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第256章『親心』
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第256章『親心』
敦賀貴一郎、年齢、五十八歳、職業、大和軍統合幕僚監部副長、階級、陸軍中将。代々陸軍士官を輩出する武門の旧家の長男として生まれ、親や先祖と同じ様に陸軍士官の道へと進み出世街道を順調に進んで来た、所謂『恵まれた部類』の生粋の陸軍人。浮付いたところは一切無く性格は寡黙で実直そのもの、部下からは慕われ上や同僚からの信頼は厚く、軍人の鑑と称される程の彼にとって唯一の躓き且つ長年の心配事とは、反りが合わずに出奔した長男の事について。
特に疑問に思う事も無く自らがそうであった様に息子にも陸軍士官の道を進む事を期待していたが、中学を卒業すると同時に家を出た息子が向かった先は海兵隊。しかも当て付けの様に敢えて兵卒としての入隊を選び、それきり親族の冠婚葬祭以外では家どころか京都にすら寄り付きもせず、気が付いた時には十年以上の歳月が流れ、口下手で反抗的だった少年はいつの間にか海兵隊最先任上級曹長となっていた。
職業の強制に関しては自分にも非が有ったと認めたもののそれを相手に伝える事も機会も無く、十年後の生存率がたったの五分という、凄まじい損耗率を持つ海兵隊下士官の任に在る息子を心配し続ける毎日だった。任務がそれだけ過酷であるのならばせめて傍に寄り添ってくれる伴侶を、そう思い続けていた彼の最近の関心事は、その待ちに待った息子の伴侶について。
数ヶ月程前に息子が久方振りの帰省に伴っていた海兵隊の女性曹長、統幕の副長としても彼女には関心を引き付けられたが、自宅での短い語らいの中で彼女に感じたのは、とても真摯で誠実で、そして、途轍も無く強い意志を持っている女性であるという事。両親が病没する迄はその脛齧りだったとはとても思えない程の聡明さを感じさせ、それと同時に漂う優しさに、この人ならば息子を安心して託せると、心の底から安堵した。
彼女の様子から結婚の約束はおろか恋人として付き合っている様子でもない事は窺えたが、息子が彼女を見る眼差しは今迄に見た事も無い位に穏やかで優しく、将来を望んでいるのだという事は直ぐに分かった。そうなれば親としては我が子の想いを遂げさせてやりたいと思うのは当然の事で、その彼女が負傷して入院していると聞いた時、都合良く入っていた九州への出張を利用して見舞いに行こうと直ぐに思い立った。親の自分が息子をすっ飛ばして彼女に対して真っ向から結婚等を働きかけるつもりは流石に無かったが、外堀を埋めるとでも言うのか、彼女がその方向性を選択し易くなる様に周囲の状況を多少なりとも整えておいてやるか、と、そう思っての事。
案内役をしてくれた西方旅団総監の黒川にもその一環として『息子の嫁』といった風な発言をしたが、あんなに分かり易い息子の様子に、切れ者として有名な彼らしくもなく気付いていなかったのかひどく驚いた様子だった。まあ陸軍と海兵隊ではいかに頂点同士が深く繋がっているとは言え気付かないか、そう思ったのを覚えている。
その彼の案内で久し振りに顔を見た彼女は点滴台に乗って自分と黒川の前を疾走して行った挙句に看護師にひどく叱責されていて、思っていたよりも随分と活発で少々子供っぽいところも併せ持った性格の様子の彼女の姿に、色々と不器用な息子にはこの位の伴侶が丁度良いに違い無い、是非とも嫁に来てもらわなければと、そんな思いを強くした。
そして今、二条城跡の三軍統括省内に在る統合幕僚監部の大会議室、中将はそこで息子の嫁――、タカコの様子をじっと見詰めていた。風邪でもひいているのか赤い顔、気丈に振舞って見せてはいるが辛そうな様子が端々に見て取れて、重要な会議だからと無理を押して出席したのかと思い至る。本来であれば休ませてやりたいと息子もその上官である高根もそう思っているのだろうが、今後の戦略の大きな柱となる計画の為の会議ではそれも無理か、せめてこの会議を出来るだけ早く終わらせてやる位しか出来る事は無いのだろう。
生まれ持った才能と、そして入隊してからの大変な努力が有ったのだろう、入隊迄はほぼ引き籠もりの生活だった様だが、今目の前にいる彼女の身体は引き締まり俊敏さと躍動感を窺わせている。慣例として海兵隊は女性を戦闘職には就かせないと聞いているが、総司令の高根がその慣例に反して迄登用している事を考えれば、彼女という存在は現在の海兵隊にとって非常に重要な要素になりつつあるのだろう。それ程に大きな才能を持ちほんの短期間で第一線へと躍り出たタカコ、同じ様に前線に立ち続ける息子への理解も有るだろう、肩を並べて立ち、同じもの同じ方向を見る事も充分に出来るだろう。あの不器用な息子にとってこれ程適格な伴侶もそうそういない、是非とも外堀を完全に埋めて状況を整えてやらなければ。
息子が自力で事を進められないとは思わないが、女性関係に関して敏いという印象は無いし上官である高根からもそんな話は聞いた事は無い。年齢も年齢なのだから急いだ方が良いのは確かで、息子一人にやらせていたら何年掛かるのか、と、会議の場には似つかわしくないそんな極々個人的な事を考えつつ、中将は今後の事を算段する。
暫くは宇治駐屯地に留まると聞いている九州の混成部隊、細かい打ち合わせもまだ何度かしなければならないだろうしその時にでも声を掛けてみようか、中将はそんな事を考えつつ、いい加減に仕事に戻るか、と、意識を会議の内容へと切り替えた。
敦賀貴一郎、年齢、五十八歳、職業、大和軍統合幕僚監部副長、階級、陸軍中将。代々陸軍士官を輩出する武門の旧家の長男として生まれ、親や先祖と同じ様に陸軍士官の道へと進み出世街道を順調に進んで来た、所謂『恵まれた部類』の生粋の陸軍人。浮付いたところは一切無く性格は寡黙で実直そのもの、部下からは慕われ上や同僚からの信頼は厚く、軍人の鑑と称される程の彼にとって唯一の躓き且つ長年の心配事とは、反りが合わずに出奔した長男の事について。
特に疑問に思う事も無く自らがそうであった様に息子にも陸軍士官の道を進む事を期待していたが、中学を卒業すると同時に家を出た息子が向かった先は海兵隊。しかも当て付けの様に敢えて兵卒としての入隊を選び、それきり親族の冠婚葬祭以外では家どころか京都にすら寄り付きもせず、気が付いた時には十年以上の歳月が流れ、口下手で反抗的だった少年はいつの間にか海兵隊最先任上級曹長となっていた。
職業の強制に関しては自分にも非が有ったと認めたもののそれを相手に伝える事も機会も無く、十年後の生存率がたったの五分という、凄まじい損耗率を持つ海兵隊下士官の任に在る息子を心配し続ける毎日だった。任務がそれだけ過酷であるのならばせめて傍に寄り添ってくれる伴侶を、そう思い続けていた彼の最近の関心事は、その待ちに待った息子の伴侶について。
数ヶ月程前に息子が久方振りの帰省に伴っていた海兵隊の女性曹長、統幕の副長としても彼女には関心を引き付けられたが、自宅での短い語らいの中で彼女に感じたのは、とても真摯で誠実で、そして、途轍も無く強い意志を持っている女性であるという事。両親が病没する迄はその脛齧りだったとはとても思えない程の聡明さを感じさせ、それと同時に漂う優しさに、この人ならば息子を安心して託せると、心の底から安堵した。
彼女の様子から結婚の約束はおろか恋人として付き合っている様子でもない事は窺えたが、息子が彼女を見る眼差しは今迄に見た事も無い位に穏やかで優しく、将来を望んでいるのだという事は直ぐに分かった。そうなれば親としては我が子の想いを遂げさせてやりたいと思うのは当然の事で、その彼女が負傷して入院していると聞いた時、都合良く入っていた九州への出張を利用して見舞いに行こうと直ぐに思い立った。親の自分が息子をすっ飛ばして彼女に対して真っ向から結婚等を働きかけるつもりは流石に無かったが、外堀を埋めるとでも言うのか、彼女がその方向性を選択し易くなる様に周囲の状況を多少なりとも整えておいてやるか、と、そう思っての事。
案内役をしてくれた西方旅団総監の黒川にもその一環として『息子の嫁』といった風な発言をしたが、あんなに分かり易い息子の様子に、切れ者として有名な彼らしくもなく気付いていなかったのかひどく驚いた様子だった。まあ陸軍と海兵隊ではいかに頂点同士が深く繋がっているとは言え気付かないか、そう思ったのを覚えている。
その彼の案内で久し振りに顔を見た彼女は点滴台に乗って自分と黒川の前を疾走して行った挙句に看護師にひどく叱責されていて、思っていたよりも随分と活発で少々子供っぽいところも併せ持った性格の様子の彼女の姿に、色々と不器用な息子にはこの位の伴侶が丁度良いに違い無い、是非とも嫁に来てもらわなければと、そんな思いを強くした。
そして今、二条城跡の三軍統括省内に在る統合幕僚監部の大会議室、中将はそこで息子の嫁――、タカコの様子をじっと見詰めていた。風邪でもひいているのか赤い顔、気丈に振舞って見せてはいるが辛そうな様子が端々に見て取れて、重要な会議だからと無理を押して出席したのかと思い至る。本来であれば休ませてやりたいと息子もその上官である高根もそう思っているのだろうが、今後の戦略の大きな柱となる計画の為の会議ではそれも無理か、せめてこの会議を出来るだけ早く終わらせてやる位しか出来る事は無いのだろう。
生まれ持った才能と、そして入隊してからの大変な努力が有ったのだろう、入隊迄はほぼ引き籠もりの生活だった様だが、今目の前にいる彼女の身体は引き締まり俊敏さと躍動感を窺わせている。慣例として海兵隊は女性を戦闘職には就かせないと聞いているが、総司令の高根がその慣例に反して迄登用している事を考えれば、彼女という存在は現在の海兵隊にとって非常に重要な要素になりつつあるのだろう。それ程に大きな才能を持ちほんの短期間で第一線へと躍り出たタカコ、同じ様に前線に立ち続ける息子への理解も有るだろう、肩を並べて立ち、同じもの同じ方向を見る事も充分に出来るだろう。あの不器用な息子にとってこれ程適格な伴侶もそうそういない、是非とも外堀を完全に埋めて状況を整えてやらなければ。
息子が自力で事を進められないとは思わないが、女性関係に関して敏いという印象は無いし上官である高根からもそんな話は聞いた事は無い。年齢も年齢なのだから急いだ方が良いのは確かで、息子一人にやらせていたら何年掛かるのか、と、会議の場には似つかわしくないそんな極々個人的な事を考えつつ、中将は今後の事を算段する。
暫くは宇治駐屯地に留まると聞いている九州の混成部隊、細かい打ち合わせもまだ何度かしなければならないだろうしその時にでも声を掛けてみようか、中将はそんな事を考えつつ、いい加減に仕事に戻るか、と、意識を会議の内容へと切り替えた。
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