大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第226章『語らい』

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第226章『語らい』

「真吾?」
「ああ……どうした?」
 夜の総司令執務室、ひょっこりと顔を覗かせたタカコに言葉を返したのは部屋の主である高根、第二次曝露からこちらまた帰宅していない日々が続いていて、凛の事が気に掛かっていたタカコはそろそろ彼を帰宅させようと思いながら室内へと足を踏み入れソファへと腰を下ろす。
「葬儀も終わったし、一度家に帰ったらどうだ?」
「……ああ、分かっちゃいるんだがよ……家族亡くした人間の気持ち考えると、なかなかな……」
 部下思いの高根、家族を亡くしただけでなくその家族を殺したのが自分達だという事実、心の痛みは如何ばかりか想像に難くない。それでも総司令という立場では悲嘆に暮れる事も出来ず、想いの遣り場を求めているのは或る意味部下達以上なのかも知れない。
 そんな時だからこそ愛する者と触れ合い、感情を曝け出して傷を癒してもらうべきなのに、それすら遠慮してこんなところに留まっているとは、いい加減に振舞っていながらも存外に律儀な事だと小さく笑う。
「また明日からも暫くしんどい日々が続くんだ、お膝元での曝露なんだから陸軍とも併せて責任の所在についても中央と遣り合わないといけないだろ、今日はもう帰って、ゆっくり休めよ。それに……」
「それに?何だ?」
「お前の家とその前で派手にやっちゃったからさ、玄関も外も血塗れだったのよ。あれ、凛ちゃん一人で掃除させるの可哀相でさ……あんな可愛い嫁さん一人にしといちゃ駄目だ、心細いに決まってんだろ、帰ってやれ」
 もう日数も経っているから流石に片付いているだろうが、それでも何とか帰そうと口に出してみれば思いの外効いたのか動きを失う高根、そして、
「……そうだな……今日はもう帰るよ……あの日、あいつを助けてくれて有り難うな」
「なんの。お前の為じゃなくて凛ちゃんの為だし、ほら、とっとと帰れよ、きっと良い報せが待ってる」
 そんな遣り取りをタカコと交わし立ち上がった。
「ん?良い報せって何だよ?」
「帰ってから凛ちゃんに聞け」
「……分かったよ、お疲れ、お前も無理するなよ」
「はいはい、お疲れさん」
 高根が着替えを済ませた後は軽口を叩き合いながら揃って執務室を出て、正門の方へと向かって歩いて行く彼を見送りタカコは本部棟の中へと戻る。大勢の幼い命を失った、殺した、そんな時だからこそ、新しい命が凛に宿った事は彼の慰めとこれからの力になるだろう。
「明日出勤して来た時が見物だな、浮き足立って仕事にならなかったりして。よし、思い切り揶揄ってやろう」
 状況が状況だ、誰彼構わずに言い触らす様な事は無いだろうが、それでもきっと隠し切れない喜びと幸せが漏れ出しているに違い無い、そんな彼の様子を見れば自分のこの重苦しい気持ちも少しは和らぐだろうかと思いつつ無人になった大部屋へと入り、ストーブに火を入れて自分の席へと腰を下ろす。
 曝露はまたいつ何処に齎されるか分からない、そして、それに対しての態勢が大和側に整いつつある以上、攻撃は恐らく次の段階へと進む筈だ。大和が未だ経験した事の無い、人間同士の戦いへと。正面からぶつかり合う事は無いだろう、それだけの兵員や兵器を人知れず持ち込むのは流石に無理だ。するのだとしたら――、
「――テロリズム」
 市井に紛れ深く入り込み、そして、内部から突然牙を剥く。ばら撒かれた活骸の原因菌が人体へと入り込み増殖し、臨界点を超えたところで一気に外へと向けて迸る、それと同じ事を人間を使ってやるのだろう。発電施設とそれに付随する設備も重要だ、電力の安定供給を失えば軍も政府もその行動は大きく制限される、自家発電の設備は夫々に完備されていても燃料には限りが有る、確実に狙って来るだろう。
 大和人だけでは恐らくはそこ迄の発想は出来まい、計画書を策定しておく必要が有る。取り敢えずは概要だけでも今日の内に作っておこうかと机上の紙とペンに手を伸ばした時、突然扉が開かれて曹長の一人が入って来た。
「あ……お疲れ」
「……ああ」
 入って来たのは昼間の葬儀で埋葬された軍曹と同じ様に我が子を全て亡くした浜口、妻は一番下の子を産んだ時に難産の末に亡くなっており、今は亡き両親の力を借りて男手一つで三人の子供を育てていたと聞いている。上は中学一年生、一番下は小学三年生、その三人の全てを今回の曝露で亡くし悲嘆に暮れる様は見ているのも辛い程だった。それでも軍曹とは違い死を選ぶ事も無く、その気丈さが痛々しさすら感じさせ、タカコに胸の痛みを与えていた。
「今日の当直は私だよ?どうした、こんな時間に」
「……ああ、ちょっと、話をしたくて」
「話?」
「別に特段何か話したいんじゃないんだ、ただ……誰かと話したくて……付き合ってくれるか?」
「……ああ、私で良ければ」
 酷くやつれた顔、気丈に振舞っていても辛くない筈が無い。自分に何が出来るとも思わないが話して楽になるなら幾らでも付き合おう、そんな風に思いつつタカコは紙とペンを机に戻し、隣の席へと腰掛けた浜口へと向き直る。
「お前、博多の小中学校の運動会って見た事有るか?」
「運動会?いや、無いなぁ、凄いの?」
「親が参加する競技が結構有るんだけどな、ほら、博多の人間の相当数が軍関係者だろ?だからさ、自然と所属同士の意地の張り合いになるんだよ」
「あー……海兵隊と陸軍の」
「そうそう。綱引きもそうだし逓伝も、棒引き、あ、中学校は棒倒しなんだけど、とにかく激しくてな。子供が見てるから親としても絶対に負けられねぇって意地が有るし、子供の方も必死で応援してくれて……っ……すまねぇ……」
「……ううん、良いんだよ、それで……当然だ」
 突然運動会の話を始めた浜口、話す内に子供との想い出が噴き出して来たのか顔を歪めて下を向き、やがて肩を震わせて嗚咽を漏らし始める。タカコはそんな様子を見て顔を歪め、声音だけは穏やかに保ち、震える彼の肩へと手を掛けた。
「……お前が大和に来たからこんな事になった……そうなのか?」
 暫くの間咽び泣いていた浜口、涙に濡れた顔を上げて彼が口にした言葉に、タカコは動きを失った。
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