大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第100章『終わりと始まり』

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第100章『終わりと始まり』

「どうなってる!」
「ロストコントロール!エンジン全機停止、油圧電気全ての系統死にました!」
「回復させろ!」
「やってます!」
 激しく揺れる機体、普段なら異常を知らせる耳障りな警告音で溢れるであろう機内には、機体が軋む音と乗員の怒号だけが響き渡っていた。
 40tの機体に乗員兵員含めて35名の人間と15tの資機材を搭載し、前時代に済州島と呼ばれた東シナ海に浮かぶ火山島を目指して飛行していた中での突然の異常事態、済州島迄は残り100km程となった頃合の事。
 マニュアルを捲ってチェック項目を一つずつ潰して行く乗員の様子を見ながら、タカコは状況が最悪に近い状態である事を敏感に感じ取っていた。
「後部ハッチを開け!荷物を捨てて出来るだけ機体を軽くして飛行可能距離を延ばすぞ!」
「無理です!電気も油圧も完全に死んでるんです、手動では開きません!!」
「降下率毎分1000ft、済州島迄とてももちません、このままでは海面に叩きつけられます!」
 次々に告げられる絶望的な状況、油圧も電気も死んでいるとなっては姿勢制御も方向制御も碌に出来ず、補助を失い重たくなってしまった操縦桿やペダルと全身を使って格闘する乗員達の姿を見詰め、タカコは自分に出来る事は今は何一つ無い事を思い知る。
 降下率毎分1000ft、高度は15000ft、このままで行けば15分後には海面に叩きつけられて機体はバラバラに砕け散るだろう、その時には自分達の命等有ろう筈も無い。34名の部下の命、国と彼等自身から預けられたそれを守る事も出来ずこんな地の果てで何も出来ないままに死ぬのか、そう思い大きく歯を軋らせれば、不意に後ろに立った気配に肩を叩かれた。
「タカコさん、あんたの所為じゃない」
「……タカユキ」
 振り返ればそこには夫であり腹心でもあるタカユキの姿、いつもの様に穏やかな笑みを向ける彼を見上げれば、深くなった笑みと共に頭を大きな掌でそっと撫でられる。
「……既にやっているとは思うが確認だ、済州島でなくても構わない、とにかく陸地に辿り着け、何とか不時着を試みてくれ」
「了解ですボス、任せて下さい」
「ここは危険です、席に戻って下さい」
「ああ……頼む、任せた」
 タカユキと二人席へと戻れば他の部下達の視線が自分へと集まって来る、不安を感じているのは皆同じ、指揮官の自分は彼等のそれを軽減させる様務めなければ、乗員を詰問するのは自分のすべき事ではない。
「仲間を信じろ、優秀なパイロット達だ。右方向へ旋回してしまっているから済州島という目標は放棄する事になるが、日本海回廊地帯に無事に着陸出来る」
 強い笑みを浮かべてそう言えば部下達の目に僅かに安堵の色が浮かぶ、そう、彼等の気持ちには自分の振る舞い物言いが大きく影響するのだ、取り乱す事等有ってはならない。
 飛行機は専門ではないが状況がほぼ絶望的な事は理解している、恐らくは回廊地帯どころか大和本土にも辿り着けずに海面へと激突するだろう、それに恐れは感じない、唯々、悔しかった。自分へと全てを託した部下達を死なせる事が、この先の人生を歩めなくなる事が、そして、最愛の存在をもう直ぐ失ってしまう事が、只管に悔しかった。
「ボス!姿勢制御若干ですが回復しました!降下率と速度減少、これを保てれば回廊地帯に到達出来ます!」
「よし、良くやった!保てよ!!」
「了解です!!」
 機内の空気が僅かばかりではあるが明るくなる、依然厳しい状態である事に違いは無いが、それでもほんの少しだけ希望が見えて来た。速度を出来るだけ殺した上で地面へと不時着出来れば生存の可能性はずっと高くなる、その後にはアンデッドとの戦闘が待っている事は確実だろうが幸いにして武器も弾薬も潤沢だ、生き延びる事は十二分に可能だろう。
 大和のコーストガード達から聞いたところによると大和のマリーンは定期的に回廊地帯へと出撃を繰り返していると聞く、不時着する場所によっては彼等の救援を受ける事も有るだろう、気取られぬ様にしての潜入という当初の計画からは大きく外れる事になるが、それでも接触さえ出来れば駆け引きの遣り様によっては成果を挙げられる。
 まだまだ、本当に駄目になってしまったその瞬間迄諦める必要は無い、そう思いながら拳を握れば、隣に座っているタカユキの掌がそれをすっぽりと覆い包み込んで来る。
 何だ、そう思いつつ彼を見れば向けられるのは先程の様な穏やかな笑みではなく、獰猛ささえ感じさせる強い笑み、その彼が一度小さく、けれど力強く頷くのを見てタカコもまた獰猛な笑みをその顔に湛え、小さく、そして強く頷いた。



「――ボスを!ボスを守れ――!!」



「……終わったのか、馬鹿女」
 鼓膜を震わせるのはこの二年弱で聞き慣れた敦賀の声音、全ての調整を終えた散弾銃二十丁を眼前に並べ、それ等をじっと見詰め黙したまま頷いて敦賀の問い掛けを肯定する。
 時間は、と時計を見れば二時を指していて、窓の外の暗さと合わせて真夜中なのだと知った。
 昔の幸せな記憶の中に浸っていた、もう二度と同じものを手にする事は無い、記憶の中にいた殆どを二年前に失ったのだから。それでも心は現実へと戻った今も尚温かで、何だか無性に泣きたくなる位に幸せだと、そう思った。
 油塗れになってしまった、風呂に入って少しだけでも眠ろうと立ち上がれば敦賀の両腕がこちらへと伸びて来る、抱き締められる寸前で彼の胸板に両手を突いてそれを制し、
「……悪い、疲れてるんだ。風呂入って、少し一人で眠りたい」
 そう言って誤魔化し、部屋を出て営舎へと向かって歩き出す。
 敦賀が悪いわけではない、彼を嫌悪しているのでもない。けれど今は、昔の記憶を纏った今だけは、一人に、否、彼等と、そして夫と過ごさせて欲しかった。
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2016.02.07 ユーザー名の登録がありません

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