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第227章『呪詛』
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第227章『呪詛』
同じ境遇で自殺した軍曹、その墓の前に、浜口はもう長い事佇んでいた。少し前に終わった葬儀、最後迄残って何やら話していたタカコと敦賀も連れ立って去って行き、その後にこの場所へとやって来て、逝ってしまった仲間を見下ろしている。妻に先立たれていた以外は自分と同じ、一番に愛し護るべき者の全てを失ってしまった絶望はよく分かる、何とか持ち堪えているが自分も彼と同じ道を選ぶのかも知れないなとぼんやりと考えていた時、不意に背後から声を掛けられた。
「誰がこんな禍を齎したのか……知りたくはないか?」
誰だ、そう思って振り返ればそこにいたのは喪服を纏った長身の男が一人。背丈は敦賀とそう変わらない程だろうか、体格も同程度に逞しい。海兵隊では見た事は無いがと思いつつ向き直れば、穏やかな笑みを湛えたその男は静かに歩み寄って来た。
「二年五ヶ月前、対馬区へと外国の輸送機が墜落し女が一人だけ生き残り海兵隊に保護された。その女は傷が癒えた後は海兵隊へと留まり大和人だと身分を偽って海兵としての生活を始めた。名前はタカコ・シミズ、本当の身分はワシントン合衆国軍統合参謀本部直轄特殊部隊の指揮官、階級は大佐だ」
対馬区での墜落事故とタカコの保護とその後の処遇は今や海兵隊の中でも知る者の数はそう多くはない、それなのに部外者であろうこの男は何故それを知っているのか、それに特殊部隊の指揮官とは、大佐とは何の事なのかと咄嗟に警戒の態勢をとれば、男は浜口の様子に僅かに目を細め、それでも動きも言葉も止める事は無く彼の顔を覗き込む。
「第一次博多曝露、海兵隊基地内曝露、鳥栖曝露、そして先日の第二次博多曝露……おかしいと思わないか?何故彼女が現れてからこんなにも立て続けに君達を惨劇が襲い続けている?彼女が手引きしているからなんじゃないのか?」
「そんな……事は……あいつは、タカコは、前回の博多の時も基地の時も鳥栖でも今回も、俺達と一緒に戦って来てる……そんな」
「おかしいじゃないか、彼女が現れる迄は大和にはこんな禍は存在しなかった、活骸は防壁の向こう側にしかいなくて、本土は何処も安全だったのに……何故だ?」
顔を覗き込む男の双眸、穏やかそうに見えていたそれは酷く禍々しい光を放ち、口元は笑みで歪められ、そこから紡がれる言葉が浜口の感覚を徐々に狂わせていく。
「高い技術力と知識、それを持っているのに何故根本的な解決に至らない?何故悲劇ばかりが起き続ける?それは、彼女が禍を齎している張本人だからじゃないのか?怪しまれない為に協力しているふりをしているだけなんじゃないのか?彼女がいて状況が好転した事が有ったか?一万人以上の民間人が殺され、二千人近い海兵隊員が戦死して、第五防壁から先は放棄する事になった……彼女が、君達大和人に何をしてくれた?」
毒の様なその言葉は徐々に、しかし確実に浜口の意識を侵していく。これ以上聞いてはいけない、そう思うのに身体が動かない、語る内容に納得してしまいそうになる。
「彼女は活骸が同じ人間だと分かってからも攻撃の勢いは衰えなかった。それどころか散弾銃という新しい兵器を持ち込み、それで君達を撃ち殺したじゃないか……楽しそうに……何度も、何度も……君達を殺す為にやって来たからだよ、君の同胞を、仲間を……最愛の子供達を殺したのは彼女じゃないか、そうだろう?」
浜口の身体は既に自由を失い、見開かれた目は真っ直ぐに前を向くだけ、男はその様子を見て顔を歪めて笑い、彼の手に一振りのナイフを握らせた。
「彼女を殺してやれば良い、そうすれば全てが元に戻る、最愛の我が子も返って来る……全ての元凶である彼女が死ねば、日常が返って来るんだ、そうだろう?」
「……タカコを……ころ、す……?」
「そう、彼女が大和に来たからこんな事になった、その彼女が死ねば、いなくなれば、全てが元に戻るのは当然だろう?さあ……君がこの大和に以前の平穏を取り戻すんだ、防壁の先だけを見ていれば良いあの日を、我が子が危険に晒される事の無い日を……君が、やるんだ」
ゆっくりと握り締められるナイフの柄、男はそれを見て更に笑い、
「君が、タカコを、殺すんだ」
ゆっくりと区切る様にそう言い、最後に浜口の肩をぽんと叩いてゆっくりと歩き出す。
「彼女に……タカコに宜しく」
その言葉を最後に男はゆっくりと遠ざかり、出口の方へと向かって歩いて行き、やがてその姿は見えなくなった。
「お前がこの国に来てから全てがおかしくなった……お前が来たから活骸が防壁の向こうじゃなく本土に出現するようになった、仲間も……大勢死んだ……お前がいなかったら、皆、死なずに済んだんだ、俺の子も……違うか?」
隣に座りこちらを見詰めるタカコ、一瞬驚いた様に双眸を見開いたものの直ぐに目を伏せて俯いてしまい、浜口はそれを見て彼女の胸倉を掴んで立ち上がる。
「散弾銃持ち込んで、それで何が救われた?お前が撃ち殺したのは俺達大和人じゃないか、お前は俺達に同胞を、仲間を殺す事を教えただけじゃないか。基地の曝露の時は爆弾で纏めて殺して……お前は、お前は誰も救ってなんかいない、自分の手で殺し、俺達に殺させて、それだけじゃないか」
その言葉にタカコは一瞬身体を強張らせ、直ぐにまた視線を逸らす。浜口はその様子に構う事無く言葉を続け、そして、
「……お前がいなくなれば……以前の日常が戻って来るんだ、家に帰れば三人の子供がいて、兄弟喧嘩してて……俺は自分の子を殺さずに済むんだよ……!」
絞り出す様にそう言い顔を歪めると、左手をタカコのへと向けて叩き込んだ。
「……っ……あっ……」
その直後、限界迄見開かれるタカコの双眸、強張る身体、それ迄抗う事も無くだらりと下がっていた手が急に浜口の腕へと掛けられ、甲に青筋が浮く程の力でそこを掴む。言葉を紡ぐ事も無くぱくぱくは開閉する口、何かを求める様に掻き毟る手、その状態がどれだけ続いたのか、見開かれた双眸も手も力を失い、小さな身体全体が浜口へと向かって倒れ込んで来る。浜口が身体を引けばタカコのそれは支えを失い床へと倒れ込み、かれは足元に転がる身体とその腹部の辺りにゆっくりと広がり始めた赤い水溜り、そして、真っ赤に染まった自分の左手とそこに握られたナイフをぼんやりと見詰めていた。
「……これで……全部、元に……」
そう呟いた時に背後で音がして、それに緩慢な動きで振り返れば、そこには同じく大部屋の住人である曹長達数名が立っていた。
「あれ?こんな時間に何し……おい、それ何だよ、その手、何なんだよ!!」
尋常ではない事態に気付いたのか駆け寄って来る曹長達、机の島を回り込んで来た彼等が見たものは、床に倒れ込み流血しぴくりとも動かないタカコの姿。
「おい!大和田先生呼んで来い!先任も!司令と副司令に連絡!!早く!!止血!押さえる物持って来い!早く!!」
傷口を圧迫して止血しようとうつ伏せになった身体を仰向かせれば、半開きのままの双眸には既に光も意志も無くなりつつあり、顔色は白く、それを見た曹長は更に声を張り上げた。
「早く!誰か!!誰か来てくれ!!」
同じ境遇で自殺した軍曹、その墓の前に、浜口はもう長い事佇んでいた。少し前に終わった葬儀、最後迄残って何やら話していたタカコと敦賀も連れ立って去って行き、その後にこの場所へとやって来て、逝ってしまった仲間を見下ろしている。妻に先立たれていた以外は自分と同じ、一番に愛し護るべき者の全てを失ってしまった絶望はよく分かる、何とか持ち堪えているが自分も彼と同じ道を選ぶのかも知れないなとぼんやりと考えていた時、不意に背後から声を掛けられた。
「誰がこんな禍を齎したのか……知りたくはないか?」
誰だ、そう思って振り返ればそこにいたのは喪服を纏った長身の男が一人。背丈は敦賀とそう変わらない程だろうか、体格も同程度に逞しい。海兵隊では見た事は無いがと思いつつ向き直れば、穏やかな笑みを湛えたその男は静かに歩み寄って来た。
「二年五ヶ月前、対馬区へと外国の輸送機が墜落し女が一人だけ生き残り海兵隊に保護された。その女は傷が癒えた後は海兵隊へと留まり大和人だと身分を偽って海兵としての生活を始めた。名前はタカコ・シミズ、本当の身分はワシントン合衆国軍統合参謀本部直轄特殊部隊の指揮官、階級は大佐だ」
対馬区での墜落事故とタカコの保護とその後の処遇は今や海兵隊の中でも知る者の数はそう多くはない、それなのに部外者であろうこの男は何故それを知っているのか、それに特殊部隊の指揮官とは、大佐とは何の事なのかと咄嗟に警戒の態勢をとれば、男は浜口の様子に僅かに目を細め、それでも動きも言葉も止める事は無く彼の顔を覗き込む。
「第一次博多曝露、海兵隊基地内曝露、鳥栖曝露、そして先日の第二次博多曝露……おかしいと思わないか?何故彼女が現れてからこんなにも立て続けに君達を惨劇が襲い続けている?彼女が手引きしているからなんじゃないのか?」
「そんな……事は……あいつは、タカコは、前回の博多の時も基地の時も鳥栖でも今回も、俺達と一緒に戦って来てる……そんな」
「おかしいじゃないか、彼女が現れる迄は大和にはこんな禍は存在しなかった、活骸は防壁の向こう側にしかいなくて、本土は何処も安全だったのに……何故だ?」
顔を覗き込む男の双眸、穏やかそうに見えていたそれは酷く禍々しい光を放ち、口元は笑みで歪められ、そこから紡がれる言葉が浜口の感覚を徐々に狂わせていく。
「高い技術力と知識、それを持っているのに何故根本的な解決に至らない?何故悲劇ばかりが起き続ける?それは、彼女が禍を齎している張本人だからじゃないのか?怪しまれない為に協力しているふりをしているだけなんじゃないのか?彼女がいて状況が好転した事が有ったか?一万人以上の民間人が殺され、二千人近い海兵隊員が戦死して、第五防壁から先は放棄する事になった……彼女が、君達大和人に何をしてくれた?」
毒の様なその言葉は徐々に、しかし確実に浜口の意識を侵していく。これ以上聞いてはいけない、そう思うのに身体が動かない、語る内容に納得してしまいそうになる。
「彼女は活骸が同じ人間だと分かってからも攻撃の勢いは衰えなかった。それどころか散弾銃という新しい兵器を持ち込み、それで君達を撃ち殺したじゃないか……楽しそうに……何度も、何度も……君達を殺す為にやって来たからだよ、君の同胞を、仲間を……最愛の子供達を殺したのは彼女じゃないか、そうだろう?」
浜口の身体は既に自由を失い、見開かれた目は真っ直ぐに前を向くだけ、男はその様子を見て顔を歪めて笑い、彼の手に一振りのナイフを握らせた。
「彼女を殺してやれば良い、そうすれば全てが元に戻る、最愛の我が子も返って来る……全ての元凶である彼女が死ねば、日常が返って来るんだ、そうだろう?」
「……タカコを……ころ、す……?」
「そう、彼女が大和に来たからこんな事になった、その彼女が死ねば、いなくなれば、全てが元に戻るのは当然だろう?さあ……君がこの大和に以前の平穏を取り戻すんだ、防壁の先だけを見ていれば良いあの日を、我が子が危険に晒される事の無い日を……君が、やるんだ」
ゆっくりと握り締められるナイフの柄、男はそれを見て更に笑い、
「君が、タカコを、殺すんだ」
ゆっくりと区切る様にそう言い、最後に浜口の肩をぽんと叩いてゆっくりと歩き出す。
「彼女に……タカコに宜しく」
その言葉を最後に男はゆっくりと遠ざかり、出口の方へと向かって歩いて行き、やがてその姿は見えなくなった。
「お前がこの国に来てから全てがおかしくなった……お前が来たから活骸が防壁の向こうじゃなく本土に出現するようになった、仲間も……大勢死んだ……お前がいなかったら、皆、死なずに済んだんだ、俺の子も……違うか?」
隣に座りこちらを見詰めるタカコ、一瞬驚いた様に双眸を見開いたものの直ぐに目を伏せて俯いてしまい、浜口はそれを見て彼女の胸倉を掴んで立ち上がる。
「散弾銃持ち込んで、それで何が救われた?お前が撃ち殺したのは俺達大和人じゃないか、お前は俺達に同胞を、仲間を殺す事を教えただけじゃないか。基地の曝露の時は爆弾で纏めて殺して……お前は、お前は誰も救ってなんかいない、自分の手で殺し、俺達に殺させて、それだけじゃないか」
その言葉にタカコは一瞬身体を強張らせ、直ぐにまた視線を逸らす。浜口はその様子に構う事無く言葉を続け、そして、
「……お前がいなくなれば……以前の日常が戻って来るんだ、家に帰れば三人の子供がいて、兄弟喧嘩してて……俺は自分の子を殺さずに済むんだよ……!」
絞り出す様にそう言い顔を歪めると、左手をタカコのへと向けて叩き込んだ。
「……っ……あっ……」
その直後、限界迄見開かれるタカコの双眸、強張る身体、それ迄抗う事も無くだらりと下がっていた手が急に浜口の腕へと掛けられ、甲に青筋が浮く程の力でそこを掴む。言葉を紡ぐ事も無くぱくぱくは開閉する口、何かを求める様に掻き毟る手、その状態がどれだけ続いたのか、見開かれた双眸も手も力を失い、小さな身体全体が浜口へと向かって倒れ込んで来る。浜口が身体を引けばタカコのそれは支えを失い床へと倒れ込み、かれは足元に転がる身体とその腹部の辺りにゆっくりと広がり始めた赤い水溜り、そして、真っ赤に染まった自分の左手とそこに握られたナイフをぼんやりと見詰めていた。
「……これで……全部、元に……」
そう呟いた時に背後で音がして、それに緩慢な動きで振り返れば、そこには同じく大部屋の住人である曹長達数名が立っていた。
「あれ?こんな時間に何し……おい、それ何だよ、その手、何なんだよ!!」
尋常ではない事態に気付いたのか駆け寄って来る曹長達、机の島を回り込んで来た彼等が見たものは、床に倒れ込み流血しぴくりとも動かないタカコの姿。
「おい!大和田先生呼んで来い!先任も!司令と副司令に連絡!!早く!!止血!押さえる物持って来い!早く!!」
傷口を圧迫して止血しようとうつ伏せになった身体を仰向かせれば、半開きのままの双眸には既に光も意志も無くなりつつあり、顔色は白く、それを見た曹長は更に声を張り上げた。
「早く!誰か!!誰か来てくれ!!」
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