大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第73章『母親』

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第73章『母親』

 タカコだけでなく、その光景を目にした全員が同じ気持ちだっただろう、活骸と人間、種が違う筈なのに何故活骸から人間が生まれるのかと。
「司令、この後は母体の拘束を解いて子供を与え、どの様に養育するのかを観察する予定でしたが……どうしますか。これ、どう見ても人間の――」
 取り上げた研究員も同じなのだろう、狼狽を全身に現して手にした赤ん坊をこちら側へと向けて見せ、高根に指示を仰いでいる。
 問い掛けられた高根もまた同じだったのか暫し呆然とした後、研究員の呼び掛けに我に返り、
「……そのままいく、筋弛緩剤は有効なんだったな?」
「あ、はい、尋常じゃなく強い耐性が有りますが、人間の百倍近い量が必要です」
「直ぐ切れる様に調整して投与して子供を置いて拘束を解除、お前等は直ぐに外に出ろ」
「え、しかし、赤ん坊は――」
「見た目が人間と同じでも中身もそうとは限らん、人間扱いはするな」
「しかし――」
「命令だ、従え」
 低く冷たい高根の声音、反論は一切許さないという絶対的な強さを持ったそれに金網の中の研究員達も押し黙り、彼の指示通りの処置をして金網の外へと退避して来た。
 直ぐに薬が切れ活骸が動き始める、乗せられた台の下には布で包まれ泣き続ける赤ん坊、自分の腹の中から出て来たとは言え異種族、食うのか、殺すのか、全員が息を飲んで事の推移を見守る中、活骸は耳障りな声を上げながら台を降り、座り込みながら足元の赤ん坊を抱き上げた。
「……おい……嘘だろ……」
 誰からともなくそんな声が上がる、タカコはそれを何処か遠くで聞きつつぶるりと大きく身体を震わせた。見開いた双眸、血の気の失せた顔、それに気付いた敦賀が肩へと触れるがそれには全く反応する事無く、目の前の光景を食い入る様に見詰めている。
 抱き上げ、大事そうに抱き締めた後赤ん坊の頭を支えて自分の乳房へとそれを持って行く活骸、大きく開けて泣き声を放る赤ん坊の口に自らの乳頭を含ませ、宥める様に慈しむ様に、優しく抱き締めるその光景はまさに『親子』そのものだった。
「…………」
 その光景を見詰める人間達にもう言葉は無く、タカコもまた言葉を失い立ち尽くしていた。しかし内心は恐らくは他の隊員達とは違い、彼女の中に在ったのは未だに自分を捕らえ続ける過去の情景。
 真っ赤に染まる手、身体、号泣する夫、告げられた事実。それ等が脳裏に次々と蘇り、息が苦しくなる、身体が震える。この場から逃げ出したい、見届けたい、相反するその二つに身動きどころか鼓動すら止まるのではないかという錯覚に陥ったが、そのタカコを現実へと引き戻したのは彼女の肩に置かれた敦賀の手だった。
「おい、どうした?」
「……敦賀」
「お前、真っ青だぞ」
「……うん、ああ、平気」
「……無理はするなよ」
 肩から離れ頭を撫でる敦賀の掌、タカコはその暖かさを感じながら視線を活骸へと戻す。人間らしき赤ん坊を出産し愛情の様な感情を感じさせる動作を見せている目の前の物体、自分達人類はこれを長らく仇敵として憎み、殲滅を試みて来た。しかし、それは実は間違っていたのかも知れない、その思いはタカコだけではなくこの場の全員が既に思い至っている事なのか皆一様に黙り込み、中には顔から血の気が失せている者すら見受けられる。
「……人間、なんじゃないのか、活骸も」
 そう口に出したのはタカコ、それに対し彼女の真後ろに立っていた北見が突然肩を掴み強引に振り向かせ怒鳴りつける。
「ふざけんなよ!あれ見てみろ、何処が人間なんだ!あんな化け物が、俺達の仲間を大勢食い殺して来たあれの何処が人間だ!あれが人間なら、俺達が今迄正しいと信じてやって来た事は――」
「北見中尉!落ち着け!誰か彼を外に!!」
 殴り掛からんばかりの勢いでタカコに食って掛かる北見を止めたのは敦賀、後ろに回り込んで羽交い締めにした北見を他の隊員に渡しタカコの方へと向き直る。
「おい、平気か」
「何がだ?」
 タカコも顔色が悪かった、大丈夫だろうかと思いつつ問い掛ければ返されたのは低く冷たい声音、高根と同じ色のそれに彼女の顔を見れば、そこに在ったのは獰猛さを湛えた鋭い眼差しだった。
「人間以外が人間を産む、そんな話を神話以外で聞いた事が有るか?あの赤ん坊が本当に我々と同じ人間なのかは未だはっきりせんが、少なくとも見た目は人間だ。一度引き離して精査した方が良い、その上で戻して母子の観察を継続すれば良いだろう」
「……だな、俺も同意見だ。もう一度筋弛緩剤を投与、子供を一時引き離して精査しろ、扱いは人間の新生児と同じ様に慎重にな、保温には注意しろ」
 タカコの言葉に同意を示す高根、顔を見合わせて頷き合う二人の様子を見て、いつの間にか切り替わっていた、敦賀はそう気付く。今の彼女は指揮官としての、軍人としてのタカコだ、個人ではない。個人としても何やら思う事は有る様だがそれは一旦置いておく事にしたらしい、何とも切り替えの極端な事だと彼女から活骸へと視線を戻しつつそんな事を考える。
 活骸がもし自分達と同じ人間なのだとしたら、それがどんな影響を自分達に与えるのか、それは先程北見が証明して見せてしまった。自分達を絶対的な正義、活骸を絶対的な悪として捉えられるからこそ躊躇無く戦える、そんな人間は多いのだ、言い換えればその前提が崩れれば活骸に対して躊躇が生まれ攻撃が鈍る人間は一定数、否、相当数出て来るだろう。
 タカコはそれを言外に示して見せた、自分の発言によって激昂する人間が必ず出る、そう踏んで。彼女は人間同士の戦い殺し合いがどういうものか身を以て知っている、秋から春迄の長い間を南方の戦線で隣国との攻防戦に参加して長年生きて来たと言っていた、そこで大勢を殺し殺され、その凄惨さを身を以て知っている。
 これはタカコから自分達大和海兵隊へと突き付けられた質問だ、
『お前達は同族を殺せるのか』
 と。
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