48 / 102
第448章『破滅』
しおりを挟む
第448章『破滅』
海の方から響いて来た砲声、ヨシユキはそれを聞きながら目を細め、口元を小さく歪めて笑う。
総司令の任に就いたフレッチャー、彼の登用をマクマーンに進言したのは自分だが、どうやらその目論見は上手く行ったらしい。マクマーンの狙いが漏れない道理は無かった、いつの時点かは不確かでもそれは必ず露呈し、彼の政敵であるウォルコットの命令の下、制圧艦隊が編成され派遣されて来るであろう事は最初から分かっていた。そうなった時、命令と規則に忠実に武装解除し降る人間ではなく、一縷の望みを懸けて反撃に出る、そんな野心的且つ短絡的な人間がこの計画には必要だった、それがフレッチャーだ。
万が一の事を考えて息の掛かった人間を各艦艇に送り込んでおいたが、今し方の砲撃がその彼等がフレッチャーを誘導する為に先んじたのか、それともフレッチャー自身の決断によるものなのかは不明だが、今となってはもうどうでもいい事だ。
もっと、もっと――、そんな事を考えながらここ数年間を生きて来た。求めていたのはタカコと、そして、欲望に憑りつかれた者達の破滅。タカコを掌中に取り戻す迄の暇潰しとして求めたそれは、ここ最近の間に大きな盛り上がりを見せている。身の丈に合わない程の多くを望まなければそれなりに充実した人生を送れたであろうマクマーンやフレッチャー、そしてその肚を知りつつも従った多くの士官達。その彼等の破滅がこの大和の地で今まさに結実しようとしている、自分の地位の為、政敵を潰す為、所属する組織の発言力の強化の為――、先程の砲声は、そんなくだらない事の為に自分という悪魔に魂を売り渡し甘い未来を夢想していた彼等の、人生そのものが崩壊する音だ、と、また口元を歪めて笑った。
タカコはどうしているだろうか、ふとそんな事を考える。無線を聞いている限りでは、昨夜の襲撃は大和海兵隊と共に持ち堪え、今朝方ホーネットが彼女達を発見しもう少しで確保出来ていたらしい。そこを侵攻艦隊に乗り込んでいたタカコ達の部下が空母からホーネットを奪い馳せ参じ撃墜し、彼女と合流した、そこ迄は確実に把握している。その後は後追いとの空中戦に発展している様子だが、彼女達を撃墜したという報告は未だ入らず、今尚持ち堪えている様子だ。逆に後追いのホーネットが一機撃墜されたという報告は入って来たから、余程の強運と胆力の持ち主だ、そう評するしか無いだろう。
手ずから育て上げた至高の芸術品、彼女が本国を離れた時点ではホーネットは試験運用の直前、恐らくは今回初めて機体へと乗り込んだに違い無いし、戦闘なぞ当然初体験の筈だ。それが撃ち落とされるどころか逆に撃墜して見せるとは、やはり自分のやって来た事、信じた事に間違いは無かったと思わずにはいられない。
さあ、この先は一体どんなものを見せて自分を喜ばせてくれるのか――、今迄にも何度も想った事を今また胸中で呟き、ヨシユキはゆっくりと空を仰いだ。
雲一つ無い良い天気だ、破滅の日によく似合う――、目を細めて穏やかに微笑みつつ視線を少しだけ下げれば、タカコ達が戦っているであろう山岳地帯の山々が目に入る。もう少しすれば戦いに決着が着くだろう、彼女の勝利という形で。そうして彼女はこちらへの方向へと、海兵隊基地へと帰って来る、大和の海兵達を乗せて。そして、その中には彼女が愛している男、大和海兵隊の最先任上級曹長もいるに違い無い。
『タカコ……お前は、どんな結末が見たい?』
穏やかな、優しい声音で彼女の名を呼ぶ。もう直ぐこの馬鹿気た戦いは終わりを迎える、制圧艦隊の勝利という形で。その時、タカコは敦賀を選ぶのか、それとも袂を別ち帰国を選ぶのか。
『どちらも……させる気は無いよ……お前は帰国を選ぶ前に、目の前で愛する男を再び喪うんだ』
そう、タカコを単に帰国させるつもりは毛頭無い。彼女が敦賀を選んだという事は分かっている。弟、タカユキの後添いに選んだ男を、目の前で喪えば良い、自分の無力さと弱さ、それを噛み締めて絶望すれば良い。それでも彼女はきっと壊れない、その絶望の中からいつか這い上がり、今以上に強く美しくなり、そして完璧に近付くだろう。そうなった彼女を、自分は見たいと、それだけを望んでいるのだ。
自分は今以上に彼女に憎まれる事になるだろうが、それに関しては何とも思わない。彼女に愛して欲しいわけではない、微笑みかけて欲しいのでもない。彼女が強く美しくなってくれればそれで良いのだ、そして、そうなればそうなる程、彼女は自分に対して執着し感情を真っ直ぐにぶつけてくれる、憎しみ、憎悪という甘い熱さを自分へと向けてくれる。
そんな感情も彼女が完全なる存在へと至った時に消え去るのかも知れない、それを思うと少々寂しい気がしないでもないが、完成された美しさを手に入れられるのであれば、それはそれで納得も出来るだろう。
今はまだその途上、夢想に浸るのはここ迄にしておこうか、そんな事を考えながらヨシユキは立ち上がり、眼下に広がる博多の街並みを見まわしてみる。ここ数ヶ月ですっかりと荒れ果てた街並み、ここに活気が戻る迄には長い時間が掛かるだろう。この状態に持って来る迄に配下の人員の多くを失い、市街地に残った兵員はもう極僅かだ。残った部隊が海兵隊基地の鉄柵を破壊しようと攻撃を仕掛けてはいるが、あれも恐らくは徒労に終わるだろう。
正規軍の軍人、掌握した民間の軍事組織の兵員、彼等の一人一人がどんな想いを胸にこの作戦に、この地に赴いたのかは知らないし興味も無い。ただ、恐らくは祖国の地を踏む事は二度と無く、この地の果てで死んで行くのであろう事を考えれば多少は哀れに感じるな、と、そんな事を考えた。
『さぁ……最後の仕上げに入ろうか……帰っておいで、タカコ……俺の、大切な宝物』
海の方から響いて来た砲声、ヨシユキはそれを聞きながら目を細め、口元を小さく歪めて笑う。
総司令の任に就いたフレッチャー、彼の登用をマクマーンに進言したのは自分だが、どうやらその目論見は上手く行ったらしい。マクマーンの狙いが漏れない道理は無かった、いつの時点かは不確かでもそれは必ず露呈し、彼の政敵であるウォルコットの命令の下、制圧艦隊が編成され派遣されて来るであろう事は最初から分かっていた。そうなった時、命令と規則に忠実に武装解除し降る人間ではなく、一縷の望みを懸けて反撃に出る、そんな野心的且つ短絡的な人間がこの計画には必要だった、それがフレッチャーだ。
万が一の事を考えて息の掛かった人間を各艦艇に送り込んでおいたが、今し方の砲撃がその彼等がフレッチャーを誘導する為に先んじたのか、それともフレッチャー自身の決断によるものなのかは不明だが、今となってはもうどうでもいい事だ。
もっと、もっと――、そんな事を考えながらここ数年間を生きて来た。求めていたのはタカコと、そして、欲望に憑りつかれた者達の破滅。タカコを掌中に取り戻す迄の暇潰しとして求めたそれは、ここ最近の間に大きな盛り上がりを見せている。身の丈に合わない程の多くを望まなければそれなりに充実した人生を送れたであろうマクマーンやフレッチャー、そしてその肚を知りつつも従った多くの士官達。その彼等の破滅がこの大和の地で今まさに結実しようとしている、自分の地位の為、政敵を潰す為、所属する組織の発言力の強化の為――、先程の砲声は、そんなくだらない事の為に自分という悪魔に魂を売り渡し甘い未来を夢想していた彼等の、人生そのものが崩壊する音だ、と、また口元を歪めて笑った。
タカコはどうしているだろうか、ふとそんな事を考える。無線を聞いている限りでは、昨夜の襲撃は大和海兵隊と共に持ち堪え、今朝方ホーネットが彼女達を発見しもう少しで確保出来ていたらしい。そこを侵攻艦隊に乗り込んでいたタカコ達の部下が空母からホーネットを奪い馳せ参じ撃墜し、彼女と合流した、そこ迄は確実に把握している。その後は後追いとの空中戦に発展している様子だが、彼女達を撃墜したという報告は未だ入らず、今尚持ち堪えている様子だ。逆に後追いのホーネットが一機撃墜されたという報告は入って来たから、余程の強運と胆力の持ち主だ、そう評するしか無いだろう。
手ずから育て上げた至高の芸術品、彼女が本国を離れた時点ではホーネットは試験運用の直前、恐らくは今回初めて機体へと乗り込んだに違い無いし、戦闘なぞ当然初体験の筈だ。それが撃ち落とされるどころか逆に撃墜して見せるとは、やはり自分のやって来た事、信じた事に間違いは無かったと思わずにはいられない。
さあ、この先は一体どんなものを見せて自分を喜ばせてくれるのか――、今迄にも何度も想った事を今また胸中で呟き、ヨシユキはゆっくりと空を仰いだ。
雲一つ無い良い天気だ、破滅の日によく似合う――、目を細めて穏やかに微笑みつつ視線を少しだけ下げれば、タカコ達が戦っているであろう山岳地帯の山々が目に入る。もう少しすれば戦いに決着が着くだろう、彼女の勝利という形で。そうして彼女はこちらへの方向へと、海兵隊基地へと帰って来る、大和の海兵達を乗せて。そして、その中には彼女が愛している男、大和海兵隊の最先任上級曹長もいるに違い無い。
『タカコ……お前は、どんな結末が見たい?』
穏やかな、優しい声音で彼女の名を呼ぶ。もう直ぐこの馬鹿気た戦いは終わりを迎える、制圧艦隊の勝利という形で。その時、タカコは敦賀を選ぶのか、それとも袂を別ち帰国を選ぶのか。
『どちらも……させる気は無いよ……お前は帰国を選ぶ前に、目の前で愛する男を再び喪うんだ』
そう、タカコを単に帰国させるつもりは毛頭無い。彼女が敦賀を選んだという事は分かっている。弟、タカユキの後添いに選んだ男を、目の前で喪えば良い、自分の無力さと弱さ、それを噛み締めて絶望すれば良い。それでも彼女はきっと壊れない、その絶望の中からいつか這い上がり、今以上に強く美しくなり、そして完璧に近付くだろう。そうなった彼女を、自分は見たいと、それだけを望んでいるのだ。
自分は今以上に彼女に憎まれる事になるだろうが、それに関しては何とも思わない。彼女に愛して欲しいわけではない、微笑みかけて欲しいのでもない。彼女が強く美しくなってくれればそれで良いのだ、そして、そうなればそうなる程、彼女は自分に対して執着し感情を真っ直ぐにぶつけてくれる、憎しみ、憎悪という甘い熱さを自分へと向けてくれる。
そんな感情も彼女が完全なる存在へと至った時に消え去るのかも知れない、それを思うと少々寂しい気がしないでもないが、完成された美しさを手に入れられるのであれば、それはそれで納得も出来るだろう。
今はまだその途上、夢想に浸るのはここ迄にしておこうか、そんな事を考えながらヨシユキは立ち上がり、眼下に広がる博多の街並みを見まわしてみる。ここ数ヶ月ですっかりと荒れ果てた街並み、ここに活気が戻る迄には長い時間が掛かるだろう。この状態に持って来る迄に配下の人員の多くを失い、市街地に残った兵員はもう極僅かだ。残った部隊が海兵隊基地の鉄柵を破壊しようと攻撃を仕掛けてはいるが、あれも恐らくは徒労に終わるだろう。
正規軍の軍人、掌握した民間の軍事組織の兵員、彼等の一人一人がどんな想いを胸にこの作戦に、この地に赴いたのかは知らないし興味も無い。ただ、恐らくは祖国の地を踏む事は二度と無く、この地の果てで死んで行くのであろう事を考えれば多少は哀れに感じるな、と、そんな事を考えた。
『さぁ……最後の仕上げに入ろうか……帰っておいで、タカコ……俺の、大切な宝物』
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる