大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第218章『相談』

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第218章『相談』

「あの、多佳子さん、多佳子さんは車で待ってて下さい。今は流感も流行ってますし、私を連れて来て頂いた事でタカコさんが流感になってしまうのも申し訳無いので」
「大丈夫?」
「はい、終わったら戻って来ますから」
 三十分程走行している間に多少は身体も楽になったのか幾分顔色の良くなった凛、彼女のその言葉に多少の心配はしたものの、これから向かう先は病院なのだから大丈夫かとタカコは引き下がり、彼女の背中が建物の角を曲がり消えて行く迄見送った後、窓を開け運転席の背凭れを倒し煙草に火を点けた。
 見るからに儚気で少し乱暴に扱っただけで壊れてしまいそうな佇まい、女の身ではあるが激しく庇護心を擽られ、あれやこれやと心配をしてしまう。初めて会った時の彼女に対しての高根の接し方や帰宅が難しくなっている現在の様子を見ていると、彼も同じ様な感覚を凛に対して抱いているのだろう。常にあの調子で接しているのであれば凛にとってはさぞや暑苦しかろう、高根に知らせる事を頑なに拒んだのもしょうがない事なのかも知れない。
 タカコが流感に冒される事を心配していたが、彼女自身に流感の診断が下ったらどうするか、高根が忙しい状況は当分続く、ここはやはり自分がでしゃばって面倒を見るとするか、そんな事をぼんやりと考えている内に段々と眠気が押し寄せて来て、暫く眠ろうかと煙草を消して目を閉じた。
 目が覚めたのは窓硝子を叩く小さな音、身体を起こせば助手席の外からこちらを覗き込んで窓を叩く凛の姿、時計を見てみれば一時間半程が経過していて、ああ、終わったのかと得心して背凭れを起こし助手席の扉を開ける。
「あ、お帰りー……って、どうしたの?まだ調子悪い?」
 乗り込んで来た凛は最初は無言、何か思い詰めた様に膝の上に置いた鞄を見詰めていて、何が有ったのか、顔色もまた悪くなっていると思いつつ問い掛ければ、やがて意を決した様に顔をタカコへと向けて口を開いた。
「いえ、気分はもう楽になったんですけど……あの、多佳子さん、ちょっとお話する時間有りませんか?」
「話って……私はさぼれるから良いけど、凛ちゃんは?身体、辛くないの?」
「はい、大丈夫です、ちょっと相談したい事が有って」
「とにかく乗って。何処か喫茶店でも入ってお茶にしようよ」
 それなりに親しくしているとは言え出会って日も浅い自分に相談とは穏やかではなさそうだ、何か深刻な問題でも抱えていてその心労で体調を崩したのだろうか、自分が力になれる内容であれば良いのだが、頭の中で様々な可能性を弾き出しつつ来た道を戻り、車を停めたのは高根の自宅も程近くなった所に在る一軒の喫茶店。走行中は双方一言も無く、降りた後も無言のまま店内へと入り窓際の二人掛けの席へと向かい合って腰を下ろす。
「……で?話って……どうしたの?」
「…………」
 紅茶を二つ注文し、店員が下がって行った後に努めて優しく問い掛けても直ぐには答えは無く、どうしたものかと頭を掻きつつポケットから煙草を取り出して一本咥え、
「あ、煙草、吸っても良い?」
「あ、はい」
 と、凛のその言葉と頷きを確認してから火を点けた。立ち上る紫煙の向こうに霞む凛の姿、それを眺めつつ話し出すのを待ち続ければ、数分程経ってから意を決した様に凛が漸く口を開いた。
「……さっき、病院で……妊娠してるって言われました、九週目だそうです」
 何を言っているのかを理解した直後、脊髄反射の勢いで手にしていた煙草を手元の水のグラスの中に突っ込んだ。勢い良く突っ込んだ所為で手どころか上着もしっかりと濡れ、水がグラスの周囲へと飛び散る中、タカコはそんな事には一切構わずに自分の周囲に漂っている空気を懸命に掻き回す。
「ちょ!妊娠してるのに煙草とか駄目だから!」
「あ……そう言えばそうですね」
「早く言ってよ!言ってくれたら吸わなかったのに!」
「え、あの、はい、そうですよね……すみません」
 タカコの反応の速さと激しさに呆気にとられる凛、しゅんとなって俯いてしまった彼女に溜息を吐き、タカコは頭を掻きながら椅子へと座り直した。
「もう……で?その事で私に何を?」
「……あの……真吾さんは、喜んでくれるでしょうか……」
 問い掛けに返された言葉は小さく震えていて、将来の約束をする前に、していたとしても形になる前に子を身籠れば不安なのは女として当然だと小さく笑い、運ばれて来た紅茶を一啜りする。
「喜ぶと思うよ?あいつが家に女を住まわせてるなんて凛ちゃんが初めてだし、最近の真吾ってば周りが砂を吐く勢いでのろけまくってるからね?結婚とかも考えてると思うよ?私が聞いたら、『状況が状況だから今直ぐはなぁ。子供出来てもなかなか傍にいてやれない事も増えて来るだろうし、今はまだな』って言ってたから。だから、凛ちゃんを抱いたんだなってのは気付いてたけど、てっきり避妊してると思ってた」
「……あの、最初の時、その時だけ真吾さん付けなくて……その後はずっと付けてたんですけど……」
「……あー……盛り上がっちゃって付けるの忘れてたんだね……その一回で命中しちゃったのか……」
 あまりに明け透けな物言いだった所為か赤くなる凛、本当に初心で晩生で可愛らしい、本当に自分とは同じ女だとは思えない。今自分に出来る事、それは臆病なこの子猫の背中を押してやり勇気付けてやる事か、タカコはそう思いながら柔らかく笑いつつゆっくりと口を開いた。
「まぁ……さ、私はそう思うし心配しないで早く真吾に教えてあげなよって思うよ?そりゃ真吾の予定よりもだいぶ前倒しになるんだろうけど、考えてなかったわけじゃないみたいだし、出来ちゃったのは真吾が付けるもの付けないでいたからなんだから、そんなに凛ちゃんが背負う必要は無いんじゃない?二人の行動の結果なんだから、二人で決めて、二人で支え合えば良いんじゃないかな?」
 その言葉を聞きながら凛は段々と顔を歪め、可愛らしい円らな双眸いっぱいに涙を浮かべ、やがてそれを紅潮した頬へと滑らせながら顔を覆ってしまう。
「おめでとう、私も嬉しいよ。生まれたら、抱っこさせてね?」
「……はいっ……あり、が……、ござい……ます……!」
 一年程前にも口にした言葉、自らが紡いだそれに何とも言えない感覚を覚えつつ、タカコはそれを振り払いながら笑みを浮かべ、凛の頭へと手を伸ばし柔らかな髪を優しく撫で付けた。
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