大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第74章『感染』

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第74章『感染』

 その後の研究班の精査により、活骸から生まれた赤ん坊は人間であると結論づけられた。体温、循環機能、反射、体格や骨格の構造、その全てが人間の新生児と同様であり、活骸の特徴でもある皮膚の色や濁った体液、それ等の特徴は一切見当たらず、出産直後の様子を見る限り害は与えられないだろうという結論の下活骸へと戻された。
 それから数日の間活骸は赤ん坊に付きっきりで面倒を見て、糞尿は全て舐めとるという行動を見せ、動物的な行動の基本は備わっているらしいという新たな発見を齎しもした。基本的に部屋の隅に蹲り子供を抱いたまま人間からは背を向けており、時折抱え直したり乳を含ませたり、人間らしさは殆ど無くとも猿とほぼ同様の行動様式を見せ、化け物であると同時に生物なのだという現実を観察している人間へと突き付ける。
 活骸の出産からこちら、タカコは敦賀と行動を共にする事は殆ど無く研究棟飼育室へと入り浸っている。敦賀も自分の仕事で手一杯なのか苦言を呈する事も無く、活骸親子を観察しつつ福井を始めとした研究班と茶を飲みながら話すのが日常となっていた。
「タカコ、そんなに気になるの?」
「うん、色々とね」
 まるで何かに取り憑かれた様に活骸を見詰め続けるタカコ、研究班の人間ですらこうも熱心ではないだろうという程のその姿に、のめり込み過ぎを心配した福井が声を掛けて来る。タカコはそれに返事を返し、漸く活骸から視線を外し福井の差し出す湯呑を受け取った。
 母子共に状態は変わらない、相変わらず甲斐甲斐しく世話を続ける活骸、それを受けて順調に育っている様に見える赤ん坊。何故活骸から人間が生まれたのか、その点については活骸とは人間の変異体の様なものなのだろうという推測が既になされている。知りたいのはそこから先、人間がどうやって活骸へと変異したかだ。
 遺伝的問題なのであれば生まれた子供にもそれは受け継がれているだろう、それが無いという事は遺伝性の既に固定化した変異ではないのか、それとも幼少期は発現しない性質のものなのか。活骸に襲われないという理由も正確なところが知りたい、自分の産んだ子供だから襲わないのか、それとも母子間だけはなく全ての活骸に適用されるものなのか、全く無関係な自分達にそれを応用する事は出来ないのか。
 全てが分からない事だらけ、それは福井達も同じなのか色々と意見を求められそれに出来る限り応えはするものの事態が大きく進展する様な事は未だに一つも無い。
「活骸が産んだとは言え見た目人間じゃない、結構可愛い顔してるんだよね、でも大和人の赤ちゃんより彫りが深いって言うのかな、何か違う感じ」
「ああ、多分大陸の旧ロシアとかその辺りの血筋なんじゃないかなぁ、朝鮮半島には昔朝鮮って国が有ってその上に中国って国が有ったんだって、そこは大和人と近い東洋系の民族だったんだけど、中国の隣国のロシアは民族自体が違ったらしいよ」
「へー、それでなんだ、随分遠くから来たんだね、この活骸」
「うん、態々長距離移動して対馬区越えて大和に来ようとして、何がしたいんだろうね」
 見た目が人間の新生児と同じともなればやはり多少の親しみは湧くもので、活骸に抱えられて殆どその姿を見る事の無い赤ん坊、その話題になれば室内の空気が多少和らぐのをその場の全員が感じていた。
 それが突然崩れ去ったのは出産から一週間程経った頃の事、いつもの様に茶を啜りつつ話していたタカコ達の耳に突如届いたのは耳障りな奇声、但し、聞き慣れたそれよりもずっと小さく細く、そして高い声。
「……何で」
「うそ……でしょ……」
「おい!直ぐに司令達呼んで来い!」
 慌ただしく動き始める室内、その場に残った全員が見詰める視線は活骸へと、正確にはその腕に抱かれた赤ん坊へと釘付けになっていた。
 人間らしい艶と色の失われた肌、濁った瞳、抜け落ちて疎らになった頭髪、自分を抱く母親と同じ外見へと姿を変え、不気味に蠢く小さな活骸の姿がそこに在った。
(……遺伝的特性じゃなく感染性の変異か)
 黄疸かと思われていたここ数日の皮膚の変色、それが変化の最初だったのだと思い至りタカコは小さく舌を打った。遺伝的特性なのであればこうも急激な変化は無い、もっと緩やかになる筈だ、この急変振りは感染性の変異、病変だろう、自分達に何も変化が無いとなると空気感染は無い、体液による接触感染だろうが活骸の体液を浴び続けている隊員達には病変が無い事を考えれば母乳を経由しての濃厚接触感染だろう。
 恐らくは性交を通しても感染する、どんな病原体が原因なのかは分からないが潜伏期間が一定以上有るのだとすれば感染は爆発的に広がる、そして、それによって齎される惨劇も。ユーラシア大陸はヨーロッパ迄含めてその全てがこの病魔に襲われ、人間は食われたか活骸になったかのどちらかなのかも知れない。
 考え得る限りの中で最悪に近い可能性がどうやら正解らしい、制御の方法さえ見つかれば生物兵器にもなりかねないものが対馬区の向こうに広がるユーラシア大陸に在る、そして自分達へと襲い掛かって来ている。
 と、そこでタカコの脳裏に蘇ったのは五ヶ月前の活骸の博多侵攻、あれは結局活骸が何処から侵入して来たか未だに不明のまま、その来し方がたった今導き出した答えと瞬時に結びついて行く。
(……生物兵器を使った攻撃か……誰かは分からんが、飲料水にでも病原体を濃縮したものを混入させたな……)
 それは取りも直さずあの日自分達が殺した活骸がこの博多で生きていた大和人、高根や敦賀達にとっては同胞である事を意味し、その事に思い至ったタカコは大きく歯を軋らせて脇に在った机の天板へと拳を叩き付けた。
「おいおい、落ち着け」
 ぽん、と頭を叩かれて振り返れば高根の姿、いつもの口調で言って見せて努めて平静を装ってはいるが、眼差しは鋭く口元は歪められ、それを見て彼もまた自分と同じ結論へと辿り着いたのだと知る。
 その日、人類は希望の代わりに絶望の種を一つ、手にする事となった。
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