大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第491章『違和感』

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第491章『違和感』

 早朝の大和国立海兵隊墓地、自分以外に人の気配は無く、敦賀は線香とマッチの入った袋を手に静かに道を進む。やがて前方に見えて来た三十五基の墳墓、その違和感に、立ち止まった。
 ここを毎日訪れるのは自分位しかいない、時折高根や黒川も訪れ線香や花を手向けてはいるものの、彼等は自分よりも更に忙しい身、最近はずっと来ていない筈だし、こんな早い時間に来る事自体が不自然だ。それなのに、墳墓の前には線香が備えられ、その香りが朝の空気とも相俟って周囲には静謐とした空気が漂っている。
 誰が来たのか、そう思って振り返っても周囲に人の気配は無い。黒川が総監時代に博多へと出て来ていた時には、朝の時間帯に亡き妻である千鶴の墓参りをしていた事は知っている、彼の現在の任地は博多、ワシントンとの関係に於いて今日が節目の一つとなる事は間違い無いから、気持ちや考えの整理の為にここを訪れ、そして、墳墓に向かって何か語り掛けていたのかも知れないな、と、そんな事を考えた。
 とにかく、自分も墓参りに来たのだ、既に線香が供えられているからと遠慮をする理由は無い。増えて困るものでもないのだからと思い直し、雑草を抜いて綺麗にし、その後は線香を供えて暫くその場へと佇み、やがて基地へと向かって歩き出す。
 基地の正門に立つ警衛は、ワシントン軍と敷地の共有が始まってから両陣営から出される事となり、今では左の警衛所に大和軍海兵隊が、右の警衛所にワシントン軍が陣取っている。
「先任、お早う御座います。今日はまた随分と早いですね」
 門を潜れば歩哨の海兵が挙手敬礼と共に挨拶を寄越し、敦賀はそれに軽く手を挙げて応え
「ああ」
 と短く言葉を返す。その直後反対側から
「Good morning, Sir.」
 と声が掛かり、敦賀がそちらを向けば、ワシントン軍の警衛所の前に立っていた兵士が、先程の海兵と同じ様に挙手敬礼を敦賀へと示していた。
 ワシントン軍が大和に対し、非常に細やかな配慮をしているという事は、彼等の駐留が正式に始まってから直ぐに気付いた。本来であれば、指揮命令系統が全く違う大和軍の下士官や士官に対し、ワシントン軍が自分よりも上の階級だからと敬礼をする理由は無い。しかし、当時のテイラー総司令の発案だとは聞いているが、これからは互いに対等な関係での同盟が始まるのだから、と、大和軍ワシントン軍に関わらず、自分よりも上の階級の軍人に対しての挙手敬礼と挨拶、それを在大ワシントン軍人全員に対し義務付け徹底させた。大和側もそれに呼応する形となり、現在では所属に関わらず目上の者に対しての敬礼は既に定着している。
 ワシントン側の配慮――、それは、彼等にとっての後ろ暗い事をこれ以上詮索されたくない、この大和での活動に支障を来したくない、そういった思惑から生まれた苦肉の策なのだろう。彼等は自らの思惑を、そして、実際にこの大和で何をしていたのかを認める事は決して無いだろうが、それでも自分は、自分達はそれを知っている。妙な正義感を盾にして真実を明らかにしてワシントン軍の立場を失くさせ関係を悪化させるよりは、それを切り札として持ちつつもお互いに静かに牽制し合い関係を持続させる方が得策だという事は敦賀にも理解出来ている。そして、それが将来的に純粋な信頼関係になるのだとしたら、双方にとってそれが一番良いのだろう。
 先ずは朝食だと本部棟へと入る前に営舎の食堂へと向かい、白飯と味噌汁だけを出してもらい食卓に座る。主菜は事前に登録してある人数分しか無い事は分かっているから最初からそちらの皿へは手を伸ばさず、目の前の飯と汁を手早く書き込んで立ち上がり、本部棟へと入った。
 先ずは自らの執務室で日常の業務を片付けをと取り掛かり、溜め込んでしまっていたそれを勤務時間のほぼ全てを使い切る形で終えた後は、この後に控えている顔合わせの打ち合わせの為に二部屋隣の高根の執務室へと向かう。扉を叩いて中に入れば、そこには高根だけではなく黒川もおり、その顔を見て朝の線香の事を思い出し、何の気無しにそれを口にする。
「墓の、線香お前か。最近来てなかったのに珍しいな」
 敦賀のその言葉に、黒川は怪訝な面持ちを浮かべる。彼ではないのかと思いそれもまた口にすれば、
「……ああ、たまにはな、最近御無沙汰だったし。少し早く起きたから千鶴の墓参りして、その序でに」
 と、そこで漸くいつもの笑顔に戻り、今朝の墓参りの理由を告げた。
「……そうか」
 頭の回転の速い黒川が、幾ら自分の言葉が足りなかったとは言えどあの言い淀みは何なのか。まるで自分が墓に行った事等忘れてしまったかの様な振る舞いに、違和感が消えない。けれど、彼が認めた以上は他に候補がいるわけでもない。高根だったとしたらそれは高根がそれは自分だと認めるだろうし、その高根は何も言わないし黒川が認めたのならそれが事実なのだろう、敦賀はそんな風に自分を納得させ、仕事の話へと入って行く。
 今日の顔合わせは、団長である黒川だけでなく団員の相当数を出している海兵隊、その総司令である高根と、団員の取り纏めの一部を担っている敦賀も出席する事になっている。ワシントンから派遣されて来た統合参謀本部議長の子弟だというワシントン陸軍大佐、年齢や経歴等、詳しい事は高根達にも未だ知らされていないらしく、顔合わせをしながらという事になっているらしい。助言役としてやって来るその人物が、大和にとって吉となるか凶となるか、前者であって欲しいものだと言い合いながら連れ立って高根の執務室を出て、本部棟の前に用意されていた車へと乗り込んだ。
 日中は執務室に籠りきりで昼食は食堂で握り飯を作ってもらってそれを部屋付きに受け取りに行かせ、便所に用を足しに出る以外は椅子から腰を浮かす事すら殆ど無かった。そうやってそれなりに疲労感も感じているというのに、正体不明の人物と顔合わせとはと小さく溜息を吐けば、それに気付いた高根が後ろから声を掛けてくる。
「敦賀よ、そんな嫌そうな顔するなって。別に嫌な奴と決まったわけでもないんだし」
「そりゃワシントンにとって重要な場所の筈の大和に派遣されて来る位だ、無能ではねぇんだろうがよ。親族の七光りってのが気に入らねぇな」
「七光りとか、お前が言うなよ」
 統幕副長の地位に在る父を持つ敦賀、その彼が『親の七光り』という言葉を出したのが何とも滑稽だったのか、高根はそれを聞いて笑い出し、黒川もそれに続く。敦賀は二人のその笑いを聞きながら何とも言えない苛立ちを感じる中、車は在大ワシントン軍基地本部棟の方向へと走って行った。
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