大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第204章『距離』

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第204章『距離』

「ああ……饐えた生ごみ以外の物が食えるって何て幸せなんだ!生魚でもナットーでも今なら何でも美味しく感じるよ俺!」
「本当に……味付け無しの雑草と茸の茹でたのとか暫く見たくないな……」
「回収したごみ袋の中の生ごみ食べてて、途中で大便混じって出て来たあの時は流石に泣いた……」
 献杯の後に始まったささやかな宴、主役であるタカコの部下三人は喜んで飲み食いしつつも酒と食事が進めば進む程に時折潜伏生活の悲惨さを口にしどんよりとなり、高根と敦賀は内容の壮絶さに若干引き気味になりつつも話に耳を傾けている。カタギリも身に覚えが有り当時を思い出すのか苦々しい面持ちになり、タカコ一人だけがその様子を見てからからと笑っていた。
「……俺等には経験が無ぇから想像しか出来ねぇが、相当悲惨な様に聞こえるんだが」
 口を開いたのは敦賀、出会ってからこちら彼等を好意的に捉える機会も無いが流石に同情の面持ちを浮かべつつタカコへと話し掛ければ、コップの中身を飲み干した彼女が笑って口を開く。
「博多近辺にいたんじゃ狩りも出来なかっただろうしな、都市部で潜伏って結構大変なんだよ、食料の確保がさ。私も何度も経験有るが、マジで泣けるぞ。見た目があんなんだから人目には触れられないし、食料もそうだけど風呂も入れなかっただろうな、本当に苦労を掛けたよ」
 そう言いながら部下を見詰めるタカコの眼差しは力強くも優しさを湛え、彼等を本当に大切に扱っているのだという事が伝わって来る。
「普通なら食料も持ち込むんだが、今回は恐らくごみが出てそこから足が付く事を警戒して殆ど持ち込まなかったんだろうな」
「……そういう事か……おい、あんまり飲み過ぎるなよ、また背負って帰るのは勘弁だぞ俺は」
「ああ、今日は大丈夫、お茶しか飲んでないよ。部下との再会でいきなり醜態晒すわけにはいかんしな」
「……なら良いが」
 『部下』、タカコがしたその言葉に、反射的にムッとしている自分に敦賀は気が付いた。そう、彼等と再会してからのタカコの言動が気に入らない、部下達の攻撃的な態度もそうだが、全てに於いて彼等を気に掛けるタカコの言動がそれ以上に気に入らないのだ。部下を気遣う事は上官として当然の事だというのは、自身も部下を持つ身としてよく分かっている。けれど、タカコが今迄にそんな振る舞いをして見せる事は殆ど無く、唐突に目の前に突き付けられた彼女の所作に始めは戸惑い、今ははっきりと不愉快だと感じていた。
 タカコをこの大和に、自分の隣に留めておきたいという意志は今でも変わっていない。そして、彼女がそれを選択したとして、その時に部下が付き従いこの国に留まる事は構わないが、その目論見を強く否定するのがこのタカコの所作だ。自分の知らない表情、指揮官として、そして恐らくは良き友人として振舞うタカコが、堪らなく不安にさせる。時が来れば自分達、否、自分を捨てて帰国するのではないか、段々と膨れ上がるその不安を誤魔化す様にして焼酎を呷った。
 高根にとっても敦賀にとっても決して楽しい事ばかりではなかった宴がお開きとなったのは、明け方も近くなってから。まだまだ仕事は残っている、風呂に入ってさっぱりして、少しでも眠っておかなければと言って立ち上がったタカコに続いて夫々も立ち上がり店を出る。
 真冬の夜明け前、吐く息は白く凍り周囲の全てに薄らと霜が付く、そんな街並みを歩くのはタカコと彼女の部下達。高根と敦賀はその少し後を、彼女達の様子を無言のまま眺めつつ歩いていた。
「……敦賀よ」
「……何だ」
 最初に口を開いたのは高根、いつもの軽い調子は全く感じられない声音に敦賀が返せば、如何にも気が重いと言った風情で高根が言葉を続ける。
「タカコを傍に置いておきたいと思うんなら、形振り構うな、恥も外聞も捨てちまえ。そうでもしねぇとあいつ、時が来れば国に帰っちまうぞ、今のままだとな。分かるだろ、あいつとあいつの部下が強く結びついてるのは……あれを断ち切らせようってんだ、生半可な覚悟じゃ通じねぇぞ?」
「……だろうな……さて、どうしたもんかな……」
 高根の言う事は尤もで、今のままの関わり方を続けていても自分に勝ち目は恐らく無いのだろうという事は敦賀にも分かる。しかし、だからと言ってどう動けばそれを引っ繰り返せるのかは見当も付かず、空を見上げ息を吐き、白く霞む向こうに瞬く星に目を細めた。
 形振り構わず、恥も外聞も捨てて、言うのは簡単だがどう動いたものか、抱き締めて口付けて『愛している』とでも言えば良いのか。そんな事を口走っている自分等想像も出来ず、思わず自嘲じみた笑いを唇に浮かべるが、直ぐに、そんな事をしたところでタカコが動じる事は無いのだろうなとも思い至る。
 自分とタカコの間の絆の強さは、彼女と彼女の部下の間のそれと比べてまだまだ弱いのだろう。下手をすれば十年単位の時間を共に過ごし、戦い、生き延び、背中と心臓を預け預かり合って生きて来た、そんな中で築いた絆がそうそう弱くも脆くもない事は自分達もよく分かっている。そこに自分がタカコに向ける様な男女の愛情が無くとも、戦友の間に生まれる感情の強さ、それを知らなければ逆に強気に出られるのかも知れないが、何も言わずともそれを理解してしまう自分の境遇が恨めしいなとそう思った。
「敦賀ー、真吾ー、何ちんたら歩いてんのさ、早く帰って風呂入ろうぜー」
 そんな敦賀の想いなぞ知らぬといった風情のタカコが振り返り笑顔を向ける、敦賀はその彼女にいつもの様に突っ慳貪な返事をしつつ、
「……いなくなるんじゃねぇぞ」
 と、小さく、小さく呟いた。
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