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第97章『調整』
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第97章『調整』
散弾銃と弾薬の到着から半日が経過し、タカコは割り当てられた部屋に篭もりそこから一歩も出る事無く銃の調整を続けていた。敦賀もどうしても外せない仕事で部屋を出る以外は同じ室内でタカコの監視を続け、視線は常に手元の書類かタカコの手元へと向けられている。
「おう、どうだ、様子は」
そこに入って来たのは高根と黒川の二人、高根は試射の準備や他の仕事でも忙しいのか敦賀から軽く報告を聞いた後は
「そうか、分かった。何としてでも間に合わせろ」
と、それだけ言って再び部屋を出て行き、室内には敦賀と黒川、そしてタカコだけが残される。
「……朝からずっとこうなのか」
「……飯も食わねぇよ、完全に没頭してやがる」
お互いに相手に思うところ有りなのか突っ慳貪に言葉を交わし、視線はタカコへと向けお互いを見る事は無い。背中を丸めて床に座り込む彼女の隣に置かれた皿の上の握り飯と卵焼き、乾燥して固くなっているであろうそれを見て溜息を吐いた黒川が再度口を開く。
「お前等が散弾銃の開発と試射の成功に懸けてるのは分かってるが、それでもタカコに負担掛け過ぎじゃねぇのか?真吾もちょっと様子がおかしいだろ、成功さえすりゃタカコはどうでも良いみたいな感じじゃねぇか。何にしろちょっと休ませろよ」
確かにこの一連の流れに関して高根はタカコ個人の事を軽んじている事は敦賀も感じているし、その事を高根へと指摘してもいる。個人としても勿論の事作戦の上でもあまり酷使するのも考えものだとそう伝えはしたものの、それでも成功に懸ける高根の気持ちは分かるし、その為に敢えて冷徹に徹する事も必要なのだという事も理解していた。
黒川も所属は違えど高根と似た様な立場、そんな事も分からないわけではなかろうにと舌打ちをして敦賀は言葉を返す。
「何だ、散々連れ出して独り占めして好きにしておいてあの馬鹿女の事何も理解してねぇのか。あいつがやりてぇって言うからやらせてるんだよ、無理に休ませてみろ、頭と胴体が永久に離れ離れになるぞ。嘘だと思うなら止めねぇからやってみろ、うぜぇのが一人片付くから丁度良い」
海兵隊や高根の都合や思惑だけでなく、タカコ自身が進んでこの作業に没頭している、重圧が掛かれば掛かる程楽しいと獰猛な笑みを浮かべてそう言っていた彼女を思い出せば、何をどう言ってもどうしても従う事は無いだろう事が窺えた。
黒川にしてみればタカコの身を案じての発言をばっさりと切り捨てられ、その上敦賀から如何にも『俺の方が彼女の事をよく知っている』といった風の物言いをされれば、いつも穏やかな彼にしても流石に不愉快になるのか、珍しく真正面から敦賀の言葉に乗って来る。
「独り占めって言ったか青二才、てめぇがグジグジしてるから俺が先に動いただけの話じゃねぇか、それを横から手出ししてるのがお前だって自覚無ぇのか」
「あぁ?付き合いが長ぇのは俺の方だろうが、てめぇこそそれを空気も読まずに自分の調子でやりやがって引っ掻き回してる自覚無ぇのか」
瞬く間に一触即発状態になる二人、お互いに帯刀はしていないものの壁に寄り掛かっていた姿勢を正しお互いに正対し拳を作り、両足はいつでも動ける様に緩く開く。
仕事とは全く関わりの無い極々個人的な言い争い、殺気を強め続けるそれを一瞬にして消し去ったのはタカコの手から放たれた一振りのナイフ、その鋭い刃だった。
「ほう……准将相手にやるのか曹長さんよ」
「……てめぇこそ鈍らな腕の陸のお偉いさんが現役の海兵に敵うとでも思ってんのか」
「……何だと?だったら――」
黒川が言葉を続けようとした瞬間、二人の間に何かが空気を斬り裂いて飛び込んで来て硬い音を立てて壁へと突き刺さる。反射的に飛び退って身を引いた二人が見た物は壁に突き刺さったタカコのナイフ、どういうつもりだと放ったであろう人間を見れば、一旦調整の手を止めナイフを放ったタカコの、怒りを湛えた冷たい面差しがこちらへと向けられている事に気が付いた。
「……うるせぇよ……繊細な作業やってる後ろでクソくだらねぇ事でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねぇ……殺すぞ」
低く冷たく、そして硬い声音、神経を極限迄集中させる程の繊細な作業をしているというのにその背後で男女の仲の諍いを聞かされては堪ったものではないのだろう。これはこれ以上怒らせれば休む事を強制させる迄も無く頭と胴体が離れ離れになる、漸くとそう察した男二人が押し黙るのを確認し、一つ大きく舌打ちをするとタカコは背後へと捻っていた上半身を戻し手元へと全神経を再度集中させて行く。
分解、整備、再組み立て、その流れの全てに引っ掛かりが無いか、部品の全てに瑕疵が無いか、口径は弾薬と銃口で一致しているか。その全てを一つ一つチェックし繰り返すタカコの脳裏に数年前の出来事がぼんやりと浮かんで来る。あの時にはまさかここ迄関わるとは思ってもみなかったが、そう思いつつ、タカコはその記憶の中へと意識を飛ばして行った。
そう、『あの日』に全てが動き出した、今自分を取り巻く全ては、あの日にもう決まっていたのかも知れない。
散弾銃と弾薬の到着から半日が経過し、タカコは割り当てられた部屋に篭もりそこから一歩も出る事無く銃の調整を続けていた。敦賀もどうしても外せない仕事で部屋を出る以外は同じ室内でタカコの監視を続け、視線は常に手元の書類かタカコの手元へと向けられている。
「おう、どうだ、様子は」
そこに入って来たのは高根と黒川の二人、高根は試射の準備や他の仕事でも忙しいのか敦賀から軽く報告を聞いた後は
「そうか、分かった。何としてでも間に合わせろ」
と、それだけ言って再び部屋を出て行き、室内には敦賀と黒川、そしてタカコだけが残される。
「……朝からずっとこうなのか」
「……飯も食わねぇよ、完全に没頭してやがる」
お互いに相手に思うところ有りなのか突っ慳貪に言葉を交わし、視線はタカコへと向けお互いを見る事は無い。背中を丸めて床に座り込む彼女の隣に置かれた皿の上の握り飯と卵焼き、乾燥して固くなっているであろうそれを見て溜息を吐いた黒川が再度口を開く。
「お前等が散弾銃の開発と試射の成功に懸けてるのは分かってるが、それでもタカコに負担掛け過ぎじゃねぇのか?真吾もちょっと様子がおかしいだろ、成功さえすりゃタカコはどうでも良いみたいな感じじゃねぇか。何にしろちょっと休ませろよ」
確かにこの一連の流れに関して高根はタカコ個人の事を軽んじている事は敦賀も感じているし、その事を高根へと指摘してもいる。個人としても勿論の事作戦の上でもあまり酷使するのも考えものだとそう伝えはしたものの、それでも成功に懸ける高根の気持ちは分かるし、その為に敢えて冷徹に徹する事も必要なのだという事も理解していた。
黒川も所属は違えど高根と似た様な立場、そんな事も分からないわけではなかろうにと舌打ちをして敦賀は言葉を返す。
「何だ、散々連れ出して独り占めして好きにしておいてあの馬鹿女の事何も理解してねぇのか。あいつがやりてぇって言うからやらせてるんだよ、無理に休ませてみろ、頭と胴体が永久に離れ離れになるぞ。嘘だと思うなら止めねぇからやってみろ、うぜぇのが一人片付くから丁度良い」
海兵隊や高根の都合や思惑だけでなく、タカコ自身が進んでこの作業に没頭している、重圧が掛かれば掛かる程楽しいと獰猛な笑みを浮かべてそう言っていた彼女を思い出せば、何をどう言ってもどうしても従う事は無いだろう事が窺えた。
黒川にしてみればタカコの身を案じての発言をばっさりと切り捨てられ、その上敦賀から如何にも『俺の方が彼女の事をよく知っている』といった風の物言いをされれば、いつも穏やかな彼にしても流石に不愉快になるのか、珍しく真正面から敦賀の言葉に乗って来る。
「独り占めって言ったか青二才、てめぇがグジグジしてるから俺が先に動いただけの話じゃねぇか、それを横から手出ししてるのがお前だって自覚無ぇのか」
「あぁ?付き合いが長ぇのは俺の方だろうが、てめぇこそそれを空気も読まずに自分の調子でやりやがって引っ掻き回してる自覚無ぇのか」
瞬く間に一触即発状態になる二人、お互いに帯刀はしていないものの壁に寄り掛かっていた姿勢を正しお互いに正対し拳を作り、両足はいつでも動ける様に緩く開く。
仕事とは全く関わりの無い極々個人的な言い争い、殺気を強め続けるそれを一瞬にして消し去ったのはタカコの手から放たれた一振りのナイフ、その鋭い刃だった。
「ほう……准将相手にやるのか曹長さんよ」
「……てめぇこそ鈍らな腕の陸のお偉いさんが現役の海兵に敵うとでも思ってんのか」
「……何だと?だったら――」
黒川が言葉を続けようとした瞬間、二人の間に何かが空気を斬り裂いて飛び込んで来て硬い音を立てて壁へと突き刺さる。反射的に飛び退って身を引いた二人が見た物は壁に突き刺さったタカコのナイフ、どういうつもりだと放ったであろう人間を見れば、一旦調整の手を止めナイフを放ったタカコの、怒りを湛えた冷たい面差しがこちらへと向けられている事に気が付いた。
「……うるせぇよ……繊細な作業やってる後ろでクソくだらねぇ事でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねぇ……殺すぞ」
低く冷たく、そして硬い声音、神経を極限迄集中させる程の繊細な作業をしているというのにその背後で男女の仲の諍いを聞かされては堪ったものではないのだろう。これはこれ以上怒らせれば休む事を強制させる迄も無く頭と胴体が離れ離れになる、漸くとそう察した男二人が押し黙るのを確認し、一つ大きく舌打ちをするとタカコは背後へと捻っていた上半身を戻し手元へと全神経を再度集中させて行く。
分解、整備、再組み立て、その流れの全てに引っ掛かりが無いか、部品の全てに瑕疵が無いか、口径は弾薬と銃口で一致しているか。その全てを一つ一つチェックし繰り返すタカコの脳裏に数年前の出来事がぼんやりと浮かんで来る。あの時にはまさかここ迄関わるとは思ってもみなかったが、そう思いつつ、タカコはその記憶の中へと意識を飛ばして行った。
そう、『あの日』に全てが動き出した、今自分を取り巻く全ては、あの日にもう決まっていたのかも知れない。
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