大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
97 / 101

第96章『前夜』

しおりを挟む
第96章『前夜』

「試射は三日後だ。その後調整と試射を繰り返し次の出撃で実地での試験を行う。そのつもりで調整をしてくれ。工廠に発注している散弾銃二十丁と弾薬は明日早朝には到着する、届いたらそれの調整で寝る間も無い程に忙しくなる、そのつもりでいてくれ」
 夕方の総司令執務室、自分の席で夕焼けを背に淡々とそう告げる高根と、その前に立ち黙って聞いているタカコと敦賀の姿。敦賀の言った通り今日中に話が有った、調整の時間は正味四十八時間、実戦配備も見据えての二十丁、その全ての調整となれば確かに寝る間も無いなと少々憂鬱になる。
 それでもそれが自分に求められている役割、きっちりこなしてやるさと了解の返事を返し、今日はもう夕食を摂って早めに休むと告げて執務室を出た。
 事が大きく動き出す、自分の調整と試射の結果如何によっては海兵隊の隊員達は死の危険から大きく遠ざかる事が出来る様になる、失敗は許されない。
 もし良い方向に話が転んだとすれば自分の心の重荷を下ろす事も出来るかも知れない、この地で生きる事は出来なくとも、彼等が苦しむ事無く生きていられるのだと、そう思う事が出来る様になるかも知れない。
「……ま、やってみないと分からんか、そればっかりは」
 その事を今考えても仕方が無い、その時になってから考えれば良いさと自らに言い聞かせて食堂へと歩みを向ける。
 食事の時も殆ど敦賀と一緒で、そこに福井や三宅が加わるのが常だった、彼等の死からまだ二週間も経っていない、一人の食事にはまだまだ慣れないなと微かに口元を歪めて配膳台から食事を受け取り適当な席に腰を下ろせば、その直後真横に盆が置かれて誰かが腰を下ろす。
 他にも席は有るのに誰だ、そう思ってそちらへと顔を向ければそこには北見の姿、にかっと笑って
「隣、良いよな?」
 と言ってさっさと食べ始める彼に呆気にとられはしたものの、一人よりは余程良いかとタカコも彼へと笑みを返した。
「珍しいじゃん、陽平が寄って来るなんて」
「いや、普段はいっつも先任と一緒にいるだろ、そこに突っ込む度胸は無ぇよ俺」
「まぁ……確かにねぇ」
「おっかねぇもんなぁ、先任」
 北見とは彼が突撃隊に異動して初めての出撃で負傷し、タカコがそれを庇って以来、時折言葉を交わす仲になった。彼の言う通りタカコの横には常に敦賀の姿が有る所為でそう頻繁な関わりではないのだが、それでも彼の気さくな人柄とは相性が良いらしく、こうして言葉を交わすのは嫌な事ではない。
 話題は仕事に関わる事は多くはなく、中洲の何処の店や屋台が美味いとか安いとか、これを食べるなら飲むなら何処が良いとか、誰のどの本が面白いとか、そんな瑣末な事ばかり。機密に直接触れる様な事は小隊長以上の人間でなければまず無いから、彼から聞かれる事も聞かされる事も無い、彼が実力と実績を積み重ねて小隊長にでもなれば関係もまた変化するのだろうが、今のこの気楽さが何とも言えず心地良い。
 食事をしながらの雑談、それを終えて食器を洗い場へと戻し北見と別れ一度自室へと戻り着替えをとって風呂に入る。それを終えればまた自室へと戻り、今度はそのまま寝台へと仰向けに寝転がった。
 到着は早朝と言っていたから寝るのも早い方が良いだろう、自分へと戻された拳銃の手入れは村正と同じく欠かしてはいないが今回は散弾銃、それも自分の愛用の物ではないこの大和国内で生産された複製品が二十丁も有るのだ、遠ざかっていた上に慣れないものともなれば神経の消耗具合は半端ではないだろう。
 布団を被れば疲れも有るのか睡魔が直ぐに忍び寄って来る、昨日の日中も一昨日の夜も身体を酷使した。昨日の夜は敦賀に抱き締められて眠っただけで何も無かったが、それでも一晩休んだ程度で回復しきるものでもない様だ。
 黒川は本当に大した体力だ、若い頃はさぞかし凄かったのだろうと昨夜彼へとぶつけた言葉を思い出しながら、タカコは段々と眠りへと落ちて行った。
 次に彼女が目を覚ましたのは薄闇の中、月明かりが窓から入る中寝台が沈む感覚に起こされて目を開ければ、嗅ぎ慣れた匂いを纏った大きな身体が隣に横たわり、そのまま身体を抱き締めて来る。
「……敦賀……お前の部屋は隣だろうがよ……何で最近こっちでしか寝ねぇんだよ……」
「そんなもん俺の勝手だろうが、明日は早ぇぞ、さっさと寝ろ」
「いや寝てたし。お前が入って来たから起こされだけだし」
「そうか、寝ろ」
「……なんて横暴なんだ……」
 そう零しながら、抱き締められる感触に彼の背中へと腕を回せば額に口付けられ頭を撫でられ、その感触に身体を摺り寄せれば更に深く抱き締められる。その暖かさの中で双眸を閉じ、再び訪れた眠気の中に落ちていく迄の暫くの間、その心地良さを楽しんでいた。
 その次に目が覚めたのは早朝、工廠からのトラックが到着したと敦賀に揺り起こされ、身体を起こし床へ置いた靴に足を突っ込めばその時点でもう頭も目も冴え渡り、意識は完全に切り替わっていた。
 始まる、自分の為に、そして彼等の為に失敗するわけにはいかない、全力を尽くし、調整から実戦での試験迄を成功裏に終わらせなければ。
「どうした、馬鹿女」
「……いや、何でもないよ、行こう」
 口元に笑みが浮かんでいたのだろう、敦賀が顔を見て訝し気に尋ねて来る。重圧が掛かれば掛かる程楽しいのだと、双肩に乗る責任と命の数が重く多い程楽しいのだと、そう言えば彼は理解出来るのだろうか、ふと、そんな事を考えつつ、タカコは立ち上がり歩き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【短編】記憶を失っていても

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。  そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。  これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。 ※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...