大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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第94章『接触』

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第94章『接触』

「……で?確かに日付はまだ変わっちゃいねぇが今何時だと思ってんだ?」
「ニーニーヨンハチ」
「時間を聞いてるわけじゃねぇ!遅過ぎるって言ってんだこの種馬が!」
「おい真吾よ、昔の話こいつの前で持ち出すんじゃねぇよ、誤解されたらどう責任取るつもりだてめぇ」
「大丈夫だよタツさん、私誤解なんかしてないから」
「そうか?」
「うん、だって、今よりも盛ってた若い頃はさぞかし派手にやってた屑だったんだろうなって身を以て体験したから!誤解なんかこれっぱかしもしてないよ!」
「ほら見ろ!真吾、てめぇの所為だぞこれ」
「てめぇが手加減しねぇからだろうが!俺の所為にしてんじゃねぇよ」
 夜の海兵隊総司令執務室、呆れと怒りを同居させた様な面持ちと口調の高根の前にタカコと黒川の二人が立ち、高根と黒川の二人がちょっとした言い争いを繰り広げていた。
「あー、もう良い、タカコはもう戻れ。龍興、てめぇは付き合え、色々と分からせておく必要が有るな」
「えー、俺おっさんと二人でお話とかしたくねぇし」
「うるせぇよ、てめぇは俺より四つも年上の爺さんだろうが。とにかく、色々と話しておきたい事も有るんだよ」
「しょうがねぇなぁ、じゃ、タカコ、またな」
「うん、それじゃ二人共お休み」
 仕事の話でもするのだろう、そう判断して執務室を出るタカコ、風呂は黒川の家で入って来たしもうこのまま寝てしまおうと本部を出て営舎へと向かって歩き出す。
 色々と際どい部分も有ったが黒川との関係は現状維持のままいけるだろう、陸軍との関係を途切れさせたくはない、現状維持ならば彼の意識を自分に惹きつけておけるのだから悪化だけは避けなければ。取り敢えず黒川の方は当分何もせずに過ごせるだろう、敦賀の方を手厚く対応しておいた方が良さそうだ、そんな事を考えながら営舎の中に入り階段を昇り始めれば、二階と三階の間の踊り場で上から降りて来た人間と危うくぶつかりそうになった。
「っとぉ、ごめん」
「…………」
 上から見下ろす冷たい視線、動きの少ない表情。当直なのだろうか、こんな時間に未だに身につけている戦闘服の胸元には『片桐』の文字。
「…………!」
 斥候の疑いの掛かっている人間、それが突然に目の前に現れ自分を見下ろしている事にタカコの心に僅かに緊張が走る。今迄こうして接触を持たれた事は無かった、言葉を交わした事も無い、今のこの状況も単に鉢合わせになっただけ、そう考えつつ
「あはは、ごめんごめん、前見て歩かないとね」
 そう取り繕って歩みを進めようとすれば不意に腕を掴まれ、それで漸く彼女は自らを取り繕うのを止め、鋭い眼差しで片桐を見据えた。
「……何だ、何か用か」
 返事は無い、唯無言で見据えられているだけ。腕を掴む手に僅かに力が込められ、軽く振り解こうとしても放す様子は無い、何のつもりだ、タカコがそう思いながら再び口を開こうとした時、片桐の方が動き出す。
「お前等、何やってんだ?」
 タカコの頸に片桐の手が掛かりそうになった時、突然階下から上がって来た気配に声を掛けられた。それに反応して素早く離れて行く片桐の手と身体、それに安堵しつつタカコが振り返れば、こちらもまたこんな時間にも関わらず戦闘服を身につけたままの北見の姿が在った。
「あれ?陽平じゃん、何やってんのこんな時間に」
「俺?士官当直。先任にちょっと聞きたい事が有って今から部屋に……って、片桐、お前は何やってるんだ、お前も当直だろうが、さっさと戻れ」
 片桐の伍長と北見の中尉という階級の差は大きく、片桐は特に何か反抗する事も無く引き下がり、敬礼の後に二人の間を摺り抜けて階下へと降りて行く。一体何をするつもりだったのか、消えて行く片桐の背中を見送っていたタカコに、訝し気な面持ちの北見が話し掛ける。
「おい、どうかしたのか?片桐に何かされたのか?」
「いや……別に何も。ぶつかりそうになって、何か物凄いじとーっと見下ろされただけ。何か気に障ったのかな」
「なら良いけど……部屋に戻るのか?つーか、何処に行ってたんだお前、今日一日姿見なかったけど」
「んー、或る意味自分を鍛えてた……かな?」
「何だよそれ」
 さっぱり意味が分からないといった面持ちの北見に対して曖昧な笑みで実際を誤魔化し、揃って階段を登り始めた。
「あー、あれさ、悪かった」
「あれ?って何だっけ?何か有ったか?」
「いや……ほら、研究棟で。お前に掴み掛かったろ、俺。あの時は冷静じゃなくてよ、血が下がってから謝ろうとずっと思ってたんだけどさ、何か切っ掛け掴めなくて……遅くなったけど、悪かった、すまん」
 北見のその言葉を頼りに記憶を手繰れば、以前活骸の子供が人間の赤ん坊から活骸へと姿を変えた時、活骸は人間なのではと自分が発言した時に丁度後ろに居た北見に激昂され、彼に掴み掛かられた事を思い出す。すっかり忘れていた別に気にしていないし謝る必要は無いと笑えば、隣を歩く彼がほっとした様に笑ったのが見えて、タカコもそれに応じる様に微笑んだ。
「じゃ、お休み」
「うん、お休みー」
 敦賀の部屋の前で挨拶をして別れ、北見が敦賀の部屋の扉を叩くのを眺めながら自室へと入る。
「さーて……何がしたかったのかねぇ、片桐君は」
 今迄こちらへと関わって来る事は無かった、それが偶然なのかそれを装ってなのかは分からないが敢えてこちらへと接触して来たとなると、何処かで何かが大きく動くのかも知れない。近々斥候の報告を受ける、その内容を聞いて改めて判断するとしよう。今日はきっと北見との話を終えた敦賀がもう直ぐやって来る、彼の不機嫌をどう宥めるかを先ずは考えようか、そんな事を考えながら上着を脱ぎ、寝台へと身を投げた。
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