大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第95章『錯綜』

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第95章『錯綜』

 翌朝の墓地、国立海兵隊墓地の催事広場の長椅子の一つに腰掛けるタカコ、以前と同じ様に近くの茂みには人の気配が二つ、自らが放った斥候二人から報告を受けていた。
『近々行われる試射ですが、陸軍の博多と太宰府、両方が警戒を強めています。今迄は陸軍の博多射撃場を借りていたので自分達も情報を得られるという事で然程大きな動きは有りませんでしたが、海兵隊基地内に自前の射撃場が完成ともなれば自分達は蚊帳の外になりますから』
『そうか……西方総監と博多の司令の動きは?』
『は、博多の佐竹司令に関しましては苛立ちが隠せない様で、周囲に当たり散らしている姿を複数が目撃しています。黒川総監に関してはどうも海兵隊の高根総司令から話が行っているのか全く動きが有りません』
『……恐らくな、昨日も二人で話す時間を持っていたが、内容はその事や今後に関してだろう。斥候に関しては?』
『申し訳有りません、そちらはまだ何とも』
『いや、良い。海兵隊の方はどうなってる』
『は、斥候の目星はこちらもまだ付いておりませんが、妙な動きを察知しました。工廠に『弾薬と銃が到着するのはいつになるのか』という電話での問い合わせが海兵隊本部から有った様ですが、その時に名乗った名前や階級に該当する人間は存在しない事が分かりました、二十代から三十代の男の声だったとしか工廠の方も分からない様です』
『在籍している隊員の八割が該当者か』
『はい。絞り込むにも広過ぎて不可能かと。ただ、問い合わせは海兵隊本部内からの発信で間違いは無い様子です、試射に合わせて他勢力の斥候が何等かの動きに出る事は間違い無いかと。ボスの方にも接触が有るかも知れません、十二分に御留意下さい』
 それでか、と、タカコは昨夜の出来事を思い出しながら得心する。タカコの持ち込んだ銃の複製とその実験的配備が決定してから、海兵隊本部基地の敷地内に自前の射撃場の建設が決定され着工し、その完成と同時に数回目の射撃試験が行われる事になっている。詳しくはまだ聞いていないが高根からも敦賀からも、近々有るから心構えだけは、と、そう言われている。それだけの大きな動きともなればどの勢力も静観するのみとはいかないのは当然の事で、他勢力の斥候が動き出すのは自然な流れ。
 海兵隊はその主戦法から銃を手にする事は今迄殆ど無かったが、陸軍は暴徒の鎮圧や治安維持の名目で拳銃も小銃もそれなりの数を保持し定期的な訓練も行っている。その中で強力な発言力を持つ海兵隊迄もが銃を一定数保有するともなれば、陸軍が心穏やかではいられない事もまた当然の事だろう。
 試射を中心として事が大きく動き出しそうだ、そう思いつつ二人の斥候には今日はもう下がれと命じ、タカコはポケットから煙草を取り出して火を点けた。
 敦賀と高根からはまだ何の話も来ていない、内容が内容だ、おいそれと他勢力の人間である自分に話せる事ではないだろう。黒川も遅くとも昨日の二人の話し合いで聞いているだろうが自分へと話を持って来る事はまず無い筈だ。
 銃の配備、戦法の大きな転換、以前高根と敦賀に言った様に目先の戦術の話ではない、戦略に関わる事だ。大和人でもその国軍の軍人でもない自分に対して、彼等が簡単に話して良い事ではない。
 試射を起点として何かが起こる、それは確実だがどういう方向にどう動くのか、それは不明確なままだが段々と事の次第が見えて来た気がする。何故か自分へと執拗に関わって来る流れ、意図がはっきりしない攻撃や接触の数々、タカコにはその絡み付く様な不愉快な感覚に覚えが有った。
『……まさか……こんな所で迄関わる羽目になるとはな……』
 空を仰いで煙を吐き出しつつ吐き捨てる様に呟いた。実際のところは分からないがこれによく似たものを自分は知っている、他者を翻弄しそれに苦しむ様を見て喜ぶ、下衆の極みを。
 同一人物かは分からないがあんな屑がそうそういるとは思いたくない、どちらにしても気の重い事だと鼻で笑い、その先に思い浮かべるのは高根と黒川、そして敦賀の顔。
 どうやら一連の不気味な流れには自分が深く関わってしまっているらしい、だとすれば彼等は、大和はそれに巻き込まれてしまったという事だ、自分がこの地へと来なければきっとあんな出来事の数々は無かった筈、そう考えると何とも申し訳無い気持ちになってしまう。
 許してもらおうとは思っていない、寧ろ憎まれ抜いて姿を消した方が彼等の精神衛生上良いと分かってはいるものの、そこに自分の過去と因縁すら持ち込む事になるかも知れないとは流石に思わなかった。
「何やってんだてめぇ、遅いと思って見に来てみれば暢気に煙草なんぞ吸って寛いでやがって」
「……敦賀……ああ、すまんすまん。色々と想い出に浸っていてな」
「……とにかく、もう戻るぞ、飯の時間だ」
 考え込んでいたところに現れたのは若干不機嫌な面持ちの敦賀、一度は部下達の墳墓の方迄探しに行ったのか、苛立ちを含んだ声音でそう言ってタカコの腕を掴み立ち上がらせ、もう片方の掌で彼女の頭を軽く叩いた。
「なぁ、敦賀」
「……何だ」
「自前の射撃場での試射、いつになったか決まったか?」
「決まってるが、それは俺から話す事じゃねぇな。仕事の話だ、真吾から今日にでも話が有るだろうよ」
「そっか、了解」
 歩き出す前に靴底で火を消して吸殻をポケットに入れながら尋ねれば、返って来たのは想像した通りの言葉。今日高根から話が有るのだとすれば、恐らくは一週間以内に実施されるのだろう。
 その前後二週間は最大の警戒を、必ず何かが起こる、恐らく、とても良くない事が。
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