大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第75章『愛情と憎悪』

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第75章『愛情と憎悪』

 タカコが導き出し高根もまた同じところに行き着いた結論、それは会議によって士官全員と敦賀へと伝えられ、影響を考慮して一切の他言を認めないとの箝口令が敷かれた。事情を知る者同士でも認めないという徹底振りを高根が貫いたのは、士官達の間に走った動揺を見ての事。活骸が人間であろう事や、博多を襲った活骸は大和の非戦闘員であったであろう事、それ等を知らされ激しく狼狽した者がタカコに掴み掛かった北見以外にも一定数いた事に因る。
 敦賀は凡その見当はついていたのか然して驚いた様子も無く、眉一つ動かさずに話を黙って聞いていた。今後あの活骸の親子をどうするか、研究班に詳しい資料を用意させ次回に検討するという事で終了となった会議、今回は当事者という事で参加していたタカコは首をゴキゴキと鳴らしながら作戦室を出る。
「おい、ちょっと来い」
 その彼女を呼び止めたのは敦賀の声、どうかしたかと尋ねれば
「……まだ切り替わってねぇのか、取り敢えずついて来い」
 と、そう言われて歩き出した敦賀、タカコはその様子に溜息を吐き、後について歩き出す。
 敦賀の歩みが止まったのは彼の執務室に入ってから、一体どうしたのかと見上げるタカコの前に立ち、敦賀は
「……本当に大丈夫なのか?」
 一言そう言って頬に手を這わせて来た。
「お前、活骸が出産した時真っ青になってたろうが、何か有るなら言え。言いたくねぇのなら無理にとは言わねぇが、それならそれでちったぁ頼りやがれ馬鹿女、頭足りねぇのか切れ者なのかどっちなんだてめぇは、ああ、足りねぇ方だな」
「……物凄い罵倒されながら心配されていると解釈すれば良いのか、私は」
 どうにも反応に困る状況だ、頭が足りない呼ばわりされつつも心配されている様だ、さぁどう答えたものかと思案するタカコを敦賀が腕を引いて抱き締め、顔を自らの胸板へと押し付ける。
「……俺が口が回る人間だとでも思ってんのか馬鹿女」
「いや全然、全く、欠片もこれっぱかしも。弁の立つ敦賀とかそれはもう敦賀じゃない別の何かだろ」
「……だったら、今ので汲み取りやがれ」
「……もしかして……照れてる?」
 抱き締める腕が強さを増し、図星か、どんな顔をしているんだと顔を上げようとすれば更に胸板に顔面を押し付けられる。痛い苦しいと笑って敦賀の背中に腕を回せば、力は緩み今度は優しく、深く抱き締められた。
「……有り難う、昔ちょっと色々有ってさ、今は未だ誰にも言いたくないんだ。だから、頼るとは違うけど……ちょっと甘えて良いか?」
 返事の代わりに腕に力が込められて大きな掌が頭を撫でる、タカコはそれに目を細めて笑い、敦賀の胸板へと頬を摺り寄せた。
 自分の事をとことん狡い最低の人間だと思いはするものの、それでもこの暖かさと不器用な優しさが心地良い、訣別の日迄手放したくない、それ迄甘えさせて欲しいと切に思う。
 『その日』がやって来れば嫌が応にも道を違わなければならない、その時には突き放そう、この男が自分を憎む程に。良い想い出を壊し尽くして去り、自分に心を残したりせずその先を生きて行ける様に。
「ちょっと活骸の様子を見に行くが、お前も来るか?」
「ん、行く」
 その言葉と共に敦賀の大きな体躯が離れ、扉を開けて研究棟へと向かって歩き出す。
「は?寝言言ってんな、納豆に辛子入れねぇでどうするんだよ、味付けは醤油だ」
「いやいやいや、たっぷりの刻み葱と出汁醤油だろ常識的に考えて」
「だいたいてめぇは卵焼きだって――」
 途中から話し始めたのは食べ物の好みについて、薬味がどうだ味付けがどうだと実に下らない話をしつつ研究棟に入り、飼育室の在る区画へと入ろうと敦賀が扉を開けたその時だった。
 激しい衝撃を感じて床に転がるタカコ、受身を取って起き上がれば目の前で扉が凄まじい音を立てて閉められる。
「敦賀!?どうした!?」
 彼はこの扉の向こうに消えて行った、何が有ったのかと扉へと駆け寄ればその向こうから
「来るな!絶対に開けるんじゃねぇぞ!誰か呼んで来い!!」
 と、余裕の欠片も無い声でそう怒鳴りつけられた。それに混じって聞こえて来たのは活骸の耳障りな奇声、逃げ出したのかと思い至りタカコは扉へと向かって微塵の躊躇も無く靴底を叩き込んだ。

 扉を開けた時に目の前にいたのは飼育室の檻の中に隔離されている筈の雌の活骸、それが自分を濁った目で見据え襲い掛かって来るのと同時に背後のタカコの存在を思い出し、敦賀は全力で彼女を突き飛ばし区画の外へと押し出した。
 扉を閉めるのと同時に防御の為に翳していた左腕に活骸の鋭い歯が突き立てられる、基地内だからと帯刀もしていない、応援が来る迄持ち堪えられるだろうか。活骸の力は同じ体格の人間と比較すると倍は強い、この雌の活骸は敦賀よりもずっと小柄でタカコよりも大きい程度だが、それでも正面からまともに組み合えば敦賀の身体を易々と床へと引き摺り倒してしまう。
 間近に迫る活骸の顔、耳を劈く様な絶叫を上げて歯を剥き出しにして喉元に食いつこうと迫って来る、組み合ったら先ず勝てない相手と嫌な事になった、死ぬわけにいくかと迫り来る口に先程噛まれた腕を押し当て、そこに再度歯がくい込む痛みに顔を歪めつつ押し返そうとした瞬間、頭上で凄まじい音がして扉が倒れて来たかと思うと、聞き慣れた声が響き渡った。
「顔背けて口と目を閉じろ!」
 来るなと言ったのに何を、一瞬そう思いはしたもののタカコのそれに従う敦賀、と、銃声が立て続けに響き渡り、それに一瞬遅れて活骸の身体が痙攣しながら倒れ込んで来る。
「敦賀!敦賀!敦賀!!」
 多い被さった活骸の死体を脇に放り投げタカコが敦賀を抱き起こす、腕を噛まれた以外に怪我は無い、心配するなと宥めればそれで漸く安心したのか、タカコは活骸へと向き直った。
「何で……誰かが鍵をかけ忘れたのか?……何だあれ、何か持ってる」
 俯せになってもう動かない活骸、タカコはそれを見て何かに気付き、そちらへと歩み寄り脇へと膝を付き死体を仰向けになる様に引っ繰り返す。そして、その『何か』を確認した瞬間、完全に動きを失った。
「……どうした?何が有った」
「……敦賀、これ」
 両腕に抱えられていたのは子供の死体、鋭い刃物でズタズタに切り裂かれたそれをタカコは両手に取り、敦賀へと差し出して見せる。
「……子供を……殺されたのか……」
「……うん、多分それを目の前で見せられて……それで人間を襲ったんだ」
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