大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第77章『休息』

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第77章『休息』

 敦賀の自室、脇に置いた椅子に座り本を捲る、本に視線を落とし俯いて伏し目がちなタカコの横顔を眺めながら、寝台の上に寝転がった敦賀は彼女へと問い掛けた。
「書類を片付け――」
「駄目」
 本から視線も上げずにぴしゃりと言い放つタカコ、彼女のその有無を言わせない調子に、これではいつもと立場が逆だろうと敦賀は小さく舌を打つ。
 両腕に我が子を抱えたままだった所為なのか活骸に因る咬傷はそう深くは無かった、現状でも太刀を取り柄尻の保持に支障が出る程ではないのに、良い機会だから少し休めと放り出され、タカコも高根から言い含められているのか取り付く島も無い。
 やるべき事は山積しているのにただ寝転がっていろと言われてもどうにも落ち着かない、そんな胸の内を言葉にして口に出せば、溜息を吐いたタカコが本を閉じ、そこで漸く視線を敦賀へと向けて来た。
「お前だって私が動こうとしたら実力行使で連れ戻してたろうが、私は口で済ませてるだけ優しいぞ、大人しくしておけ」
「てめぇと俺じゃ怪我の度合いも頑丈さも違うだろうが」
「大して変わんねぇよ馬鹿。とにかく、私は海兵隊総司令様から直々に命令されてるの、お前を大人しくさせておけって。何、お前命令不服従で処罰されたいの?」
 命令、その単語に思わず押し黙ればタカコがそれを見て鼻で笑う、何を笑っていやがると睨みつければ、彼女はそれをさらりと軽く受け流しにやにやとしながら言葉を続けた。
「いやぁ、良いよねぇ、権力を盾にして強制するのってさ。何せ大佐様総司令様の命令だし?そりゃ最先任とは言え下士官風情が逆らう事は出来ないよねぇ?」
 言っている事は至極真っ当、しかし言い草が気に食わんと睨みつければタカコはそれに苦笑して椅子を降り、寝台の脇に座り込んで視線の高さをあわせて来る。
「まぁお互いにじっとしてるのは落ち着かない性分だってのも分かるけどさ、真吾が折角言ってくれたんだから今は甘えて休んでおけよ、ここ最近碌に休めてねぇだろうが」
「……俺が不本意ながら休んでるってのにてめぇがその横で好きな事やってんのが気に食わねぇ」
「じゃあ部屋に戻るよ、それで良いか?」
「それも気に食わねぇ、ここにいろ」
「……どうしろってんだよ……」
「……お前もここで寝りゃ良いだろうが」
 返事を待たずにタカコの首と腰に手を回し一気に抱き上げて寝台の上に引き摺り上げる、突然の事に強張る身体、抗おうとする腕を押さえて組み敷けば、向けられたのは狼狽しつつも呆れた面持ち。
「……何やってんだてめぇはよ、真昼間から盛ってんじゃねぇよ」
「盛って欲しいってなら盛るが」
「言ってねぇよそんな事、退け」
「却下だ」
 無茶苦茶な物言いだ、自分でもそう思わないでもないが横向きに寝台へと身体を預けつつ腕の中の小さな身体を抱き締める。途端に安堵する心、力が抜けて行く身体、何とも分かり易いと己に呆れつつタカコの髪に頬を摺り寄せれば、諦めた様に溜息を吐いた彼女からそっと抱き締め返された。
「……扉も鍵も閉まってないんだが」
「……それはアレか、鍵を閉めてねぇと拙い様な事をして欲しいって事か」
「違ぇよ馬鹿。待て、そもそもこの状況自体見られたら拙いじゃねぇか」
「俺は別に拙かねぇが」
「ふざけんな、誰もてめぇの事なんか――」
「もう黙れ、これ以上言うのなら本当にやっちまうぞ」
「分かった!分かったから扉と鍵だけは!」
 そう言い募るタカコの様子に敦賀は鍵だけはしておくかと思い直し起き上がり、扉を閉め、施錠してから再度寝台へと戻るが、寝台を降りてこちらへと向かって来たタカコの身体がぶつかり若干不機嫌になる。何もする気は無かったがそう警戒されては期待に応えてやろうか、そんな事を思い付きタカコの身体を抱えて寝台へと下ろし、自分はその上に覆い被さり何かを言おうとする彼女の唇に口付けた。
 強張る身体、距離を取ろうと突っ張る腕、それもやがて力を失い、自分の首と背に彼女の腕が回されたのを感じた辺りで漸くと解放してやり、額と頬に口付けを落とし身体を横にずらしつつ再度抱き締める。
「……何がしたいんだか分かんねぇよ、馬鹿野郎」
「……奇遇だな、俺もだ」
「マジで意味分かんねぇ」
「……取り敢えず一眠りするか」
 そう言って抱き締める腕に力を込めれば同じ様に返されて、どうにも中途半端な状況だがと思いつつも目を閉じれば程無くして眠気が忍び寄り、やがてその中へと飲み込まれて行った。
 目が覚めたのは日も大分傾いてから、随分と長く眠ってしまったと身体を起こそうとすればこちらも眠ってしまったのか腕の中のタカコがそれに反応して身動ぎ、彼女が起きる迄は自分も横になっていようかと思いつつ再度寝台に身体を預けタカコを抱き締め直す。
 出産した活骸とその子供に執着にも似た異様な関心を示している、研究班や高根からそう聞いていたし自分も実際にこの目で確かめた。それに出産の際とその前に見せた青褪めた顔、何か有るのは明らかだがどうにも突っ込み難く、現状では軽く尋ねるに留まっている。
 タカコなりに色々と考えるところは有るのだろう、自分の疲れを指摘している彼女自身も日に日に疲労が顔に出る様になり、今日のこの時間で多少なりともそれを癒せれば良い。
 今迄彼女に不審を感じた時は怒鳴り問い詰めて来た、けれどそれで何かを聞き出せた事は一度も無い。頑固な性格なのはもう充分に知っている、無理に聞き出すのは諦めた、問い詰めても答えないのであればせめて頼って欲しい、寄り掛かって欲しい。彼女が自分を頼るのならば、それを受け止める程度の度量は有るつもりだ。
 もう日も経ち黒川の香りの消えたタカコ、優しい香りのする腕の中の暖かさを抱き締めて髪に口付けを落とせば疲れが嘘の様に消えて行く。自分はこれでまた当分踏ん張れる、こうやって助けられているのだからお前もそうしてくれ、胸中でそう呟き、もう一眠りするかと敦賀は目を閉じた。
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