大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第99章『特殊作戦』

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第99章『特殊作戦』

「潜入ですか……どの程度のレベルのものを想定しておいでですか、市井に紛れて情報を集めるのであれば東洋系だけを集めてという事は可能ですが、軍隊の内部への潜入という事になれば東洋系だけでは無理です、潜入する人員と外部で動く人間を合わせて40人はおりませんと……純血に近いのは私と少佐を含めても十人程しかおりません、後は混血が進んで外見からして違ってしまっているか非東洋系ばかりですよ」
 潜入という事は周囲に溶け込む事が大前提となる、大和の前身である日本国は確か東洋系以外の人種は殆どいなかった筈だ。仮に前時代からその傾向が続いているのだとすれば非東洋系は最初から勘定に入れられなくなる、それでも人数的には連れて出ざるを得ないから外部でのバックアップ専門要員という事にはなるのだが、作戦の規模としては必要になって来るだろう。
「それは大佐、お前に任せよう、語学に関しては我々が前時代からアメリカ語を受け継いだ様に大和も日本語を受け継いでいる様だ、コーストガードの人間と接触して付き合いを深め、彼等から生きた大和語を習得して欲しい。但し、こちらの真意は気取られぬ様に」
「了解です……一つお伺いしても?」
「構わん、言ってみろ」
「JCSの方向性はどうなっているんです、つまり、最終的に目指すのは同盟なのか侵攻の後の制圧なのか」
 これは確認しておかなければならない、意向が有るのであればどうしても無理である場合を除き出来るだけその意向に沿う事を言外に求められるだろう。
「……実際のところ、JCS内部でも意見は真っ二つだ、侵攻して統治下に置き尖兵として使うべき、そんな急進派もいれば、同盟を締結して協力関係を築き維持すべきだ、そう主張する穏健派もいる。私は……今回の場合は情報が少な過ぎてまだ何とも言えん、それで、Providenceを斥候として大和に送り込んで見極めるという事を提案した。その結果大和のレベルが低過ぎるという事であれば、将来的には大和の主権回復を見据えつつも当面は統治下に置く事も致し方無しという事になる」
 穏健派とは言っても、不確定要素が多過ぎるのであればその判断は成る程間違ってはいないだろう。ただ、話を聞いた限りでは同盟を締結する方向へと転がすだけの材料には不足しているとしか思えない、何か独自の技術やワシントンに匹敵する様なものが無いのであれば旗色は圧倒的に大和の不利だというのは明らかだった。
「……どうも面白くないですね。行けという命令ならばそれを受ければ当然従いますが、こんな一方的なパワーゲームは些かアンフェアじゃありませんか、彼等にもチャンスをやるべきでしょう。例えば我が国で使用している散弾銃と弾薬を与えて複製したり改良したりする能力が有るか見極めるとか、他には我々には無い方法で燃料を製造する技術を持っているとか、そういう事が有れば我が国と対等な同盟関係を結ぶだけの国力は有る、そうは言えませんかね?」
 薄汚い事をし尽くして生きて来た人生、今更聖人君子振る気は毛頭無いが、それでもこちらの都合だけを一方的に押し付けるという構図は好きではない。大和の国力はワシントンよりもかなり遅れていて且つ低いだろう、初めから結果の決まっている観察を続けるのも馬鹿馬鹿しい、それならばこちらから何等かの要素を放り込んで彼等がそれをどう扱うのか位は見ても良い筈だ。
「……ふむ……一理は有るな、現状では結果は決まっている様なものだし、そうなれば急進派が、特にマクマーンが益々勢いづく、それも面白くない。よし、早速その方向で話を纏めてみよう」
「お願いします、その方が我々も遥々太平洋を越えて極東の島国に行く意味が有ります」
 この流れはウォルコットも想定していたのだろう、スムーズに話し合いが進み、その後は三人でコーヒーを飲みつつ世間話に花を咲かせる。
「しかし大佐、お前はもう少し女性らしくした方が良い、こんなに頼もしい良い夫がいるのに立場がまるで逆じゃないか、なぁ、少佐」
「そう言って頂けると嬉しいですね、妻としても上官としても持て余す事が多々有りまして。有能な上官であり良い妻だという事は間違いは無いんですが、もう少しだけで良いので強気にガツガツ出るのを自重してもらえれば私も気が休まるんですが」
「どうだ、それなら私付きにならんか、激務ではあるが精神的には随分と楽になるぞ」
 タカコの激しい気性はお互いによく知っている、これの下に付きしかも連れ添うとは相当に大変だろう、ウォルコットがそう言えば、タカユキは穏やかに微笑みつつ頭を振ってそれを否定した。
「いえ、お気持ちだけ頂いておきます。私は彼女以外を支える気は有りません」
「こいつ、即答で断ったな、そんなに良い上官か」
「ええ、私にとっては最高の上官であり指揮官です。勿論、妻としても最高の女性ですよ」
「ストレートに言うな、どうだ、大佐、こんなに良い夫であり腹心をあまり困らせるなよ」
 タカユキの恥ずかしがる様子等微塵も無い物言いに居心地悪そうに押し黙り、それを誤魔化す様にコーヒーを啜るタカコ、ウォルコットはそんな彼女の様子を見て愉快そうに声を放って笑う。
「最強最精鋭を誇る特殊部隊の司令官が赤面して恥ずかしがるとは実に愉快だな、お前をやり込めようと思ったら褒め倒すのが一番だ」
「いやもうマジで勘弁して下さい、そろそろ失礼します」
 段々と居た堪れなくなって来たのか一気にコーヒーを飲み干して立ち上がるタカコ、ウォルコットへ敬礼をして足早に部屋を出た。
「タカコさん、顔真っ赤」
「うるせぇ、熱々のマカロニチーズぶつけんぞクソが」
「本当に可愛いなぁ」
 もういい加減にしろと振り返りタカユキへと拳を振り上げれば、腕を掴まれて簡単に往なされ、そのまま直ぐ脇に有った階段室へとタカユキは入って行く。
「お前な、いい加減に――」
「もう黙って」
 抗議の言葉は口付けに飲み込まれ、直ぐに割って入って来た舌が口腔内を優しく侵す。逃げても逃げても追って来る舌、片腕で抱き締められもう片方の掌が耳朶や首筋を擽り、それに思わず喉の奥で啼けば愛撫は更に激しくなって行く。それが漸くと終わったのは数分後、涙目になって頬を上気させて肩で息をする腕の中の妻、その最愛の存在を見下ろし優しく微笑みながら、タカユキは彼女の額へと一つ口付けを落とした。
「……凄い可愛いよ……そういう顔、俺以外には見せないでね?」
「……見せねぇよ、馬鹿」
 深夜の階段室、僅かに響くその会話は誰にも聞かれる事は無く、空気へと溶けて行った。
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