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第76章『疑心』
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第76章『疑心』
殺された活骸の子供、母親が食い殺したわけではなく鋭い刃物でズタズタに切り裂かれ、人の手に因る事は明らかという事で海兵隊内部、事情を知る者の間には物々しい空気が流れる事となった。その筆頭はやはり総責任者たる高根であり、いつも飄々として鷹揚な雰囲気を纏っている彼にしては珍しく、苛立ちと怒りを滲ませ執務室の自分の机で天井を見上げている。
檻にはしっかりとした鍵を二つ掛けていた、活骸の力でも壊せない頑丈な檻と鍵、それが有った所為で安心と油断が生まれていたのだろう、常時の監視状態では無かったと研究班の部隊長から報告を受けている。その隙を突かれ、高根が現場を見た時には鍵は二つとも爆薬で吹き飛ばされていた、少量の爆薬で鍵だけを吹き飛ばす、扱いに慣れた者の犯行だろう。あれだけ局所的な爆破なら音は外には殆ど漏れなかった筈だ、誰も気付かなかったのが不幸だった、それで結果的に敦賀の負傷へと繋がった。
過ぎてしまった事は仕方が無い、幸いにして敦賀の傷もそう深いものではなく次の出撃にも間に合うだろうという報告は受けている、今更研究班の油断と怠慢を叱責しても意味は無いし、そもそも総責任者は自分なのだから戒めるとしたらその相手は自分以外には無い。問題は誰が何の目的で犯行に及んだのか、それだけだ。
活骸の捕獲以降は外部の人間の出入りには神経を尖らせている、自分が任官する前からここにいる酒保の従業員ですら売り場に入る迄気取られぬ様に監視し、食材やその他の物資の搬入も同様だ。隊員達に対しても扱いは似た様なもので、敦賀は勿論として草として使っている数名の士官や下士官兵卒に常に海兵隊内部を監視させ報告を受けている、その彼等の話を繋ぎ合わせても誰かが不自然な事をしているというのは聞かないし、誰かが不自然な報告を上げて来る事も無い、敦賀や草の人間に疑わしいところも無さそうだ。
タカコもまた同様、活骸の観察にのめり込み過ぎではという報告は受けているが、他国のとは言え指揮官として軍人として、仇敵たる活骸の情報は欲しいのだろうと考えればそう不自然ではないだろう。
今回の犯行を斥候の仕業と断定するには不確定要素が多過ぎる、それもまた高根の頭痛の種でもある、事情を知った士官達が見せた動揺、怒り、私憤に駆られた人間が後先考えずに行動に出たという可能性がどうしても排除出来ないのだ。子供を殺しはしたものの親の方は手に負えず逃げ出した、そう考える事も充分に出来る。
もし斥候の仕業だったとしても、何故、という疑問が残る、心理的に揺さぶりを掛けるなら活骸の親子、しかも子供の方は人間だったともなれば大成功を収めたというべきだ。その目的を達したとして用済みになったからと殺す理由は無いだろう、しかも子供の方だけを。海兵隊に損害を出す狙いが有ったとして、たった一体にそれをやらせる為に態々自分の正体が露見する危険を犯すだろうかという見方も出来る。
それと同時に浮かんで来るのは五ヶ月前の活骸の博多侵攻、誰も侵入を目撃していないのに総数五百体もの活骸が博多の街に現れ多大な犠牲を齎した。あの後死者行方不明者を精査したところ、現れた活骸とほぼ同数の人間が今も行方不明のまま、しかも同一水源の井戸水を利用していた区域にそれが集中しているという調査結果が出ている、それを考えれば、あの惨劇がどういう経緯でこの街に齎されたのか、自ずと答えは見えて来るだろう。
活骸は人間とは別の種族なのではなく病変した人間、その原因は何らかの病原体、母乳等を介した濃厚接触感染で拡大する、それは恐らく間違い無い。
ただ、そこから先は全く分からない、活骸が何故こうも長きに亘って大陸から対馬区へ、そしてその先のこの大和本土へと押し寄せ続けているのか、何故人間を襲い食い殺すのか、そして、その背後に人意が介在しているのか。
人意の介在が有るとすれば斥候はそれに従う者、そうであるとすれば病原体を保持している事も説明がつくし、内部からの破壊を目論んだのだとすれば井戸への病原体の投下も説明出来る、今回活骸の子供を殺し親に人間を襲わせた事も、海兵隊に混乱を齎す為と言う事が出来るだろう。
しかしそれ以外の事、タカコの周辺に執着し黒川を狙ったりした事とは全く関わりが見えて来ない、物事は単純に考えた方が良いというのは持論だが、その通りに推測を進めると出て来る大きな二つの可能性、そのどちらを見たとしてもどちらも事が大きく、そして深刻になり過ぎる。
斥候が複数の勢力から複数入り込んでいるか、単一勢力からの潜入ならタカコがこの一連の不気味な動きに関わっているか、そのどちらかだ。
出口の見えない思考の袋小路、それをもう何巡したかも分からないが少々疲れた、高根はそんな事を考えながら机の上の湯呑を手に取り、すっかり冷め切ってしまった中身を一啜りする。
タカコの全てを信用に値するとは思っていない、有能な軍人であるという事に異論は無いが、そうであればある程に信用出来ない存在となるのが何とももどかしい。今のところは全面的にこの大和海兵隊に協力してはいるが、そこに何も含むところは無い、そう断言出来る要素が無いのだ。
こうなると黒川でも敦賀でもどちらでも構わない、男として彼女の中に深く食い込み任務を捨てさせて欲しいと思わずにはいられない。
あの二人であれば逆に彼女に取り込まれる事は無いだろう、早いところこの国に彼女を縛り付ける楔と鎖、その役目を果たして欲しい。
下衆で鬼畜で外道、自分の考えがそうである事は分かっている、それでも自分の役目を良識と良心に優先させる事は出来ない相談だ。
負傷した敦賀は最近の疲れも有るだろうという事で自室へと下がらせ休ませている、言い含めておいたからタカコがついているだろう。
この機会に距離を縮めて欲しいものだ、黒川に期待して連れ出しを許可したもののそちらもまだ充分とは言えない状態、今回の事で当分会う時間も作ってやれないだろう。その間は敦賀の方に期待しよう。
殺された活骸の子供、母親が食い殺したわけではなく鋭い刃物でズタズタに切り裂かれ、人の手に因る事は明らかという事で海兵隊内部、事情を知る者の間には物々しい空気が流れる事となった。その筆頭はやはり総責任者たる高根であり、いつも飄々として鷹揚な雰囲気を纏っている彼にしては珍しく、苛立ちと怒りを滲ませ執務室の自分の机で天井を見上げている。
檻にはしっかりとした鍵を二つ掛けていた、活骸の力でも壊せない頑丈な檻と鍵、それが有った所為で安心と油断が生まれていたのだろう、常時の監視状態では無かったと研究班の部隊長から報告を受けている。その隙を突かれ、高根が現場を見た時には鍵は二つとも爆薬で吹き飛ばされていた、少量の爆薬で鍵だけを吹き飛ばす、扱いに慣れた者の犯行だろう。あれだけ局所的な爆破なら音は外には殆ど漏れなかった筈だ、誰も気付かなかったのが不幸だった、それで結果的に敦賀の負傷へと繋がった。
過ぎてしまった事は仕方が無い、幸いにして敦賀の傷もそう深いものではなく次の出撃にも間に合うだろうという報告は受けている、今更研究班の油断と怠慢を叱責しても意味は無いし、そもそも総責任者は自分なのだから戒めるとしたらその相手は自分以外には無い。問題は誰が何の目的で犯行に及んだのか、それだけだ。
活骸の捕獲以降は外部の人間の出入りには神経を尖らせている、自分が任官する前からここにいる酒保の従業員ですら売り場に入る迄気取られぬ様に監視し、食材やその他の物資の搬入も同様だ。隊員達に対しても扱いは似た様なもので、敦賀は勿論として草として使っている数名の士官や下士官兵卒に常に海兵隊内部を監視させ報告を受けている、その彼等の話を繋ぎ合わせても誰かが不自然な事をしているというのは聞かないし、誰かが不自然な報告を上げて来る事も無い、敦賀や草の人間に疑わしいところも無さそうだ。
タカコもまた同様、活骸の観察にのめり込み過ぎではという報告は受けているが、他国のとは言え指揮官として軍人として、仇敵たる活骸の情報は欲しいのだろうと考えればそう不自然ではないだろう。
今回の犯行を斥候の仕業と断定するには不確定要素が多過ぎる、それもまた高根の頭痛の種でもある、事情を知った士官達が見せた動揺、怒り、私憤に駆られた人間が後先考えずに行動に出たという可能性がどうしても排除出来ないのだ。子供を殺しはしたものの親の方は手に負えず逃げ出した、そう考える事も充分に出来る。
もし斥候の仕業だったとしても、何故、という疑問が残る、心理的に揺さぶりを掛けるなら活骸の親子、しかも子供の方は人間だったともなれば大成功を収めたというべきだ。その目的を達したとして用済みになったからと殺す理由は無いだろう、しかも子供の方だけを。海兵隊に損害を出す狙いが有ったとして、たった一体にそれをやらせる為に態々自分の正体が露見する危険を犯すだろうかという見方も出来る。
それと同時に浮かんで来るのは五ヶ月前の活骸の博多侵攻、誰も侵入を目撃していないのに総数五百体もの活骸が博多の街に現れ多大な犠牲を齎した。あの後死者行方不明者を精査したところ、現れた活骸とほぼ同数の人間が今も行方不明のまま、しかも同一水源の井戸水を利用していた区域にそれが集中しているという調査結果が出ている、それを考えれば、あの惨劇がどういう経緯でこの街に齎されたのか、自ずと答えは見えて来るだろう。
活骸は人間とは別の種族なのではなく病変した人間、その原因は何らかの病原体、母乳等を介した濃厚接触感染で拡大する、それは恐らく間違い無い。
ただ、そこから先は全く分からない、活骸が何故こうも長きに亘って大陸から対馬区へ、そしてその先のこの大和本土へと押し寄せ続けているのか、何故人間を襲い食い殺すのか、そして、その背後に人意が介在しているのか。
人意の介在が有るとすれば斥候はそれに従う者、そうであるとすれば病原体を保持している事も説明がつくし、内部からの破壊を目論んだのだとすれば井戸への病原体の投下も説明出来る、今回活骸の子供を殺し親に人間を襲わせた事も、海兵隊に混乱を齎す為と言う事が出来るだろう。
しかしそれ以外の事、タカコの周辺に執着し黒川を狙ったりした事とは全く関わりが見えて来ない、物事は単純に考えた方が良いというのは持論だが、その通りに推測を進めると出て来る大きな二つの可能性、そのどちらを見たとしてもどちらも事が大きく、そして深刻になり過ぎる。
斥候が複数の勢力から複数入り込んでいるか、単一勢力からの潜入ならタカコがこの一連の不気味な動きに関わっているか、そのどちらかだ。
出口の見えない思考の袋小路、それをもう何巡したかも分からないが少々疲れた、高根はそんな事を考えながら机の上の湯呑を手に取り、すっかり冷め切ってしまった中身を一啜りする。
タカコの全てを信用に値するとは思っていない、有能な軍人であるという事に異論は無いが、そうであればある程に信用出来ない存在となるのが何とももどかしい。今のところは全面的にこの大和海兵隊に協力してはいるが、そこに何も含むところは無い、そう断言出来る要素が無いのだ。
こうなると黒川でも敦賀でもどちらでも構わない、男として彼女の中に深く食い込み任務を捨てさせて欲しいと思わずにはいられない。
あの二人であれば逆に彼女に取り込まれる事は無いだろう、早いところこの国に彼女を縛り付ける楔と鎖、その役目を果たして欲しい。
下衆で鬼畜で外道、自分の考えがそうである事は分かっている、それでも自分の役目を良識と良心に優先させる事は出来ない相談だ。
負傷した敦賀は最近の疲れも有るだろうという事で自室へと下がらせ休ませている、言い含めておいたからタカコがついているだろう。
この機会に距離を縮めて欲しいものだ、黒川に期待して連れ出しを許可したもののそちらもまだ充分とは言えない状態、今回の事で当分会う時間も作ってやれないだろう。その間は敦賀の方に期待しよう。
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