大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第80章『旗』

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第80章『旗』

「よう先任、何か今日も荒ぶってるんだって?またタカコと喧嘩して活骸に八つ当たりか?」
「……うぜぇ……てめぇが叩っ斬られてぇか」
 交代して第六防壁の指揮所へと戻って来た敦賀、その彼にいつかと同じ様に三宅がにやにやとしながら近寄って来て話し掛ける。敦賀はそれに舌打ちをして言葉を返すと、湯から引き上げた手拭いを緩く絞り身体に飛び散った活骸の体液を拭い始めた。
 機嫌は確かに悪い、しかし原因は三宅の言う様な事ではない、事実ここ最近は未だ嘗て無い程に良好且つ穏やかな関係を築けていると言って良いだろう。それなのにどうにも落ち着かない心持ちが続き不機嫌になる理由、それは日に日に強くなるタカコを抱きたいという欲求が原因に他ならない。
 ここ二週間程タカコと夜を共にし、口付けはするがその先に進もうとする自分を抑え続け、今のところは踏み止まれてはいるもののそろそろ自信が無くなって来た。彼女にする口付けが回を重ねる毎に深くなってしまっている自覚は有る、今朝は向こうから『もっと』と強請られている気すらして危うく先に進むところだった。この調子では帰還した後は戦いの昂ぶりも手伝って間違い無く先に突き進んでしまうだろう。
 タカコに拒まれているとは思ってはいない、本気で嫌ならば自分をどうにかする程度の力量は彼女には有る、押さえ込まれた状態からでは抜け出すのに難渋はするだろうがどうにか抜け出すだろう。尤も、敦賀自身もそこ迄抵抗されれば自分から拘束を解きはするだろうが。
 それでも、だからと言って先に進んで構わないのだろうかという迷いは常に残る、活骸の博多侵攻のあの一件から半年、彼女が夫を亡くしてから一年と七ヶ月、色々な事が、それも良くない事が立て続けに起こり、気持ちの整理がついているかどうかも分からないタカコに対してこの先を求めても良いものなのか。
 はっきりと尋ねて彼女に答えを出させる事は男としてどうなんだと思わないでもない、しかし、だからと言って敦賀の意思だけで事を進める事も相手を蔑ろにしている気がして、あちらを立てればこちらが立たずといった具合で、自縄自縛でどうにも動き様が無くなってしまっているのが敦賀の現状だった。
 そんな心持ちを知ってか知らずか相変わらずに人の悪い笑みを浮かべる三宅、敦賀はそんな彼に対して言葉と共に碌に絞りもしていない手拭いを投げ付ける。
「そういうてめぇはどうなんだ、碌に避妊もしねぇで誠とあちこちで盛りやがって。誠が任官と同時に着任して暫くしてからだから付き合いも長いだろう、いつになったら落ち着くんだよてめぇ等は」
「ああ、うん、それなんだけどな、そろそろ結婚しようかと思ってよ、今回の出撃終わって帰還したら改めて求婚するつもりだ」
 『今日も良い天気だな』程度のあっさりと軽い調子でそう返され、危うく聞き流しそうになった内容に動きを止めて三宅を見返した。
「……マジか」
「おお、俺はもっと早くにしたかったんだけどよ、マコが仕事から遠ざかりたくないって言うもんでな。最近は俺が痺れ切らして避妊とか遠くにうっちゃってな、マコもそれ見て呆れて諦めてくれた感じだな」
「……孕ませて強制的に思い通りにするってどうなんだそりゃ」
「だろ?われながら最低だとは思うけどよ、それでもこの仕事がどれだけ危険かはこうして最前線にいる俺達が一番分かってるだろ。惚れた女をいつ迄もそこに置いておきたくないんだよ、俺」
「……そりゃ……分からねぇでもねぇがよ」
「お前だってそうじゃないのか?タカコをいつ迄も前線部隊に置いておきたいと思うか?」
「……あいつが下がってろと言われた位で大人しく引き下がるタマだとでも思ってんのかてめぇは」
「そういう事じゃなくてさ、お前自身がどう思ってるかって事だよ」
 少しだけ真剣味を帯びた三宅の言葉、敦賀はそれを自分の中で繰り返しつつ、実際のところどうなのか、それを自問してみる。
 守ってやりたい、それは確実に思っていたし今でもそう思っている。ただ、それが三宅が望む様に後方に下げて一切の危険から遠ざける事なのか、それがよく分からない。守ってやりたいというのは自分の直接的な願望だが、出来るならば彼女の思う様に動かせてやりたい、そう思っているのも確かなのだ。
 戦いでこそ彼女はその真価を発揮するのであろう事はこの一年七ヶ月で窺い知る事が出来た、そして、彼女が戦う事を選び、望んでいるのだという事も。それを認めず奪い後方に下げ、それで守っていると言ったところで、それは果たして彼女の事を想っての事なのだろうか。
 そして、自分はそんな彼女を本当に望んでいるのだろうか。
「……先任?何考え込んでんだよ」
「……いや、俺にも分からん」
 そう答えながら脳裏に蘇るのはタカコの初陣、桜吹雪の中で剣舞を舞う様に戦っていたあの姿。そう、自分が彼女に惹かれる切っ掛けとなったのはあの時のあの情景、今の想いの原点が戦いの中に在ったというのに、それを彼女から切り離す事を、果たして自分自身望んでいるのだろうか。
「ま、これは俺の考えだし、お前等はお前等なりの答えを見つけりゃ良いさ。最近タカコの部屋で寝てるんだろ?何処迄進んだんだよ、大尉様に言ってみ、上級曹長」
「……ちょっと待て、何でてめぇがそれを知ってるんだ」
「いや、この間の当直の時によ、お前に用事が有ったから夜中に部屋行ったんだよ、そしたらいなくてさ。で、ちょっと前にお前が金物屋で鍵買ってたの思い出して、それでピンと来た」
「……誰かに」
「言ってねぇよ、マコにも言ってねぇ、安心しろ」
 金物屋の近くで三宅に出くわしたがそれを覚えられていた上に勘付かれるとは、何とも居心地の悪い思いをしつつ手拭いで乱暴に顔を拭えば、三宅に笑って肩を叩かれた。
「良いじゃないの、女なんか処理の相手扱いしかしてなかったお前がベタ惚れとかさ、親友として俺は嬉しいぜ?よし、帰還したら四人で飲みに行こう、な、決定」
「……階級が一番上のてめぇが奢れよ」
「いやいや、ここは最先任が出すところだろ」
「貰ってる給料の額考えろクソが」
「じゃ、女二人の分も含めて俺等が折半って事で」
「うぜぇ、いい加減離れろ」
 そんな遣り取りを交わしつつ昼飯にするかと歩き出す二人、その彼等の耳にトラックが凄まじい勢いで前線から戻って来る音が聞こえたのはそんな時だった。
「お、研究班か……さて、今日は生体の捕獲は出来たかね」
 福井も乗っている筈だ、出迎えてこっそり頭でも撫でてやろうかと歩き出す三宅と、タカコの様子を確かめようとそれに続く敦賀。けれど、彼等の前に転がり落ちて来た隊員達は顔を真っ青にし、その場にいた全員に向かって二人の不在を告げる叫びを上げた。

「至急応援を!!福井少尉とタカコが――!!」
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