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第85章『傷を癒す』
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第85章『傷を癒す』
葬儀は滞り無く執り行われ、福井の遺体は生前からの希望通りに国立海兵隊墓地の一角に埋葬された。幼少の頃に父を亡くし今は母親も既に亡く他に身寄りも無く、遺族として対応したのは三宅、制服に身を包み制帽を被り唯真っ直ぐに前を見詰めている彼の姿から目を逸らす事無く、タカコもまたそれを真っ直ぐに、そして黙って見詰めていた。
彼が切った髪の一部は福井と共に埋葬され、五十cm四方程の小さな柩の中に自らの髪を入れた後に最愛の者へと最後の口付けを落とした姿、それには思わず込み上げるものが有ったが何とか堪え見詰め続けた。
自分の判断の甘さがこの結果を招いた、あの時、彼女の願いを無視していれば、今更言ってもしょうがない事を何度繰り返したか、また一つ繰り返し自分を罵り、それでも視線は逸らさなかった。
「……何やってんだてめぇ、部屋は禁煙だって言ったろうがよ」
葬儀が終わりその日の夜、煙草の煙で目が痛くなる程になったタカコの部屋に敦賀が入って来て顔を顰める。部屋の主は敦賀の咎める声に答える事はせず寝台の上に寝転がり、二十七本目の煙草を灰皿に押し付け二十八本目に火を点けた。
「窓開けろ窓、何やってんだこの馬鹿が」
「……喫煙所行ったら寛和いたから……寒い、閉めて」
「ふざけんな、目も鼻も肺もおかしくしてぇのか」
寝台の上に置かれた灰皿に堆く積まれた吸殻、そしてその周囲に落ちた灰をちらりと見遣って溜息を吐きつつ敦賀は窓を開け、タカコの手にした煙草を取り上げ自分が咥えつつ彼女の隣に腰を下ろす。
「返せよ」
「吸い過ぎだ、もう止めとけ。それに煙草を吸う女は好みじゃねぇ」
「誰がてめぇの好みの話なんかしてんだ馬鹿、返せって」
「却下だ」
葬儀の後何か仕事でも有ったのか礼服のままの敦賀、詰襟の釦を二つ程外した彼の姿を見遣ったタカコは視線を天井へと戻し、新しい煙草を咥えようと箱を手探りで探す。
「止めろって言ってんだろうが、聞こえねぇのか理解出来ねぇのかどっちだ」
「聞こえてるし理解してるけど従う気が無い」
「……最近傍若無人っぷりが目に余るんだが……舐めてんのかこの屑」
「私がこんななのはさーいーしょーかーらー」
お互いに何か実の有る事を話すでも無く軽口を叩き合い、初春の夜の冷たい空気が流れ込み段々と澄んでいく室内の空気をぼんやりと見続けた。
「仕事は?」
「今日の分は何とか片付いた、執務室で仕事しながら飯も食ったし後はもう寝るだけだ」
「ふーん、お疲れ」
時計を見れば既に夜中の一時近く、もうこんな時間になっていたか、自分もそろそろ寝るかと窓を閉め灰皿を寝台脇の棚の上へと退かし灰を払い落とせば、部屋に戻るのか敦賀も立ち上がる。
「……って、何やってんの」
「俺ももう寝るんだよ」
「……それとお前が今椅子に礼服を掛けてるのは何か関わりが?」
「脱がねぇと皺になるだろうが、まぁどうせそろそろ洗いに出そうとは思っちゃいるが、どっちにしろ着たまんまじゃ寝心地が悪ぃ」
「意味が分かんねぇよ、そして何でシャツ迄脱いでんだよ」
「俺もここで寝るからに決まってんだろうが、馬鹿かてめぇ」
やはり、がっくりと肩を落としつつタカコはそれに拒否の言葉を返そうとするものの、敦賀はそれを全く聞き入れる気は無いのか上下共に下着だけの格好になり、部屋の明かりを常夜灯に落とすとさっさと布団へと潜り込んで来た。
「てめぇは自分の事ばっかりか」
抱き締められ額へと口付けを落とされながら唐突にぶつけられた言葉、言いたい事の意味が分からずに見上げれば今度は唇に口付けられ、
「……俺だってこうしていたい時位有る、お前の為にじゃなく俺自身の為にな。俺がしんどいからてめぇを傍に置いておきたい、そう思われるのは、嫌か?」
と、静かな口調でそう言われ、思わず言葉に詰まってしまう。
自分が敦賀にしてもらっているばかり、今更それに気付き、そして同時に、彼が安心し、傷を癒す為に自分を求めているのだと初めて知った。
いつもいつも強く雄々しく立ち真っ直ぐに前を見据えている敦賀、誰かに、自分に寄り掛かり弱みを晒して癒しを求める等、考えた事も無かった。寄り掛かれ、頼れ、その言葉を紡ぐ人間にそれが必要なのだと、考えもしなかった。
それがどれだけ自分勝手な考えだったのか、当の本人に言われて気付くとはと俯き謝罪の言葉を口にすれば宥める様に優しく頭を撫でられる。
「……責めてるわけじゃねぇ、怒ってもいねぇよ……ただ、俺もたまにはてめぇに寄り掛かりてぇ時も有る、そんな時は黙ってこうされててくれ」
「……うん」
親友の恋人、それを失い嘆く親友を見て心を痛めない筈が無い、当人とも仲は良かったであろうに傷つかない筈が無い。その原因になってしまった自分を求めるとは酷く哀しく滑稽な話だが、敦賀がそれで良いと言うのなら自分はそれに応えよう、そう思った。
自分が与えられる、してもらう事に慣れてしまっていた、頼るものも無い異国に一人取り残され、自分の本来の立ち位置をすっかり忘れてしまっていた。
自分は本来与えられ守られる側の人間ではない、与え、守る側の人間だ。
(……ごめんな、敦賀……お前に、皆に甘えてた)
敦賀の背中に腕を回し力を込めれば頬に掌を這わされて上向かされ、やがて口付けが降って来る。タカコはそれを受けながら、彼の背に回した腕に更に力を込めた。
葬儀は滞り無く執り行われ、福井の遺体は生前からの希望通りに国立海兵隊墓地の一角に埋葬された。幼少の頃に父を亡くし今は母親も既に亡く他に身寄りも無く、遺族として対応したのは三宅、制服に身を包み制帽を被り唯真っ直ぐに前を見詰めている彼の姿から目を逸らす事無く、タカコもまたそれを真っ直ぐに、そして黙って見詰めていた。
彼が切った髪の一部は福井と共に埋葬され、五十cm四方程の小さな柩の中に自らの髪を入れた後に最愛の者へと最後の口付けを落とした姿、それには思わず込み上げるものが有ったが何とか堪え見詰め続けた。
自分の判断の甘さがこの結果を招いた、あの時、彼女の願いを無視していれば、今更言ってもしょうがない事を何度繰り返したか、また一つ繰り返し自分を罵り、それでも視線は逸らさなかった。
「……何やってんだてめぇ、部屋は禁煙だって言ったろうがよ」
葬儀が終わりその日の夜、煙草の煙で目が痛くなる程になったタカコの部屋に敦賀が入って来て顔を顰める。部屋の主は敦賀の咎める声に答える事はせず寝台の上に寝転がり、二十七本目の煙草を灰皿に押し付け二十八本目に火を点けた。
「窓開けろ窓、何やってんだこの馬鹿が」
「……喫煙所行ったら寛和いたから……寒い、閉めて」
「ふざけんな、目も鼻も肺もおかしくしてぇのか」
寝台の上に置かれた灰皿に堆く積まれた吸殻、そしてその周囲に落ちた灰をちらりと見遣って溜息を吐きつつ敦賀は窓を開け、タカコの手にした煙草を取り上げ自分が咥えつつ彼女の隣に腰を下ろす。
「返せよ」
「吸い過ぎだ、もう止めとけ。それに煙草を吸う女は好みじゃねぇ」
「誰がてめぇの好みの話なんかしてんだ馬鹿、返せって」
「却下だ」
葬儀の後何か仕事でも有ったのか礼服のままの敦賀、詰襟の釦を二つ程外した彼の姿を見遣ったタカコは視線を天井へと戻し、新しい煙草を咥えようと箱を手探りで探す。
「止めろって言ってんだろうが、聞こえねぇのか理解出来ねぇのかどっちだ」
「聞こえてるし理解してるけど従う気が無い」
「……最近傍若無人っぷりが目に余るんだが……舐めてんのかこの屑」
「私がこんななのはさーいーしょーかーらー」
お互いに何か実の有る事を話すでも無く軽口を叩き合い、初春の夜の冷たい空気が流れ込み段々と澄んでいく室内の空気をぼんやりと見続けた。
「仕事は?」
「今日の分は何とか片付いた、執務室で仕事しながら飯も食ったし後はもう寝るだけだ」
「ふーん、お疲れ」
時計を見れば既に夜中の一時近く、もうこんな時間になっていたか、自分もそろそろ寝るかと窓を閉め灰皿を寝台脇の棚の上へと退かし灰を払い落とせば、部屋に戻るのか敦賀も立ち上がる。
「……って、何やってんの」
「俺ももう寝るんだよ」
「……それとお前が今椅子に礼服を掛けてるのは何か関わりが?」
「脱がねぇと皺になるだろうが、まぁどうせそろそろ洗いに出そうとは思っちゃいるが、どっちにしろ着たまんまじゃ寝心地が悪ぃ」
「意味が分かんねぇよ、そして何でシャツ迄脱いでんだよ」
「俺もここで寝るからに決まってんだろうが、馬鹿かてめぇ」
やはり、がっくりと肩を落としつつタカコはそれに拒否の言葉を返そうとするものの、敦賀はそれを全く聞き入れる気は無いのか上下共に下着だけの格好になり、部屋の明かりを常夜灯に落とすとさっさと布団へと潜り込んで来た。
「てめぇは自分の事ばっかりか」
抱き締められ額へと口付けを落とされながら唐突にぶつけられた言葉、言いたい事の意味が分からずに見上げれば今度は唇に口付けられ、
「……俺だってこうしていたい時位有る、お前の為にじゃなく俺自身の為にな。俺がしんどいからてめぇを傍に置いておきたい、そう思われるのは、嫌か?」
と、静かな口調でそう言われ、思わず言葉に詰まってしまう。
自分が敦賀にしてもらっているばかり、今更それに気付き、そして同時に、彼が安心し、傷を癒す為に自分を求めているのだと初めて知った。
いつもいつも強く雄々しく立ち真っ直ぐに前を見据えている敦賀、誰かに、自分に寄り掛かり弱みを晒して癒しを求める等、考えた事も無かった。寄り掛かれ、頼れ、その言葉を紡ぐ人間にそれが必要なのだと、考えもしなかった。
それがどれだけ自分勝手な考えだったのか、当の本人に言われて気付くとはと俯き謝罪の言葉を口にすれば宥める様に優しく頭を撫でられる。
「……責めてるわけじゃねぇ、怒ってもいねぇよ……ただ、俺もたまにはてめぇに寄り掛かりてぇ時も有る、そんな時は黙ってこうされててくれ」
「……うん」
親友の恋人、それを失い嘆く親友を見て心を痛めない筈が無い、当人とも仲は良かったであろうに傷つかない筈が無い。その原因になってしまった自分を求めるとは酷く哀しく滑稽な話だが、敦賀がそれで良いと言うのなら自分はそれに応えよう、そう思った。
自分が与えられる、してもらう事に慣れてしまっていた、頼るものも無い異国に一人取り残され、自分の本来の立ち位置をすっかり忘れてしまっていた。
自分は本来与えられ守られる側の人間ではない、与え、守る側の人間だ。
(……ごめんな、敦賀……お前に、皆に甘えてた)
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