大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
70 / 101

第69章『後ろ髪』

しおりを挟む
第69章『後ろ髪』

 目が覚めては交わり果てては眠りを繰り返し、漸く解放されたのは翌日の夕方近く。風呂を遣ってさっぱりとしたタカコが濡れた髪を拭いていると背後に人の気配、直後無言で抱き締められ思わずそちらに頭を叩き込んだ。
「ってぇ……タカコ、お前、手加減ってもんをね……」
 抱き締めて来たのは黒川、頬に頭突きが決まったのか文句を言いつつも両腕は離さないままの彼に、文句を言いたいのはこっちだとタカコが口を開く。
「……手加減しろ……?それは半日以上に渡ってほぼ突っ込みっ放しだった人間の言う事なのかな?もう無理だって私何度も言ったよね?それなのに『うん、でも俺はまだしたい』ってにこやかに言ってのけて無視して続行とか有り得ないから。昨日の夜、日付変わる前におっ始めて今何時だと思ってんの?」
「翌ヒトゴーニーヨン」
「……『それが何か問題でも?』みたいにしれっと言ってんじゃねぇよ……もうタツさんとは当分しない、決めた」
「またまた、あんなに無茶苦茶感じまくっ――」
「やかましい!久し振りだったから――」
 昨夜の乱れ振りを口に出されて思わず身を捩って黒川の方へと振り返れば、一度緩んだ腕が再び身体を拘束し口付けが降って来る。ふざけるなと顔を背けようとしても顎をがっちりと固定されてそれも叶わず、侵入して来た舌をせめてもの仕返しだと軽く噛めば、それで漸く離れてくれた黒川から柔らかい笑みを向けられた。
「……何さ」
「いや?素直じゃなくて可愛いなって」
「…………」
「真っ赤だぞ、褒められるのも直球で言われるのも苦手なんだよな、見てれば分かる」
 図星を指されて絶句すれば
「……また赤くなったな、本当に可愛いよお前」
 そう言われてまた口付けを落とされる。
「……もう絶対タツさんとはしない、そもそも二人きりになんか金輪際ならねぇ、決めた」
「それは駄目だな、俺、お前の身体すげぇ気に入ったから」
 その言葉と共にタカコを抱き締める黒川の両腕に込められる力、痛い程のそれに
「……タツさん?」
 そう呼び掛ければ返されたのは更に強まる力と、そして
「……悪ぃ、もうちっとこのままで良いか」
 その言葉のみ。
「……ん、良いよ」
「……また、会ってくれるか?暫くは忙しくなりそうだからなかなかこっちにも来られねぇけど」
「……もうちょっと回数抑えてくれるなら」
「……それはちょっと約束出来ねぇなぁ」
「じゃあ嫌だ、絶対嫌だ」
「……そういうところきついよね、お前」
 抱き締められながらの会話、黒川が笑った気配が伝わって来て、タカコもまた笑い黒川の背へと腕を回し優しく抱き締める。
 こんなに優しく熱く触れて来るのに身体だけの付き合いとは、黒川も案外嘘が下手だな、そんな事を考えた。けれどその嘘に乗らせてもらおう、自分もまた、今は彼を必要としているのだから。
 黒川の気持ちは自分に伝わってしまっているし、時が来ればその時には何が有っても離れなければならない、きっとその時には彼を酷く傷付ける事になるだろう。それでもいつかその日は必ずやって来る、どうか、どうか『その時』が一日でも一時間でも遠くに在る様に、そう願わずにはいられない。
 黒川だけではない、高根や海兵隊の皆、そして、敦賀。彼等を傷付け憎まれさえするかも知れない、出来れば訪れて欲しくないその瞬間、避ける事の出来ない対立、それが訪れる時が僅かでも遠くに在れば良い。
「……そろそろ真吾と敦賀にお前を返さないとな、まさかこんな時間迄とは思わないだろうから相当怒ってるなこりゃ」
「……せめて朝帰りにしようね、今度は」
「だな……帰るか」
「……うん」
 そんな遣り取りを交わして離れ、身支度を整えて宿を出て、黒川が女将に言って手配させた車へと乗り込めば、車は海兵隊本部へと向けて走り出す。
 帰りの道中お互いに言葉は交わさず夫々が窓の外を見詰め、戻って高根のお叱りを受けた後は少し眠ろうか、流石に疲れた、敦賀も相当荒ぶっているだろうから何とか宥めないといけないな、ぼんやりとそんな事を考えていたタカコの手にふと触れた暖かさ。何かと思ってそちらへと視線を向けてみれば、黒川の手が自分のそれへと重ねられ絡められる彼の指、それを見て小さく微笑んだ。

「……で?俺は昨日確かにてめぇから『今日は帰す気無ぇから』とは聞いたがよ、こんな時間になるとはこれっぽっちも聞いてねぇがどういうつもりだ?なぁ龍興よ。言い訳出来るってんならしてみせろや」
 日没も過ぎた時間の海兵隊総司令執務室、自らの机で流石に険しい面持ちの高根が目の前に立つ二人、黒川とタカコを見据えて低く不機嫌な声を絞り出す。
「いや、俺、今日久々にとれた休みだったからよ、それでちょっと、な?」
「『な?』じゃねぇよこの馬鹿野郎が……タカコは……お前はまぁ良いや、こいつに連れられてたならしょうがねぇ、お前はもう戻れ。敦賀が荒れ狂ってるからそっちをどうにかしてくれ」
「あー……やっぱり……了解、それじゃお先に」
「また時間作るから、連絡するよ」
「龍興、てめぇはまだ話は終わってねぇ、俺の目の前でうちが預かってる人間口説いてんじゃねぇよ」
「じゃ、お先ー」
 高根にガツガツと説教される黒川、それを見ているのも面白そうだがそろそろ限界だ、敦賀を宥める前に一眠りするかとタカコは自室へと歩みを向ける。今の時間なら敦賀はまだ鍛錬をしているか仕事を片付けている最中だろう、宥めるのは夜で良い、そんな事を考えつつやがて部屋へと辿り着き扉を開けて中へと入った。
「……何これ」
 部屋に入って上着と靴を脱いで寝台に倒れ込んで布団を被って、そう思っていた筈なのに止まる歩み、視線の先には敦賀の姿。
 静かに、静かに寝台へと歩み寄りその脇に腰を下ろし、布団を被って微動だにしない敦賀の寝顔を見詰めてみる。規則的な寝息、夢でも見ているのか時折瞼が僅かに動き睫毛が上下する。何がどういう事になった結果敦賀がここにいるのかは分からないが、どうにも彼らしい、困った様に笑い少しだけ背伸びをして、
「……ただいま」
 小さくそう囁いて彼の頬へと口付けを落とし、タカコは寝台に身体を預けて目を閉じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

処理中です...