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第257章『綻び』
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第257章『綻び』
「……は?うちの清水ですか?」
「ああ、風邪でもひいていたのか昨日会議の時に随分辛そうだったから、ちょっと気になってね」
場所は陸軍宇治駐屯地の本部棟の廊下、陸軍中将が何故海兵隊の一曹長について態々、上辺の愛想笑いを顔に貼り付けたまま聞き返した高根に、質問を投げ掛けた中将が更に言葉を返す。高根はそれを聞いて更に警戒を強め、
「御心遣い有り難う御座います。しかし、何故また副長が清水を気に掛けてるんです?」
と、言葉を選びつつも疑問をそのまま投げ掛けてみた。
「いや、至極個人的な事で、本来は今話すべきではないんだが。総司令も気が付いているんだろうが、息子と清水曹長の関係でね」
「と、言いますと?」
「切っ掛け迄は聞いてはいないが、どうも息子が清水曹長に惚れている様でね。昨年会議で統幕に来た事が有っただろう、その時に息子が彼女をうちに連れて来てね。その時に話をしたら、まぁ、その、将来的な事も見据えていて、少なくとも自分はそのつもりだと、結婚しようと思ってると言ってたんだ」
「はぁ、そんな事が……あ、いや、自分も確かに息子さんの気持ちについては薄々は勘付いてましたが」
「実際のところはどうなんだろう、息子はあの通り不器用で人の心の機微に聡い部類じゃないだろう?一人で勝手に突っ走っているとは思いたくはないし、多佳子さんと話をした時にも彼女が嫌がっている素振りは無かったし、それなりの間柄だとは思いたいんだが。何せあの性格の上にもういい歳だろう、流石に色々と心配でね」
何とも妙な按配になって来たな、と、高根は表向きの表情は崩さずに内心で独り言ちる。陸軍と海兵隊の違いは有れどとても有能な軍人として名高い中将、今迄こうして顔を合わせる事が有ってもここ迄息子である敦賀の事について突っ込んで聞いて来る事は無かった。有ったとしてもしっかりとやっているのか、同僚や部下や上官とは上手くやれているのか、その程度の事で、それに対しての高根の答えを聞いた後は
「……そうか」
と、短くそう言うだけ。職務中に顔を合わせる時に言葉を交わすのだからそれでも突っ込んでいるとも言えるのだろうが、ここ迄真っ向から極々個人的な話を持って来られたのは流石に初めてだ。
先程タカコの名前を持ち出された時は、鋭い嗅覚でタカコに関する何かを嗅ぎつけたのかと一瞬身構えはしたものの、どうもそういう事ではないらしい。純粋に息子の嫁候補であるタカコの身体を案じて話し掛けて来た様子で、冷静で理知的な中将にこんな親馬鹿な一面が有ったのかと妙な感心すら覚えてしまった。
「まあ私も流石に息子さんや清水の私生活迄全て把握しているわけではありませんが、仲が良いのは確かですね。清水が曹長に昇進して部下を持つ様になる迄はよく二人でいるのを見ましたし、時々中洲にも飲みに出ているようですよ。そうですか……息子さんがそんな事を……清水は今医務室で休んでる筈です、ご案内しますよ」
「悪いな」
昨年の晩秋に京都に来た時、タカコを伴って実家へと顔を出した敦賀が結局そのまま泊まったのだという事は高根も直後に聞いて知っていた。しかし、親子の間で会話が交わされていたとは、長年の不仲にも修復の兆しが見えて来たらしい。その上話題はタカコとの結婚とは、随分と面白い流れになって来たな、医務室へと向かって歩きながらそんな事を考えて小さく笑う。
以前黒川にも言った『黒川でも敦賀でも構わない、タカコをこの国に留まらせる為に楔と鎖の役目を』、その考えは今でも変わっていない、寧ろより強くなっていると言って良い。黒川も敦賀もどうも決定打に欠ける流れの中、こんな思いもよらぬ方向からの援護射撃とは、世の中何が有るか本当に分からない。中将のこの様子ではタカコを気に入っている様子だし、結婚に反対するという事は無いのだろう、寧ろ息子である敦賀よりもそれを望んでいる位の勢いだ。そんな事を考えこの先の事を算段しつつ医務室の前に到着し、
「こちらです」
と、中将の方へと向き直った。
「眠ってるかも知れませんが……」
「ああ、それは構わない。私が何の連絡も無しに来ているんだし、動かせない様な予定が無いのなら休む事も仕事の内だろう」
「恐れ入ります」
眠っていればその寝顔をそっと見る位しか出来ないが、と中へ入ろうと扉へと手を掛けた高根に、廊下の向こう側から声が掛かったのはそんな時だった。
「司令!お忙しいところ申し訳……副長、失礼しました!」
「ああ、仕事の話だろう、私の事は気にしないでくれ」
「申し訳有りません……で、どうかしたのか」
「はい、予定してた調達の件なんですが、連絡の行き違いが有った様で、こちらが指定していた納期が伝わっていなかったらしく、間に合わないと」
「そうか……拙いな……副長、申し訳有りませんが、少々緊急の対応の必要が有る様ですので」
「分かった、見舞うだけだから私一人でも問題無い、仕事に戻ってくれ」
「申し訳有りません、失礼します」
不測の事態に対処する為、高根は部下と共に中将へと挙手敬礼をして踵を返し歩き出す。自分のいないところでタカコの出自を知らない軍幹部に彼女を合わせるのは気が進まない事ではあるものの、本人の目的は全くの無関係なのであればそうそう問題は起こるまい、そう判断して仕事へと戻って行った高根の背中が曲がり角の向こうへと消えて行くのを見届けた後、中将は扉を叩いて医務室の中へと足を踏み入れた。
「失礼、海兵隊員がここで休んでいると聞いたので――」
いるであろう医官へと向けた言葉は、相手の不在を知り途中で途切れた。寝台の方からは人の気配が一つ、今この部屋にはタカコしかいないのかと思い至り、今し方閉めたばかりの扉を開き、再度中へと歩みを進める。寝台へと歩み寄って見ればそこにはやはりタカコが一人きり、布団から出た顔は熱による赤みを帯び額には汗が浮き、少し苦しそうな表情を浮かべて寝息を立てている。後頭部と首には氷嚢が当てられ、やはり昨日もそれなりに無理を押しての会議への出席だったのだろう、今日はゆっくり休んで早く復調出来れば良いが、と、起こすのも忍びないと寝顔を見て様子を確認するに留め退室しようとした中将の眼前で、タカコの唇が動き言葉を紡ぎ出した。
「...Search...and...Destroy...」
「……は?うちの清水ですか?」
「ああ、風邪でもひいていたのか昨日会議の時に随分辛そうだったから、ちょっと気になってね」
場所は陸軍宇治駐屯地の本部棟の廊下、陸軍中将が何故海兵隊の一曹長について態々、上辺の愛想笑いを顔に貼り付けたまま聞き返した高根に、質問を投げ掛けた中将が更に言葉を返す。高根はそれを聞いて更に警戒を強め、
「御心遣い有り難う御座います。しかし、何故また副長が清水を気に掛けてるんです?」
と、言葉を選びつつも疑問をそのまま投げ掛けてみた。
「いや、至極個人的な事で、本来は今話すべきではないんだが。総司令も気が付いているんだろうが、息子と清水曹長の関係でね」
「と、言いますと?」
「切っ掛け迄は聞いてはいないが、どうも息子が清水曹長に惚れている様でね。昨年会議で統幕に来た事が有っただろう、その時に息子が彼女をうちに連れて来てね。その時に話をしたら、まぁ、その、将来的な事も見据えていて、少なくとも自分はそのつもりだと、結婚しようと思ってると言ってたんだ」
「はぁ、そんな事が……あ、いや、自分も確かに息子さんの気持ちについては薄々は勘付いてましたが」
「実際のところはどうなんだろう、息子はあの通り不器用で人の心の機微に聡い部類じゃないだろう?一人で勝手に突っ走っているとは思いたくはないし、多佳子さんと話をした時にも彼女が嫌がっている素振りは無かったし、それなりの間柄だとは思いたいんだが。何せあの性格の上にもういい歳だろう、流石に色々と心配でね」
何とも妙な按配になって来たな、と、高根は表向きの表情は崩さずに内心で独り言ちる。陸軍と海兵隊の違いは有れどとても有能な軍人として名高い中将、今迄こうして顔を合わせる事が有ってもここ迄息子である敦賀の事について突っ込んで聞いて来る事は無かった。有ったとしてもしっかりとやっているのか、同僚や部下や上官とは上手くやれているのか、その程度の事で、それに対しての高根の答えを聞いた後は
「……そうか」
と、短くそう言うだけ。職務中に顔を合わせる時に言葉を交わすのだからそれでも突っ込んでいるとも言えるのだろうが、ここ迄真っ向から極々個人的な話を持って来られたのは流石に初めてだ。
先程タカコの名前を持ち出された時は、鋭い嗅覚でタカコに関する何かを嗅ぎつけたのかと一瞬身構えはしたものの、どうもそういう事ではないらしい。純粋に息子の嫁候補であるタカコの身体を案じて話し掛けて来た様子で、冷静で理知的な中将にこんな親馬鹿な一面が有ったのかと妙な感心すら覚えてしまった。
「まあ私も流石に息子さんや清水の私生活迄全て把握しているわけではありませんが、仲が良いのは確かですね。清水が曹長に昇進して部下を持つ様になる迄はよく二人でいるのを見ましたし、時々中洲にも飲みに出ているようですよ。そうですか……息子さんがそんな事を……清水は今医務室で休んでる筈です、ご案内しますよ」
「悪いな」
昨年の晩秋に京都に来た時、タカコを伴って実家へと顔を出した敦賀が結局そのまま泊まったのだという事は高根も直後に聞いて知っていた。しかし、親子の間で会話が交わされていたとは、長年の不仲にも修復の兆しが見えて来たらしい。その上話題はタカコとの結婚とは、随分と面白い流れになって来たな、医務室へと向かって歩きながらそんな事を考えて小さく笑う。
以前黒川にも言った『黒川でも敦賀でも構わない、タカコをこの国に留まらせる為に楔と鎖の役目を』、その考えは今でも変わっていない、寧ろより強くなっていると言って良い。黒川も敦賀もどうも決定打に欠ける流れの中、こんな思いもよらぬ方向からの援護射撃とは、世の中何が有るか本当に分からない。中将のこの様子ではタカコを気に入っている様子だし、結婚に反対するという事は無いのだろう、寧ろ息子である敦賀よりもそれを望んでいる位の勢いだ。そんな事を考えこの先の事を算段しつつ医務室の前に到着し、
「こちらです」
と、中将の方へと向き直った。
「眠ってるかも知れませんが……」
「ああ、それは構わない。私が何の連絡も無しに来ているんだし、動かせない様な予定が無いのなら休む事も仕事の内だろう」
「恐れ入ります」
眠っていればその寝顔をそっと見る位しか出来ないが、と中へ入ろうと扉へと手を掛けた高根に、廊下の向こう側から声が掛かったのはそんな時だった。
「司令!お忙しいところ申し訳……副長、失礼しました!」
「ああ、仕事の話だろう、私の事は気にしないでくれ」
「申し訳有りません……で、どうかしたのか」
「はい、予定してた調達の件なんですが、連絡の行き違いが有った様で、こちらが指定していた納期が伝わっていなかったらしく、間に合わないと」
「そうか……拙いな……副長、申し訳有りませんが、少々緊急の対応の必要が有る様ですので」
「分かった、見舞うだけだから私一人でも問題無い、仕事に戻ってくれ」
「申し訳有りません、失礼します」
不測の事態に対処する為、高根は部下と共に中将へと挙手敬礼をして踵を返し歩き出す。自分のいないところでタカコの出自を知らない軍幹部に彼女を合わせるのは気が進まない事ではあるものの、本人の目的は全くの無関係なのであればそうそう問題は起こるまい、そう判断して仕事へと戻って行った高根の背中が曲がり角の向こうへと消えて行くのを見届けた後、中将は扉を叩いて医務室の中へと足を踏み入れた。
「失礼、海兵隊員がここで休んでいると聞いたので――」
いるであろう医官へと向けた言葉は、相手の不在を知り途中で途切れた。寝台の方からは人の気配が一つ、今この部屋にはタカコしかいないのかと思い至り、今し方閉めたばかりの扉を開き、再度中へと歩みを進める。寝台へと歩み寄って見ればそこにはやはりタカコが一人きり、布団から出た顔は熱による赤みを帯び額には汗が浮き、少し苦しそうな表情を浮かべて寝息を立てている。後頭部と首には氷嚢が当てられ、やはり昨日もそれなりに無理を押しての会議への出席だったのだろう、今日はゆっくり休んで早く復調出来れば良いが、と、起こすのも忍びないと寝顔を見て様子を確認するに留め退室しようとした中将の眼前で、タカコの唇が動き言葉を紡ぎ出した。
「...Search...and...Destroy...」
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