大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第229章『血』

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第229章『血』

 曹長からの連絡を受けた大和田とその彼から更に呼集された数名の救護班、その彼等が支度を整えて手術室へと飛び込んで来て手早く配置に就いたのを見て、ジュリアーニは小さく安堵の息を漏らした。右脇腹を刺され肝臓の損傷は確実という状況では一人ではとても開腹を決断するには至らず、麻酔の導入と状態を安定させるしか出来ずそれに意識の全てを注ぎ、彼等の到着を見てそれで漸く先へ進めると意識を切り替えて行く。
「直ぐに開腹に入れる、ドクター・オオワダ、B型RH+の濃厚赤血球は何単位備蓄が有る?」
「え?『びー』って何の事です?それに、輸血用血液は陸軍病院で製造したものをその都度都合してもらっているので予備はここには無いんです」
「……血液型の分類呼称と数を教えてくれ」
「はい、一型から四型迄の四種類、更に夫々に陽と陰が有ってその型が完全に一致したものを――」
「んの……クソが!こんな時に国の違いかよ!!」
 意味不明の言葉を口にし質問して来たジュリアーニの突然の激昂、どうしたのかと細い目を見開く大和田と様子を見守り指示を待つ救護班の前で、ジュリアーニは一度俯いて肩を上下させ大きく一呼吸すると、
「輸血用血液を生鮮血で確保する、その間開腹はせず状態の維持を」
 と、苛立ちを滲ませた声音でそう言った。
「供血なら救護班の人間を出せば、採血の技術には何も問題は――」
「血液型の分類が大和とワシントンじゃ違うらしい、恐らくは言い方が違うだけだと思うが、俺には一型がワシントンでの何型を指すのか分からないんだ。それに、この人は俺達の指揮官だ、俺が執刀する以上俺が理解出来ない事を人に任せたくない。俺が採血と検査と選別をして確保して来る、その間、この人をお願いします」
 国と文化の差がこんなところで障害になるとは、大和田もそれを理解したのか険を深くして首肯し手術台の上に横たわるタカコへと視線を落とす。こんな下らない事でこの人物を喪うわけにはいかない、彼が戻る迄状態を維持させるのが自分の役目、彼の主張にはきっちりと筋が通っている、反論する理由は何処にも無い。
「分かりました、ただ、瀕死の人体相手です、引き伸ばすにも限度が有ります、出来るだけ早く戻って下さい」
「お願いします!」
 大和田の言葉を聞いて手術室を飛び出すジュリアーニ、既に血に染まった手袋を外し医務室の処置台の上へと置いてあった自分の鞄を掴んで大部屋へと駆け戻る。
「コマンダント・タカネ!頼みが有ります!カタギリとウォーレンから採血をさせて下さい!!ボスの手術の為の血液が足りませんが我が国と貴国では血液型の概念にずれが有ります、既に確定していて利用実績の有る彼等の血液か、俺が確かめたもの以外は使用出来ません!!」
 警務隊も現着し現場検証が始まっていた曹長の大部屋、拘束されていた浜口は取調べでも有るのか何処かへ連行された後で、険しい面持ちで警務隊と彼等と話す曹長達を見ていた高根が振り返る。
「分かった。おい、営倉に案内してやれ」
「はい。こっちだ、来てくれ」
「有り難う御座います、後、出来るだけ沢山人間を集めて下さい、二人からの供血では足りないと思います」
「分かった、直ぐに手配しよう。おい、営舎の人間全員叩き起こせ」
「はっ!」
 多くを聞く必要も無いと即断し横にいた小此木に指示を出す高根、ジュリアーニはその彼に軽く挙手敬礼をして歩き出し、小此木の先導で営倉の仲間二人のところへと向かう為に部屋を出た。
「二人共腕出して!早く!!」
「マリオ!?採血なんてここのメディックに――」
「駄目なんだ、血液型の概念が違うらしい、そんなのに任せられない!早く腕出して!!」
 それだけ言えば分かるのか格子へと駆け寄り袖を捲くり腕を出す二人、ジュリアーニはその彼等の腕を細い紐のような者で手早く縛り上げ、そこよりも指先の部分へと注射針を突き刺し立ち上がる。
「時間が無い、静脈じゃなくて動脈血採るよ!針抜いた後は十分はしっかり圧迫止血して!溜まった頃にまた来るから!その間出来るだけ大勢の採血をして来るよ!」
 針の先には細い管、それは半透明の密封された袋へと繋がり、二人はそれを持ちながら頻りに針を刺された方の手を握ったり開いたりし始める。それを見て踵を返そうとしたジュリアーニを呼び止めたのは敦賀、
「俺のも使ってくれ、限界迄採ってもらって構わねぇ」
 短く、しかしはっきりとそう言い切った彼にジュリアーニは歩みを止め、小さく溜息を吐いて彼の方へと歩み寄り格子の前へと膝を突いた。
「調べもせずにいきなり使うわけにはいかないんでね、検査をさせてもらうよ。ボスと坊やの型が適合する事を祈っててくれ」
 彼が取り出したのは今度は注射針の付いた試験管、腕の静脈を素早く探り当てて一息に突き刺し、試験管の中を敦賀の血液で満たした後は
「適当に押さえておいて」
 と、それだけ言って立ち上がり今度こそ部屋を出る。出来るだけ多くの人間から採血をして篩に掛け、B型の人間を選別しなければ。前時代と血液型の比率の構成が大きく変わっていなければ完全適合は五人に一人、最悪完全適合に拘る事は後回しにしてO型も候補に入れるべきか、そう算段を付けつつ営倉を出れば、営舎から出て本部棟へと向かう大勢の海兵達の姿が目に入った。
「救護班も手伝います!指示を出して下さい!」
「採血用の試験管に名前を書いて片っ端から採血を!俺は適合試験に専念します!採血した試験管は随時持って来て!試験の方法を説明した後は俺は手術に戻ります!」
 何が起きたのか知らされているのかいないのかは分からない、それでも総司令官の命令とは言え即座にこれだけの人数が集まってくれた事に内心感謝しつつジュリアーニは自らの腕を縛り、そこにも針を差し入れた。

「――説明は以上です、適合が確認され次第その人間からこの袋一杯分採血し随時手術室へ、お願いします」
「分かりました」
 救護班への説明を終えて立ち上がるジュリアーニ、走り始めた彼が向かうのは営倉。手には栓をした試験管が一つ握られ、仲間二人の採血はそろそろ終わった頃合かと扉を開けて中へと向かって声を放る。
「ケイン!ジェフ!終わった!?」
「終わった!早くボスのところへ!」
 時間が無い、取り敢えずこの二袋だけでも持ち込んで早く手術を始めなければ、砂時計の砂はどんどん落ちて行くばかりだと袋を受け取り再び走り出す。
「おい!俺の血は!」
 その彼を呼び止めたのは先程と同じ敦賀の声、それに舌打ちをして彼へと向き直り、手にしていた試験管を放り投げた。営倉の通路の床へと落ちて砕け散る試験管、その中に入っていた薄く赤く色付いた濁った液体が床を濡らす。
「不適合だ、坊やの血液はボスには入れられないよ……使えない奴」
 敦賀が悪いわけではない事は分かっているものの、それでも苛立ちに任せて吐き捨て今度こそ営倉を出て手術室へと向かい、走り出した。
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