大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
99 / 101

第98章『統合参謀本部―JCS―』

しおりを挟む
第98章『統合参謀本部―JCS―』

 ――ワシントン合衆国、首都バージニア・アーリントン特別行政区――

 時間は深夜に近い頃合い、国防総省の建物、五角形の形からペンタゴンと称されるその内部の廊下。静まり返ったそこを、タカコが真っ直ぐに前を見てヒールの音をカツカツと響かせて歩いていた。髪は夜会巻きに纏め上げ、深い緑のジャケットに金の四つ釦、その下は青味掛かったシャツと濃紺のネクタイ、下半身はジャケットと同色の膝丈のタイトスカートに黒のパンプスという出で立ち。小脇に軍帽を抱え、エポレットには大佐官である事を示す矢の束を足で掴んだ鷲の紋章が輝き、背後には同じ様な軍服を身に纏い軍帽を彼女と同じ様に抱えた夫が少佐の階級章を身に付け、黙したまま付き従う。
「全く……形式上は下野した事になってるってのにこうしょっちゅう呼び出されたんじゃ意味が無いな、ウォルコットの爺さんも何を考えているんだか」
「まぁまぁ、軍の要請は最優先にって条件で色々と融通してもらってるんだから、受ける受けないはともかくとして話だけは聞いておかないとね?だいたいさ、退官させられるって話になってのたは俺だけだったんだからタカコさんは残ってても構わなかったんだよ?Providenceの創設なんてあんたを引き止める為でもあったんだし」
「阿呆抜かせ、お前の手綱取りが無きゃ私なんかとうに死んでるわ。お前が残るのなら私も残る、辞めるなら私も辞める、それを違える事は無い。何度も言っただろ」
「そう思ってくれて嬉しいんだけどね、それならもう少し自重して欲しいなぁ、俺としては」
「Bite me.」
「はいはい、下品な言葉使わないの、それともガチで何処か噛んで欲しいわけ?俺、惚れた女にそんな事する趣味無いんだけど」
「...Shut the fuck up.」
「可愛いなぁ、照れちゃって。俺、あんたのそういうところ大好き」
「……マジでもう黙れ、殺すぞ?」
「はいはい……さ、着いた」
 二人が立ち止まったのはペンタゴン内の統合参謀本部エリアの一室の前、二人共姿勢を正し部屋のドアをノックする。ドアを開けたのは陸軍の軍服を纏った少佐官、その彼の
「お待ちしておりました、中へどうぞ」
 という言葉に従い揃ってタカコが先に入室しタカユキがその後へと続いた。
「ウォルコット大将、タカコ・シミズ大佐、参りました」
「ああ、楽にしてくれ。悪かったな、急に呼び出して」
 中にいたのは陸軍大将であるフランシス・ウォルコット、その彼に背後の夫と揃って姿勢を正し挙手敬礼をすれば、鋭い眼差しが僅かに細められ、穏やかな声音でそう言われる。
「本当ですよ、我々は形式上は民間の協力企業ですよ、それをこう頻繁に呼び出されては意味が無いでしょう」
「いつも手厳しいな、少佐、こんな奥方じゃ口論するのも大変だろう」
「そうですね、勝てないと分かっているので最初からしませんよ、にこにこ笑って受け入れるのが一番です」
「夫婦が長続きする秘訣だな」
「全く以てその通りです」
 男同士の会話にタカコが若干居心地の悪そうな顔をして
「大将、尻に敷かれた男同士の会話に私は必要なんですかね?何か任務のお話でも有ったのでは?」
 とそう言えば、それに双眸に鋭さを戻したウォルコットが部屋付きの少佐にコーヒーを淹れる様に言い付け、その後タカコ達へと応接セットのソファへの着席を促した。二人がそれに従い腰を下ろせば自身はその向かい側へと座り、コーヒーが出されるのを待って部屋付きに退室と人払いを促し、彼がドアの向こうへと消えて行くのを待ってゆっくりと口を開く。
「極東の旧日本国、そこに現存する大和という国家のコーストガードが太平洋を漂流しているところを発見し、我が国の海軍がそれを保護した、その話は既に聞いているな?」
「はい、極東に国家が現存していたとはと驚いた覚えが有ります。何せユーラシア大陸に張り付く様な位置関係でしたし、前時代を滅ぼした災厄を生き延びたとしてもとうにアンデッドに滅ぼされたとばかり」
「その彼等から大和の現状を聞いたところ、アンデッドはカツガイと呼ばれているそうだ。朝鮮半島との間の海底が隆起し九州というところと繋がり大陸と地続きになっているらしいが、そこを最前線としてアンデッドとの戦いを繰り広げているらしい。銃は存在するが活用は出来ていない様でな、カタナを使ってダイレクトにアンデッドの首を落とす戦法をとっているらしい」
「カタナって……サムライソードですか、歴史書で見た事は有りますがそれはまた何とも……それで、そのサムライ達と我々に何か関わりが?」
 極東に国家が残っていた事は確かに驚きではあったが、それを今更こうやって改めて話すとは、先が薄々読めつつも一応はと尋ねてみれば、返って来たのはタカコが予想した通りのものだった。
「アラスカ戦線は南北5000kmにも及んでいる、戦線を維持するには長過ぎるし冬季はアンデッドの侵攻は無いがこちらも氷と雪に阻まれて駒を先に進める事も出来ん、不凍の回廊地帯、その確保は長年の悲願だという事はお前も理解しているな、大佐」
「はい、それは勿論」
「日本海の回廊地帯は東西に最大で300km程度、アラスカ大回廊の僅か15分の1、狭いところは20km程度だそうだ。しかも気候はアラスカとは比べ物にならない程に温暖で年間を通して凍結する事は無い」
「……大和に我が軍を侵攻させ統治下に置くという事ですか」
「その通りだ、カタナ頼りの戦い方が主戦法ならば制圧する事は簡単だろう」
 やはり、タカコはそう思いながら小さく溜息を吐く。自分達の部隊が一年の内の多くを過ごす南方戦線も同じ様なもの、お互いがお互いを統治下に置こうとして一進一退の戦いを続け、長年多くの犠牲を出し続けている。
 ただ、統合参謀本部の面々の中で一番の穏健派と言われるウォルコットが安直にそんな結論に至るとも思えない、それをそのまま口にすれば、目の前の彼は目を細めて微笑むとゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「……お前達Providence、その隊員の中で東洋系を集めて大和国内に潜入してもらいたい。1000日間の観察期間を置き、大和国と我々が同盟を組んだ方が双方の為なのかそれとも制圧し統治下に置くべきなのか、それを見極めて欲しい。1000日の観察期間の後、同盟を組む価値無しと判断すれば正規軍が侵攻する」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

処理中です...