大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第202章『反目』

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第202章『反目』

 鳥栖市街地掃討戦の終結が宣言されたのは発生から二日目の夕刻の頃合い。様々な理由と幸運により感染とその後の活骸の襲撃の難を逃れた極少数の鳥栖市民、それ以外の凡そ一万人は活骸へと変異した。その後彼等は全て陸軍と海兵隊の混成部隊によって掃討され、結果、陸軍は千名以上、海兵隊も二十名程の戦死者を出す事となった。
 本土内での死体の片付け等の防疫処理は陸軍の独壇場、海兵隊にはそれだけの技術や装備、何より作業に割ける兵員も無く、指揮は高根から黒川へと再び引き継がれ、海兵隊はトラックへと乗り込み鳥栖の街を後にした。
「基地に着いたら起こせ。疲れた、寝る」
 掃討に一昼夜以上通して鳥栖市街地をトラックで駆け回っていたタカコ、相当疲れているのか荷台へと乗り込むとそれだけ言って俯いて目を閉じる。その横に腰を下ろした敦賀の耳に彼女の寝息が微かに聞こえ始めたのはそれから十分もしない内、どれだけ図太いんだと少々呆れを含んだ眼差しを向ければ、向かいに座っていたジュリアーニがそれに気付いて口を開く。
「こういう商売やってるとね、どんな状況でも短時間でも眠れる時に眠っておくのも仕事なんだよ。特に俺等は非正規の作戦に出る事が殆どだしね」
 この男はどうも気に入らない、そんな事を考えつつ聞き流しながら敦賀はタカコの様子を黙ったまま見詰めていた。三つ編みにして戦闘服の襟から中に仕舞い込んでいてもぼさぼさになった髪、活骸の体液で汚れた身体と戦闘服、こうして見ていると目の前の三人の出現前と何も変わらない、その事に妙に安堵を覚えた。
 寝入ったタカコの上半身はトラックの振動に合わせて前後左右にぐらぐらと揺れ、あおりに身体を預けているとはいえ不安定な事この上無い。見かねた敦賀が頭を抱き寄せて自らの肩へと凭れさせてやれば、嗅ぎ慣れた彼女の香りが鼻先を擽った。
「何、自分の女気取り?」
 そこに嘴を突っ込んで来たのはやはりジュリアーニ、何故こうも好戦的なのか、鬱陶しい事この上無いと敦賀が無視を決め込んでタカコの頭を軽く撫でれば、それが彼を煽る形になったのか再度言葉がぶつけられる。
「まぁ別に坊やがどう思ってようが勝手だけどさ、その人、旦那いるよ?超仲の良い」
「……知ってる、俺がこいつを見つける直前にこいつが自分の手で旦那を楽にしてやった事もな」
 敦賀のその返しに、ジュリアーニだけでなくウォーレンとマクギャレットを取り巻く空気迄もがざわついたのには直ぐに気が付いた。タカコへと向けていた視線を三人へと移せば、そこにいたのは直ぐに平静を取り戻し視線を他所へ向けたウォーレンとマクギャレット、そして敵意を隠す事もせずに自分へと向けて来るジュリアーニの姿。
「……誰から聞いた、それ」
「……どうかしたか、何が気に入ら――」
「答えろ、誰から聞いた」
「……こいつ本人からだ……尤も、事故から半年程経ってからだがな」
 タカコの極々個人的な事情、それを自分達以外が自分達よりも先に聞いていた事が余程気に入らなかったのかジュリアーニの怒り苛立ちがひしひしと伝わって来る。敦賀はそれを軽く受け流しつつも視線だけは逸らさずに見据え続け、その様子に舌打ちをしたジュリアーニは一度大きく息を吐き、浅く座り直しあおりに背を預け敦賀を見下す様にして口を開いた。
「ふーん……そう、まぁ惚れるのは勝手だけどさ。返してね、その人。俺達のボスだから」
「……あ?決めるのはてめぇじゃねぇだろう、こいつ本人だろうが」
「……自分が選んでもらえるとでも思ってんの?」
「……そっくりそのまま返してやるよ、その台詞」
「……殺すよ?」
「……それもそっくりそのまま返してやるよ」
 あからさまに売られた喧嘩、タカコとの間の事に何故いきなり現れた人間に口を出されなければいけないのかと自然喧嘩腰になる、そんな一触即発の剣呑な空気を壊したのは、ジュリアーニの後頭部に軽く叩き込まれたウォーレンとマクギャレットの掌。
「マリオ、いい加減にしろ、我々は『Semper fidelis』、常にマスターに忠誠を誓う、それだけの筈だ」
「痛いなぁ……いや俺海兵隊じゃなくて陸軍だし、センパーファイ言われても」
「海兵隊の誓いだからって言って私達がそうじゃないって事じゃないでしょ、私達はボスに拾われた日にその誓いを自発的に立てた、違う?」
「とにかく……マスターの御身御心に関して我々が出過ぎた事を言うな……マスター御自身がお決めになる事だ。安心しろ、マスターは我々を見捨てる事は無い……絶対に」
 こちらのウォーレンはジュリアーニとは違い自分に対してあからさまな敵意を向けて来たのは遭遇の時だけ、しかしその大仰な物言いはタカコの部下と言うよりは彼女を崇め奉る信者か傅く臣下の様にも見え、それはそれでどうにも気に入らない。
「敦賀上級曹長と言ったか……マスターを保護して今迄守ってくれていた事に関しては礼を言う」
 突然敦賀へと振られた話、何が言いたい、礼だけではないだろうと敦賀がウォーレンの目を見れば、動きの少ない表情を僅かも変える事無く彼は言葉を続けた。
「害意以外であれば君がマスターにどんな感情を以て接していてもそれは構わない、我々の、少なくとも俺の関知するところではない、恋愛感情で接して身体の関係を持とうともだ。しかし、マスターが帰国へと動く事を妨害する事だけは許さない、君が我々について来るのであればそれは構わないが、御身をここに留め置く気ならば……我々は君を排除する。マスターのいるべき場所は君の隣ではない、その方は……我々の指揮官だ」
 結局主張はジュリアーニと同じか、そう思いつつ敦賀はウォーレンを睨み付ける、感情の読み取れるジュリアーニよりも物静かに慇懃に言うウォーレンの言葉の方が余程攻撃的だ、そんな事を考えた。
 目の前のこの三人がタカコに対して抱いてる感情は自分と同じではないのだろう、けれどその強さは計り知れない、真にそれを誓った人間の強さを自分達もまた知っている。

 彼等がタカコに抱いているのは崇拝にも似たもの、それは、絶対的な忠誠心。
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