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第84章『謝罪』
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第84章『謝罪』
やがて日が昇り窓からその明かりが差し込む頃、タカコは寝入った時と同じ様に敦賀の腕の中で目を覚ました。敦賀も寝入っていたのかタカコの身動ぎに反応して小さく唸り、一度腕の中の身体を強く抱き締めてから頬へと口付けを落として来る。
「……身体は平気か」
「うん、平気……痛っ」
「……無理はするなよ」
「大丈夫。まぁ仮に駄目だったとしても今日はそれは無理だな、今日ばかりは」
起き上がれない程ではない、肋骨を数本折った一年七か月前は部下を見送る為に立ち、その後も出撃で負傷する事は有ったがその全てに葬儀には出席して来た、特に今回は何が有っても立ち会わなければ。
タカコのその想いは敦賀にも充分に理解出来ているのだろう、全身の傷に顔を顰めながらも寝台の脇へと降り立つ彼女を見て、それ以上何か言う事も無く自らも寝台から降りタカコの身体を支えてしっかりと立たせてやる。
「本当ならお前達みたいにきっちり制服来て制帽被って、そうやって臨むべきなんだろうけどなぁ。こればっかりは持って来てないからどうしようもない、戦闘服とベレー帽と喪章で勘弁してもらわないとな」
「……前から思ってたんだが民間企業なのに正規軍みてぇな制服有るのかお前のところは」
「有るよ?正規軍と関わる事も多いからな、見栄えも大事なのよ。軍人程体面と見てくれを重視する生き物もそういねぇやな」
「上は何処も似たようなもんか」
「そういう事だ」
そんな遣り取りを交わしつつ棚の中から久し振りに自分の戦闘服を取り出したタカコ、それを寝台の上に置き着ているシャツを脱ごうと裾に手を掛け、そこで漸く何かがおかしい事に気が付いて敦賀へと視線を向けた。
「……あの、着替えるんだけど、今から」
「それがどうかしたか、さっさと着替えちまえ」
「……いえ、ですからね、上級曹長様?貴方も御自分の部屋に戻られて身支度をされては如何です?女性の着替えを男性が見ているのはどうかと思うのですけど?」
「……そういやそうだったな、お前、女だったな」
「失礼な男だなてめぇは……ほら、さっさと戻れよ」
「遅れるなよ」
「そっちこそ」
出撃の疲れが彼にも残っているのだろうか、普通言われなくとも分かるだろうにと扉の開けられる音にそちらを見てみれば、扉を開けたまま立ち尽くし外へと廊下へと出て行く気配の無い敦賀の背中が目に入る。何をしているのかとそちらへと歩み寄ろうとしたタカコの足は、敦賀の発した声によってその場へと止められた。
「……ヒロ、お前、その頭」
ヒロ、その言葉に心臓が大きく脈を打つ、彼が自分にどんな用事なのか、それがどんな事にしろ自分には話を聞く義務が有るだろう。そう思い扉へと歩み寄れば、敦賀の背中の向こうから現れた三宅の風貌に、タカコもまた敦賀と同じ様に言葉を失い双眸を見開いた。
「よう、お早うさん」
『耳とか眉に掛かる位が俺には一番似合ってるんだよ』と、いつもそう言っていた、海兵隊の中では長い部類に入っていた三宅の髪。それが潔さすら感じる程に短く刈り上げられ、高根と同じ五分刈り程度になっているのを見て言葉を失うタカコと敦賀、三宅はそれを見ていつもの笑みを浮かべ敦賀へと話し掛ける。
「ちょっとタカコと二人で話したいんだけど、良いか?」
それに敦賀は直ぐに答えを帰す事は出来なかった。福井の戦死は一昨日の昼、あの時の取り乱しぶりを見ている身としては二人きりにすればまた何かが起こるのではないか、三宅を信用していないわけではないが、そんな思いを抱いてしまうのも無理からぬ事で、しかし三宅はそれは分かっているのか再度笑って敦賀の肩を叩き言葉を続ける。
「大丈夫、もう落ち着いたよ……頼む、少しで良いんだ、二人きりにしてくれないか」
「……分かった、俺は自分の部屋にいる」
「有り難う、先任」
部屋を出て行く敦賀に代わり三宅が室内へと入って来る、その彼の背後で扉が閉まる音を聞きながら、タカコはいつもの鷹揚とした笑みを浮かべる三宅の顔を真っ直ぐに見詰めていた。
「お前はいつも真っ直ぐに相手を見るよな、それ、辛くないか?今とか特に」
「……逸らせれば楽なんだろうけど、相手の気持ちをしっかり見たいし受け止めたい、そうするべきだと思うし」
「お前らしいな」
一瞬笑みが深くなり、三宅は右手を持ち上げタカコの頸へと指先を触れさせる。
「……痕、くっきり残っちまってるな……悪かった」
「……いや、その内消えるさ」
『生きているから』、その言葉を吐き出しそうになって寸前で飲み込めば、それは三宅にも伝わってしまったのだろう、
「……うん、お前は生きてるからな」
と、穏やかな声音でそう言われ、タカコは流石に思わず俯いてしまう。三宅はその彼女の身体に両腕を伸ばし、肩を掴んで引き寄せるとそっと、しかし深く抱き締めて来た。
「……寛和」
「……悪かった、お前が悪いんじゃない事は分かってた、でも、誰かの所為にしなけりゃ頭がおかしくなりそうで……本当にごめんな……お前が生きててくれたお陰で、マコの胎に子供がいた事も聞けたのにな」
「……そんなの、寛和が謝る事じゃない……私が間違ったから、私が……弱かったから……ごめ――」
「謝るな、お前は謝るな。お前は精一杯力の限りを尽くしたんだ、ただ応援が間に合わなかっただけだ、そう言ってくれ。俺はこれ以上恨みたくない、憎みたくないんだ」
謝罪の言葉は三宅に止められ、タカコは部下を見送った日、自分に言い聞かせた事を思い出す。
謝罪は許しを乞う行為、自分が楽になる為の行為。本当に相手を想うのであれば謝ってはいけない、許しを乞うてはいけない、それは相手に対する侮辱。
真っ直ぐに前を向き謗りを受ける、それが自分が受けるべき罰だ。
「……少し、このままで泣いても良いか?」
「うん……私で良ければ」
強まる抱き締める力、やや有ってから耳元で聞こえ始めた押し殺した嗚咽、謝りたい、けれどそれも許されず、タカコは三宅の背に腕を回してきつく抱き締める。そうして長い間身動ぎもせず、三宅の嘆きを受け止め続けていた。
やがて日が昇り窓からその明かりが差し込む頃、タカコは寝入った時と同じ様に敦賀の腕の中で目を覚ました。敦賀も寝入っていたのかタカコの身動ぎに反応して小さく唸り、一度腕の中の身体を強く抱き締めてから頬へと口付けを落として来る。
「……身体は平気か」
「うん、平気……痛っ」
「……無理はするなよ」
「大丈夫。まぁ仮に駄目だったとしても今日はそれは無理だな、今日ばかりは」
起き上がれない程ではない、肋骨を数本折った一年七か月前は部下を見送る為に立ち、その後も出撃で負傷する事は有ったがその全てに葬儀には出席して来た、特に今回は何が有っても立ち会わなければ。
タカコのその想いは敦賀にも充分に理解出来ているのだろう、全身の傷に顔を顰めながらも寝台の脇へと降り立つ彼女を見て、それ以上何か言う事も無く自らも寝台から降りタカコの身体を支えてしっかりと立たせてやる。
「本当ならお前達みたいにきっちり制服来て制帽被って、そうやって臨むべきなんだろうけどなぁ。こればっかりは持って来てないからどうしようもない、戦闘服とベレー帽と喪章で勘弁してもらわないとな」
「……前から思ってたんだが民間企業なのに正規軍みてぇな制服有るのかお前のところは」
「有るよ?正規軍と関わる事も多いからな、見栄えも大事なのよ。軍人程体面と見てくれを重視する生き物もそういねぇやな」
「上は何処も似たようなもんか」
「そういう事だ」
そんな遣り取りを交わしつつ棚の中から久し振りに自分の戦闘服を取り出したタカコ、それを寝台の上に置き着ているシャツを脱ごうと裾に手を掛け、そこで漸く何かがおかしい事に気が付いて敦賀へと視線を向けた。
「……あの、着替えるんだけど、今から」
「それがどうかしたか、さっさと着替えちまえ」
「……いえ、ですからね、上級曹長様?貴方も御自分の部屋に戻られて身支度をされては如何です?女性の着替えを男性が見ているのはどうかと思うのですけど?」
「……そういやそうだったな、お前、女だったな」
「失礼な男だなてめぇは……ほら、さっさと戻れよ」
「遅れるなよ」
「そっちこそ」
出撃の疲れが彼にも残っているのだろうか、普通言われなくとも分かるだろうにと扉の開けられる音にそちらを見てみれば、扉を開けたまま立ち尽くし外へと廊下へと出て行く気配の無い敦賀の背中が目に入る。何をしているのかとそちらへと歩み寄ろうとしたタカコの足は、敦賀の発した声によってその場へと止められた。
「……ヒロ、お前、その頭」
ヒロ、その言葉に心臓が大きく脈を打つ、彼が自分にどんな用事なのか、それがどんな事にしろ自分には話を聞く義務が有るだろう。そう思い扉へと歩み寄れば、敦賀の背中の向こうから現れた三宅の風貌に、タカコもまた敦賀と同じ様に言葉を失い双眸を見開いた。
「よう、お早うさん」
『耳とか眉に掛かる位が俺には一番似合ってるんだよ』と、いつもそう言っていた、海兵隊の中では長い部類に入っていた三宅の髪。それが潔さすら感じる程に短く刈り上げられ、高根と同じ五分刈り程度になっているのを見て言葉を失うタカコと敦賀、三宅はそれを見ていつもの笑みを浮かべ敦賀へと話し掛ける。
「ちょっとタカコと二人で話したいんだけど、良いか?」
それに敦賀は直ぐに答えを帰す事は出来なかった。福井の戦死は一昨日の昼、あの時の取り乱しぶりを見ている身としては二人きりにすればまた何かが起こるのではないか、三宅を信用していないわけではないが、そんな思いを抱いてしまうのも無理からぬ事で、しかし三宅はそれは分かっているのか再度笑って敦賀の肩を叩き言葉を続ける。
「大丈夫、もう落ち着いたよ……頼む、少しで良いんだ、二人きりにしてくれないか」
「……分かった、俺は自分の部屋にいる」
「有り難う、先任」
部屋を出て行く敦賀に代わり三宅が室内へと入って来る、その彼の背後で扉が閉まる音を聞きながら、タカコはいつもの鷹揚とした笑みを浮かべる三宅の顔を真っ直ぐに見詰めていた。
「お前はいつも真っ直ぐに相手を見るよな、それ、辛くないか?今とか特に」
「……逸らせれば楽なんだろうけど、相手の気持ちをしっかり見たいし受け止めたい、そうするべきだと思うし」
「お前らしいな」
一瞬笑みが深くなり、三宅は右手を持ち上げタカコの頸へと指先を触れさせる。
「……痕、くっきり残っちまってるな……悪かった」
「……いや、その内消えるさ」
『生きているから』、その言葉を吐き出しそうになって寸前で飲み込めば、それは三宅にも伝わってしまったのだろう、
「……うん、お前は生きてるからな」
と、穏やかな声音でそう言われ、タカコは流石に思わず俯いてしまう。三宅はその彼女の身体に両腕を伸ばし、肩を掴んで引き寄せるとそっと、しかし深く抱き締めて来た。
「……寛和」
「……悪かった、お前が悪いんじゃない事は分かってた、でも、誰かの所為にしなけりゃ頭がおかしくなりそうで……本当にごめんな……お前が生きててくれたお陰で、マコの胎に子供がいた事も聞けたのにな」
「……そんなの、寛和が謝る事じゃない……私が間違ったから、私が……弱かったから……ごめ――」
「謝るな、お前は謝るな。お前は精一杯力の限りを尽くしたんだ、ただ応援が間に合わなかっただけだ、そう言ってくれ。俺はこれ以上恨みたくない、憎みたくないんだ」
謝罪の言葉は三宅に止められ、タカコは部下を見送った日、自分に言い聞かせた事を思い出す。
謝罪は許しを乞う行為、自分が楽になる為の行為。本当に相手を想うのであれば謝ってはいけない、許しを乞うてはいけない、それは相手に対する侮辱。
真っ直ぐに前を向き謗りを受ける、それが自分が受けるべき罰だ。
「……少し、このままで泣いても良いか?」
「うん……私で良ければ」
強まる抱き締める力、やや有ってから耳元で聞こえ始めた押し殺した嗚咽、謝りたい、けれどそれも許されず、タカコは三宅の背に腕を回してきつく抱き締める。そうして長い間身動ぎもせず、三宅の嘆きを受け止め続けていた。
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