大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
28 / 100

第228章『拘束』

しおりを挟む
第228章『拘束』

 執務室で書類を片付けていた時、突然激しく叩かれた扉と入室の許可を口にする前に飛び込んで来た曹長の顔色の無さに、敦賀は動きを止めた。また曝露の発生か、敦賀はそう思い立ち上がろうとしたが、直後に相手の口から出た言葉を理解しきれずにそれをそのまま鸚鵡返しに口にする。
「……タカコが、浜口に刺された……?」
「早く!早く来て下さい!!」
 活骸との戦いで『殺す』という事には慣れていても、戦闘時ではない自陣営の中での同僚同士の刃傷沙汰等今迄発生した事は無い、その所為か知らせに来た曹長の顔は青褪めるを通り越して真っ白で、敦賀はその彼の様子に只事ではないと漸く動き出して執務室を飛び出した。
「大部屋です!!自分は警務に!!」
 背後から聞こえて来る言葉に階段を飛び降りる勢いで駆け下りて大部屋へと向かう。男手一つで三人の子供を育てていた浜口、今回三人全員が犠牲になった事で思い詰めて何か妙な事はしないかと警戒はしていたが、何故タカコに兇刃を、それを向けられた彼女は無事なのかと一階迄駆け下りて大部屋へと飛び込めば、そこは切羽詰った悲鳴にも似た怒号で溢れていた。
「先生まだなのかよ!!」
「連絡はしたよ!!直ぐに来るって!!」
「血が!血が止まんねぇよ!どうすりゃ良いんだよこれ!!」
「もっと強く押さえろ!」
「やってんだよ!でも止まんねぇんだよ!!」
 ストーブの脇で床へと捻じ伏せられ押さえ込まれた浜口の姿が見え、緊迫しきった叫びは机の島の向こう側から聞こえて来る。無事なのか、それを確認しようと走り出し浜口の脇を擦り抜けた敦賀の視界に入って来たのは、仰向けになり真っ赤に染まった右腹部を曹長の一人に押さえられたタカコの、真っ白な顔と虚ろな双眸だった。
 これよりももっと酷い状態等自分達は戦場で見慣れている筈で、バラバラに食い散らかされた仲間の死体を抱えた事も有る、怪我人にも死体にも、慣れている筈だった。けれど状況が全く違う、今は戦いを終えて平時へと戻りつつある自陣営、その中の自分達の執務室。有り得ない筈の状況で突然に突き付けられた異常な事態に、誰もが平静を失っている。敦賀もまたその一人ではあったものの、落ち着け、と、自らにも言い聞かせながらタカコの脇に立ち、
「気ぃしっかり保て馬鹿女!!」
 そう怒鳴りつけながら膝を突き傷口へと置かれた曹長の手に自らのそれを重ねた。ぐ、と力を込めつつ再度怒鳴り付ければ、その敦賀の声に反応しタカコの双眸に僅かに生気と意志が蘇る、そうだ、逝くな、戻って来いとどれだけの間呼び掛けをしていたのか、不意に肩を掴まれて強く後ろへと引き倒された。
「何しやが――」
「退け、俺の仕事だ」
 こんな時に何を、誰だと見てみれば手に薄い手袋を嵌めたジュリアーニ、いつも掴み所の無い笑みを浮かべていた顔に今は笑みは欠片も無く、緑色の瞳が鋭さと険しさを湛えてタカコを見下ろしている。そう言えばこいつは医者だった、大和田の到着を待つ事無く処置に入れる、助かった、そう思いながら敦賀と曹長が場所を開ければ、タカコの脇に膝を突いたジュリアーニが彼女へと語り掛ける。
「ボス、約束したでしょ、あんたを殺すのは俺だって。約束破るなんて許さないよ?あんたは今は死んじゃ駄目だよ、ね?持ち直したら俺がこの手で殺してあげる、だから、今は死なないで」
 声音だけはいつもの調子のまま、内容は随分と物騒な事を言いつつ脇に置いた鞄の中から注射器と硝子の小瓶を取り出し、その中に入っていた薬液を吸い出した注射器をタカコの身体へと突き立てる。
「おい!何を――」
「黙ってろ、心臓を止めるわけにはいかないんだ、強心剤と昇圧剤だ」
 針を身体から引き抜いた後は頸へと右手の指先を当て脈を取り、左手は創部へと持って行きそこを圧迫する。やがて多少の安定は見られたのかタカコの顔に幾分色味が戻り、それを確認したジュリアーニは創部を覆う様にしてタカコの腹に巻いた布をきつく縛り上げると彼女の身体を両腕に抱きかかえて立ち上がった。
「手術設備の有る病院は?」
「陸軍病院だ、しかし車で三十分は掛かるぞ、間に合うのか?」
「三十分か、無理だな……ここには設備と道具は無いのか?」
 敦賀の答えに舌打ちをするジュリアーニ、無理だ、その言葉に心臓が痛くなる。
「医務室の奥が手術室になってる、設備も道具も整ってる筈だ。一人で出来るのか?」
「俺一人じゃ無理だ、ドクター・オオワダを早く寄越してくれ、それ迄は俺一人で出来る事をやっておく」
 医務室の場所は分かる、そう言って歩き出すジュリアーニの腕の中でタカコが小さく唇を動かし、何か言いたい事が有るのか、そう思った敦賀が顔を寄せれば、
「……馬鹿……女って……久し振りに……聞い、た」
 と、呟く様な囁く様な、そんな微かな声音で言葉を紡ぐ。
「……死に掛けてる時に言う事じゃ……ねぇ、だろうが……!」
 目頭が熱くなる、鼻がツンと痛くなる、胸の痛みと込み上げるものを必死で堪えてそう言えば、それに面白くなさそうに舌打ちをしたジュリアーニが再び歩き出し、医務室の方へと消えて行った。
 ついて行っても医学の知識等無い自分達に出来る事は無い、もう直ぐ警務もやって来る、高根と小此木にも連絡は行っただろうから彼等もやって来るだろう。それを待つ間浜口に話を聞こうか、どんな扱いをするかは自信が無いが、そう思いながら相変わらず押さえ込まれたままの浜口へと向き直り、力無くされるがままの状態の彼を見下ろしてみる。
 途端に湧き上がる激しい怒り、一体タカコがあんな事をされる様な何をしたと言うのか、顔に蹴りの一つでもくれてやる、自分の中に渦巻く激しい感情を何とか押さえ込み一歩踏み出せば、脇に転がった血塗れのナイフが目に入った。
 刃渡りは二十cm程か、刃どころか柄迄全体が血に染まり、根元迄突き刺されたのだという事が窺い知れる。これがあの小さな身体へと突き立てられたのか、それを認識した瞬間、敦賀は感情を制御していた手綱を呆気無く手放した。
 言葉も無くしゃがみ込み、床へと転がった血塗れのナイフをその手に取る。同じ痛みを味わえば良い、小さく呟いたその時、
「敦賀上級曹長!」
 という、自分を階級を付けて怒鳴りつける高根の声が聞こえて来て、敦賀はそれに弾かれる様にして顔を上げた。
「……真吾」
 そこにいたのは高根と小此木、そして、その後ろから凄まじい形相で大部屋へと飛び込んで来たカタギリとウォーレン。押し退けて横を擦り抜けようとした二人の襟首を掴んだ高根は、
「この二人と敦賀を拘束しろ!俺が良いと言う迄営倉に叩き込んでおけ!」
 室内にいた曹長達に向かってそう声を張り上げる。
「真吾!てめぇ、今どういう状況だか分かってんのか!?」
「口を慎め!立場を弁えろ!!」
 突然の拘束命令に我を忘れて抗議の声を上げる敦賀、しかし高根はそれ以上の勢いで怒鳴りつけ、上下関係を強調されたそれに険を深くした敦賀を睨みつけ言葉を続けた。
「お前が今何をしようとしていたか気付いてないとでも思ってんのか馬鹿が!何で拘束するかか?お前とこの二人、俺がお前等の立場だったら浜口を殺すからだ!命令だ、この三人を即時拘束しろ!」
 見透かされていた、それを理解した直後に背後に立つ数人の気配、
「……先任、すみません……行きましょう」
 その曹長達の申し訳無さそうな声音に状況を把握し、敦賀は口元を歪めて歯を軋らせる。
 高根の言う通りだ、今、自分は浜口を殺そうとしていた、カタギリとウォーレンもそうなのだろう。その自分達が今ここにいても更に事態を深刻にするだけ、そうさせない為にも今は拘束を受けておくのが最善だ。
 特段抵抗する事も無く案内された営倉、その独房の中で、敦賀は永遠にも思える程の焦燥を味わう事になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。 ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!? 俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。 第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。 「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」 信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。 賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。 様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する! 異世界ざわつき転生譚、ここに開幕! ※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。

【短編】記憶を失っていても

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。  そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。  これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。 ※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...