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第464章『存在の否定』
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第464章『存在の否定』
「敦賀よ、本当にこれで良いのか?」
「……ああ、これで良いんだ、たぶん」
「そう、か」
「そうだな、あいつも、タカコも反対はしねぇさ、きっとな」
敦賀と高根と黒川、三人が並んで立つのは国立海兵隊墓地の外れ。目の前には三十四基の墳墓が並び、その一番手前の右端に新しい穴が掘られ、その前に膝を突いた敦賀が手にした容器の中身、火葬された遺骨を静かに穴の中へと落としていく。
二週間前、トラックの荷台から飛び降りて来た人間にいきなり飛び付かれ引き倒され、それとほぼ同時に銃声と共に直ぐ近くの地面が爆ぜた。飛び付いて来たのはタカコの部下のマクギャレット、地面へと落ちた鬘には構わずに物陰へと引き摺り込まれ、そうして様子を窺っていた時に上空から響いて来た一発の銃声。立て続けの銃撃に場は大混乱となり、発砲地点と思しき本部棟屋上へと兵員が突入する迄に、二発目の銃声から五分程の時間を要した。
そこに在ったのは、タカコに対してただならぬ執着を持ち続け、そして、この大和へと数々の禍を齎し続けていた元凶、ヨシユキ・シミズの射殺体。散弾銃で腹部を撃ち抜かれ、上半身と下半身がほぼ断裂した状態の遺体へと敦賀は歩み寄り、その死に顔を見下ろしてみる。
穏やかな、苦しみ等欠片も感じられない、本当に穏やかな死に顔。薄く笑みさえ浮かべたそれを見下ろし、ぽつり、呟いた。
「最期の最期に……何か良い景色でも見えたか」
その後、遺体は回収し遺体保管用の冷凍庫に一旦収められ、一連の事態が多少の落ち着きを見せた今日、漸く荼毘に伏された。市街地や山間部で回収された遺体は纏めて火葬され遺骨は一つの容器に纏められ無縁仏として合葬されたが、ヨシユキの遺骨だけは個別に、タカコの夫であるタカユキの隣に埋葬してやりたい、そう言い出したのは敦賀。タカコや夫であるタカユキ、彼等とヨシユキの因縁を知らないではない高根が多少引き留める様子も見せたが、口では上手く説明出来ないが、こうするのが一番良いんだと思うという、敦賀のその言葉に高根も黒川も強く反対する事は無く、忙しい仕事の合間を縫い、こうして三人で埋葬する為に墓地を訪れた。
対馬区へと出て行ったタカコを見送ったあの日、侵攻艦隊の制圧に成功した制圧艦隊から、合同総司令であるテイラー海兵隊中将がホーネットに乗ってやって来たのは、陽もほぼ落ちた頃合いだった。突然の非礼を詫びつつも侵攻艦隊の正体には触れる事無く、たんなる脅威、共通の敵として扱い、彼等の脅威に晒されていた大和を助けに来たと、握手と共に副長へとそう言っていたと、その場には居合わせなかった敦賀は、後から高根からそう聞かされた。
明らかな弱みを握られるわけにはいかないというのがワシントン側の思惑なのだろう。正体不明の艦隊が大和を襲い、ワシントンはそれを助けに来た英雄なのだと、そう事を運びたいと思っている事は敦賀にも直ぐに理解出来た。国同士の駆け引き、その程度の事は当然考えるのだろうし、自軍内での凄まじい不祥事を他国に自ら話さなければならない道理は何処にも無い。そんな事はどうでもいいから、タカコの事はどうなっているのか、そもそも話をしたのかと高根へと問い掛けた敦賀に返された言葉は、ひどく残酷なものだった。
『JCS直轄部隊?女性司令官?タカコ・シミズ?何の事ですか?我々には全く分からない話ですが』
救助を終え防壁のこちら側へと戻って来たタカコを見て安堵して以降、彼女の姿を敦賀も、高根も黒川も見ていない。直接の折衝役だった副長が辛うじて何度か顔を合わせ言葉を交わしていた程度で、あれ以来、タカコも、そして彼女の部下達も、忽然と姿を消してしまった。
全権大使として派遣されて来たというテイラー、ワシントン陣営の総責任者たる彼に彼女達の存在を否定されてしまっては、何の連絡手段も持たない自分達に出来る事は何も無く、これからどうすれば良いのか、三人の、そして、タカコという人物を知る者達の心は宙に浮いたままだ。
そんな中で、ヨシユキを含めた彼女の関係者の遺骨は数少ない彼女の痕跡であり手掛かりであり、それをどうにかして留めておきたいと敦賀が思ったのは、自然な事であり、また、必要な事でもあった。
「真吾」
「ん?何だ?」
「前に話してたお前の家の売却、話、進めてくれるか。まぁ、当然、事が落ち着いてからだけどよ」
「……良いのか?」
「……ああ、あいつがいつ戻って来ても良い様に、せめて俺の方の態勢だけでも整えておきてぇんでな」
遺骨の上へと土を被せ、ぱんぱんと掌で押し固めて形を整えてから立ち上がった敦賀、その彼の言葉に、高根は一瞬双眸を見開き、次に眉根を寄せながら敦賀へと問い掛ける。それに対しての敦賀の答えは短くとも明確なもの、確固たる意志を秘めたそれに高根は僅かに口元を歪めて笑いながら、
「……分かった。ま、俺はそれよりも早く凛を迎えに行かねぇとな」
「そういや、嫁さん、今は副長の家に世話になってるんだって?嫁さんの兄嫁とその子供も一緒なんか?」
「そうそう、そうなのよ。いやぁ、副長には感謝してもしきれんわ、本当に」
高根の妻である凛、その彼女と、彼女の兄である島津の妻と子供が副長の自宅へと保護されているのを知らされたのは数日前の事。本州へと渡った後避難所へと身を寄せていた彼女達を探し出し自宅へと連れ帰り静養させる様にと、副長が妻の幸恵へと頼んでいた事を知らされ、高根と、年下ではあるが義兄にあたる島津は、土下座せんばかりの勢いで感謝した。
心配はしていたものの職務を放り出す事も出来ず、ふとした事で叫び出したくなる程の焦燥に駆られ続けていた日々。それが身の安全と胎の双子の健康も知らされ、昂ぶった感情を処理し切れずに涙を流した高根、そんな彼を見て副長は目を細めて笑い、
「奥さんと子供の事は私の家内に任せておけ。どうにも人の話は聞かないが、世話の細やかさは保証するよ」
そう言って肩を叩いてくれた。
そんな事を話しながら基地へと戻ろうと歩き出した高根と黒川の二人、敦賀はその後に続いて歩きながら一度振り返り、今埋葬したばかりのヨシユキの墳墓へと一瞥をくれ、再び前を向いて歩き出した。
「敦賀よ、本当にこれで良いのか?」
「……ああ、これで良いんだ、たぶん」
「そう、か」
「そうだな、あいつも、タカコも反対はしねぇさ、きっとな」
敦賀と高根と黒川、三人が並んで立つのは国立海兵隊墓地の外れ。目の前には三十四基の墳墓が並び、その一番手前の右端に新しい穴が掘られ、その前に膝を突いた敦賀が手にした容器の中身、火葬された遺骨を静かに穴の中へと落としていく。
二週間前、トラックの荷台から飛び降りて来た人間にいきなり飛び付かれ引き倒され、それとほぼ同時に銃声と共に直ぐ近くの地面が爆ぜた。飛び付いて来たのはタカコの部下のマクギャレット、地面へと落ちた鬘には構わずに物陰へと引き摺り込まれ、そうして様子を窺っていた時に上空から響いて来た一発の銃声。立て続けの銃撃に場は大混乱となり、発砲地点と思しき本部棟屋上へと兵員が突入する迄に、二発目の銃声から五分程の時間を要した。
そこに在ったのは、タカコに対してただならぬ執着を持ち続け、そして、この大和へと数々の禍を齎し続けていた元凶、ヨシユキ・シミズの射殺体。散弾銃で腹部を撃ち抜かれ、上半身と下半身がほぼ断裂した状態の遺体へと敦賀は歩み寄り、その死に顔を見下ろしてみる。
穏やかな、苦しみ等欠片も感じられない、本当に穏やかな死に顔。薄く笑みさえ浮かべたそれを見下ろし、ぽつり、呟いた。
「最期の最期に……何か良い景色でも見えたか」
その後、遺体は回収し遺体保管用の冷凍庫に一旦収められ、一連の事態が多少の落ち着きを見せた今日、漸く荼毘に伏された。市街地や山間部で回収された遺体は纏めて火葬され遺骨は一つの容器に纏められ無縁仏として合葬されたが、ヨシユキの遺骨だけは個別に、タカコの夫であるタカユキの隣に埋葬してやりたい、そう言い出したのは敦賀。タカコや夫であるタカユキ、彼等とヨシユキの因縁を知らないではない高根が多少引き留める様子も見せたが、口では上手く説明出来ないが、こうするのが一番良いんだと思うという、敦賀のその言葉に高根も黒川も強く反対する事は無く、忙しい仕事の合間を縫い、こうして三人で埋葬する為に墓地を訪れた。
対馬区へと出て行ったタカコを見送ったあの日、侵攻艦隊の制圧に成功した制圧艦隊から、合同総司令であるテイラー海兵隊中将がホーネットに乗ってやって来たのは、陽もほぼ落ちた頃合いだった。突然の非礼を詫びつつも侵攻艦隊の正体には触れる事無く、たんなる脅威、共通の敵として扱い、彼等の脅威に晒されていた大和を助けに来たと、握手と共に副長へとそう言っていたと、その場には居合わせなかった敦賀は、後から高根からそう聞かされた。
明らかな弱みを握られるわけにはいかないというのがワシントン側の思惑なのだろう。正体不明の艦隊が大和を襲い、ワシントンはそれを助けに来た英雄なのだと、そう事を運びたいと思っている事は敦賀にも直ぐに理解出来た。国同士の駆け引き、その程度の事は当然考えるのだろうし、自軍内での凄まじい不祥事を他国に自ら話さなければならない道理は何処にも無い。そんな事はどうでもいいから、タカコの事はどうなっているのか、そもそも話をしたのかと高根へと問い掛けた敦賀に返された言葉は、ひどく残酷なものだった。
『JCS直轄部隊?女性司令官?タカコ・シミズ?何の事ですか?我々には全く分からない話ですが』
救助を終え防壁のこちら側へと戻って来たタカコを見て安堵して以降、彼女の姿を敦賀も、高根も黒川も見ていない。直接の折衝役だった副長が辛うじて何度か顔を合わせ言葉を交わしていた程度で、あれ以来、タカコも、そして彼女の部下達も、忽然と姿を消してしまった。
全権大使として派遣されて来たというテイラー、ワシントン陣営の総責任者たる彼に彼女達の存在を否定されてしまっては、何の連絡手段も持たない自分達に出来る事は何も無く、これからどうすれば良いのか、三人の、そして、タカコという人物を知る者達の心は宙に浮いたままだ。
そんな中で、ヨシユキを含めた彼女の関係者の遺骨は数少ない彼女の痕跡であり手掛かりであり、それをどうにかして留めておきたいと敦賀が思ったのは、自然な事であり、また、必要な事でもあった。
「真吾」
「ん?何だ?」
「前に話してたお前の家の売却、話、進めてくれるか。まぁ、当然、事が落ち着いてからだけどよ」
「……良いのか?」
「……ああ、あいつがいつ戻って来ても良い様に、せめて俺の方の態勢だけでも整えておきてぇんでな」
遺骨の上へと土を被せ、ぱんぱんと掌で押し固めて形を整えてから立ち上がった敦賀、その彼の言葉に、高根は一瞬双眸を見開き、次に眉根を寄せながら敦賀へと問い掛ける。それに対しての敦賀の答えは短くとも明確なもの、確固たる意志を秘めたそれに高根は僅かに口元を歪めて笑いながら、
「……分かった。ま、俺はそれよりも早く凛を迎えに行かねぇとな」
「そういや、嫁さん、今は副長の家に世話になってるんだって?嫁さんの兄嫁とその子供も一緒なんか?」
「そうそう、そうなのよ。いやぁ、副長には感謝してもしきれんわ、本当に」
高根の妻である凛、その彼女と、彼女の兄である島津の妻と子供が副長の自宅へと保護されているのを知らされたのは数日前の事。本州へと渡った後避難所へと身を寄せていた彼女達を探し出し自宅へと連れ帰り静養させる様にと、副長が妻の幸恵へと頼んでいた事を知らされ、高根と、年下ではあるが義兄にあたる島津は、土下座せんばかりの勢いで感謝した。
心配はしていたものの職務を放り出す事も出来ず、ふとした事で叫び出したくなる程の焦燥に駆られ続けていた日々。それが身の安全と胎の双子の健康も知らされ、昂ぶった感情を処理し切れずに涙を流した高根、そんな彼を見て副長は目を細めて笑い、
「奥さんと子供の事は私の家内に任せておけ。どうにも人の話は聞かないが、世話の細やかさは保証するよ」
そう言って肩を叩いてくれた。
そんな事を話しながら基地へと戻ろうと歩き出した高根と黒川の二人、敦賀はその後に続いて歩きながら一度振り返り、今埋葬したばかりのヨシユキの墳墓へと一瞥をくれ、再び前を向いて歩き出した。
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