大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第96章『前夜』

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第96章『前夜』

「試射は三日後だ。その後調整と試射を繰り返し次の出撃で実地での試験を行う。そのつもりで調整をしてくれ。工廠に発注している散弾銃二十丁と弾薬は明日早朝には到着する、届いたらそれの調整で寝る間も無い程に忙しくなる、そのつもりでいてくれ」
 夕方の総司令執務室、自分の席で夕焼けを背に淡々とそう告げる高根と、その前に立ち黙って聞いているタカコと敦賀の姿。敦賀の言った通り今日中に話が有った、調整の時間は正味四十八時間、実戦配備も見据えての二十丁、その全ての調整となれば確かに寝る間も無いなと少々憂鬱になる。
 それでもそれが自分に求められている役割、きっちりこなしてやるさと了解の返事を返し、今日はもう夕食を摂って早めに休むと告げて執務室を出た。
 事が大きく動き出す、自分の調整と試射の結果如何によっては海兵隊の隊員達は死の危険から大きく遠ざかる事が出来る様になる、失敗は許されない。
 もし良い方向に話が転んだとすれば自分の心の重荷を下ろす事も出来るかも知れない、この地で生きる事は出来なくとも、彼等が苦しむ事無く生きていられるのだと、そう思う事が出来る様になるかも知れない。
「……ま、やってみないと分からんか、そればっかりは」
 その事を今考えても仕方が無い、その時になってから考えれば良いさと自らに言い聞かせて食堂へと歩みを向ける。
 食事の時も殆ど敦賀と一緒で、そこに福井や三宅が加わるのが常だった、彼等の死からまだ二週間も経っていない、一人の食事にはまだまだ慣れないなと微かに口元を歪めて配膳台から食事を受け取り適当な席に腰を下ろせば、その直後真横に盆が置かれて誰かが腰を下ろす。
 他にも席は有るのに誰だ、そう思ってそちらへと顔を向ければそこには北見の姿、にかっと笑って
「隣、良いよな?」
 と言ってさっさと食べ始める彼に呆気にとられはしたものの、一人よりは余程良いかとタカコも彼へと笑みを返した。
「珍しいじゃん、陽平が寄って来るなんて」
「いや、普段はいっつも先任と一緒にいるだろ、そこに突っ込む度胸は無ぇよ俺」
「まぁ……確かにねぇ」
「おっかねぇもんなぁ、先任」
 北見とは彼が突撃隊に異動して初めての出撃で負傷し、タカコがそれを庇って以来、時折言葉を交わす仲になった。彼の言う通りタカコの横には常に敦賀の姿が有る所為でそう頻繁な関わりではないのだが、それでも彼の気さくな人柄とは相性が良いらしく、こうして言葉を交わすのは嫌な事ではない。
 話題は仕事に関わる事は多くはなく、中洲の何処の店や屋台が美味いとか安いとか、これを食べるなら飲むなら何処が良いとか、誰のどの本が面白いとか、そんな瑣末な事ばかり。機密に直接触れる様な事は小隊長以上の人間でなければまず無いから、彼から聞かれる事も聞かされる事も無い、彼が実力と実績を積み重ねて小隊長にでもなれば関係もまた変化するのだろうが、今のこの気楽さが何とも言えず心地良い。
 食事をしながらの雑談、それを終えて食器を洗い場へと戻し北見と別れ一度自室へと戻り着替えをとって風呂に入る。それを終えればまた自室へと戻り、今度はそのまま寝台へと仰向けに寝転がった。
 到着は早朝と言っていたから寝るのも早い方が良いだろう、自分へと戻された拳銃の手入れは村正と同じく欠かしてはいないが今回は散弾銃、それも自分の愛用の物ではないこの大和国内で生産された複製品が二十丁も有るのだ、遠ざかっていた上に慣れないものともなれば神経の消耗具合は半端ではないだろう。
 布団を被れば疲れも有るのか睡魔が直ぐに忍び寄って来る、昨日の日中も一昨日の夜も身体を酷使した。昨日の夜は敦賀に抱き締められて眠っただけで何も無かったが、それでも一晩休んだ程度で回復しきるものでもない様だ。
 黒川は本当に大した体力だ、若い頃はさぞかし凄かったのだろうと昨夜彼へとぶつけた言葉を思い出しながら、タカコは段々と眠りへと落ちて行った。
 次に彼女が目を覚ましたのは薄闇の中、月明かりが窓から入る中寝台が沈む感覚に起こされて目を開ければ、嗅ぎ慣れた匂いを纏った大きな身体が隣に横たわり、そのまま身体を抱き締めて来る。
「……敦賀……お前の部屋は隣だろうがよ……何で最近こっちでしか寝ねぇんだよ……」
「そんなもん俺の勝手だろうが、明日は早ぇぞ、さっさと寝ろ」
「いや寝てたし。お前が入って来たから起こされだけだし」
「そうか、寝ろ」
「……なんて横暴なんだ……」
 そう零しながら、抱き締められる感触に彼の背中へと腕を回せば額に口付けられ頭を撫でられ、その感触に身体を摺り寄せれば更に深く抱き締められる。その暖かさの中で双眸を閉じ、再び訪れた眠気の中に落ちていく迄の暫くの間、その心地良さを楽しんでいた。
 その次に目が覚めたのは早朝、工廠からのトラックが到着したと敦賀に揺り起こされ、身体を起こし床へ置いた靴に足を突っ込めばその時点でもう頭も目も冴え渡り、意識は完全に切り替わっていた。
 始まる、自分の為に、そして彼等の為に失敗するわけにはいかない、全力を尽くし、調整から実戦での試験迄を成功裏に終わらせなければ。
「どうした、馬鹿女」
「……いや、何でもないよ、行こう」
 口元に笑みが浮かんでいたのだろう、敦賀が顔を見て訝し気に尋ねて来る。重圧が掛かれば掛かる程楽しいのだと、双肩に乗る責任と命の数が重く多い程楽しいのだと、そう言えば彼は理解出来るのだろうか、ふと、そんな事を考えつつ、タカコは立ち上がり歩き出した。
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