は更に食指は動かず、高根との軽口で花街へ繰り出そう等と言う事はしょっちゅうだったが、それも結局は口先だけの事でいざそうなれば
「やっぱり止めておくわ、気が削がれた」
そう言って彼と別れ、一人で静かに酒を飲むだけ。
そうしてどうにか九年間独りで生きて来て、あの五月の午後、出会ったのがタカコだった。
総監執務室に届けられた差出人の無い手紙、海兵隊総司令が正体不明の捕虜を保護している、叛意が有るのでは、その内容を不審に思いつつも彼の元を訪れたあの日、事情を把握し帰ろうとした時に見かけ、そして出会った。
気が強そうな真っ直ぐで少し悪戯っぽさを感じさせる眼差し、本来であれば部外者の自分に対しては海兵隊式の敬礼をして誤魔化そうとしても良さそうなものなのに陸軍式の敬礼、それに強い信念と矜持、そして頑固さを感じた事を思い出す。
敦賀の反応が気になった事も大きいが、彼女自身も随分と面白そうな女だとそう思った。その気持ちが更に大きくなったのは中洲での夜、どんな話が引き出せるかと思い切り構い倒し限界を超える迄飲ませてはみたものの、どれだけ飲ませても彼女が口を滑らせる事は無く、敬礼の所作と合わせて自分の所属に矜持と責任を持つ軍人なのだと窺い知れて、その素性をしっかりと、そして完全に把握したいと感じた。
そして翌朝墓地で見かけた彼女の背中、凛として真っ直ぐに立ち部下達の墳墓の前に立つ彼女の佇まいは気概と実力を兼ね備えた指揮官のそれ、どうもかなり手古摺る相手の様だなと思ったのをよく覚えている。
けれどその直後見かけた彼女の所作、それは軍人としてではなく個人としての彼女の優しさや愛情を感じさせて、結局その後千鶴の墓参りの時に今度は彼女から声を掛けられ、その後の関わりでやはり自分と同じ傷を抱えているのだと知る事になった。
彼女の夫の最期がどうだったのかは知らない、彼女が話そうとしないし無理に聞き出そうとも思わない、だから、彼女の夫の名前すら知らない。自分も千鶴の最期については話さないし彼女から聞いて来る事も無い、お互いに話すのはどんな人物だったのか、どんな出来事が有ったのか、そんな些細な事ばかり。
それがとても心地良かった。そして、こちらから何か言ったわけでもないのに千鶴の墓に手を合わせてくれた事が、本当に嬉しかった。
タカコとのそんな関わりの中で生まれ大きくなったのは、彼女を自分の傍に置いて共に生きたいという望む想い、そして、敦賀に対する苛立ちと怒り。
高根の目的は聞いていたし協力も頼まれた、博多に来る事が有れば必ずタカコに声を掛け二人きりで話していたのは、自身がそうしたいのだと思ったのは勿論だが、彼から『敦賀を煽って発破を掛けろ』と言われていた事も大きいのだ。自分の気持ちを脇に置いて協力したというのに敦賀がそれで彼女との距離を縮める努力を見せる素振りは無く、それが無性に黒川を苛立たせた。
そして或る日唐突に気付いたのだ、高根の目的はタカコを生涯この大和に留めておく事、その為の楔と鎖の役目として敦賀が選ばれたが、彼女を留めておけるのであれば別にそれは敦賀ではなくとも良いのだという事に。
前々から彼女との距離を縮める為の布石は常に打ってあった、高根の了解さえ取れれば、後は一気にそれを回収する為に動けば良いだけ、そして昨日、それを実行に移したのだ。
そして今、欲した存在は腕の中で眠っている、意識を飛ばす迄抱かれ、身体の中にも外にもその痕跡と残滓をまとわりつかせ。
目的は達したと判断する向きも有るのかも知れないが、黒川自身は駒を一つ進めたとしか思っていない。自分の想いを告げる事もせず、身体だけの付き合いという心にも無い言葉で彼女を抱いたとして、関わりが一つ増えたに過ぎないのだから。
彼女が今でも夫を愛している事は知っている、けれどどうもそれだけではなさそうな彼女の頑なさ、それが黒川の心に僅かに影を差している。敦賀の事を気にかけているのは見ていれば分かる、彼を男として見ている事も。それは大きな問題ではない、じっくりと策を練り布石を打ち、時間を掛ければ引っ繰り返す事は充分に可能だろう。そういった事ではない、もっと大きな問題、それが彼女自身の中に有るのだ、彼女はそれを決して曝す事はしないだろうけれど。
身じろぐタカコの身体を抱き締め、顎を掬い上げ唇へと口付けを一つ落とす。
「……真吾との約束が無くても、俺はもうお前を手放す気は無ぇぜ?俺の子産んで、一生俺の傍にいろよ、なぁ……タカコ」
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