大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第261章『全滅』

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第261章『全滅』

 ――第八分隊、分隊長、市ノ瀬海兵隊大尉――

 今回の対非正規兵の訓練、非正規兵役はタカコが務めるらしいと聞いている。古参とは言い難い在籍年数だが新兵よりは余程経験の有る立場、彼女がこの国へとやって来てからの事は大抵は知っているという自負は有る。新たな戦術の採用と展開に深く関わり、昨年の博多基地曝露では先頭に立ち戦っていたタカコ、一筋縄で行く相手ではないという事は十二分に理解しているつもりだ。敵地に進攻し拠点を占拠するという筋書きのこの訓練、彼女がどう出て来るかは自分達分隊どころか連名での総責任者である陸軍総監の黒川にも海兵隊総司令の高根にも知らされていないと聞いている、全員が全くの未経験で手探り状態、一瞬たりとも気は抜けないが、何に気を配れば良いのかすら分からない。
「分隊長、どう進みますか。目標は直線で七kmほど先ですが、最短距離を進みますか?」
「いや……最短距離は敵も狙って来るだろう、迂回して進もう」
 対人戦の経験等全く無いが、それでも最短距離は最も狙われ易いであろう事位は理解している。相手を確実に潰そうと思っていれば絶対に警戒は一番厚くなっている筈、そう判断して隊員達に指示を出し、市ノ瀬の分隊は右方向へと大きく迂回して進攻を再開した。
「少し休憩するか……三名を警戒に残して休憩だ、交替して警戒に当たれ」
「了解です」
 隊列の歩みが止まったのは再開から二時間程経ってから。攻撃を警戒しての進みはひどく遅く、まだ数km程しか進んではいないが、それでも緊張から来る疲労と喉の渇きは思いの外激しく、井戸を見掛けた一之瀬はここで水分を補給しておくかと部隊員達へと指示を出す。
「水道も電気ももう遮断されてるけど、井戸がまだ生きてるのは助かりますね」
 井戸の脇に放置されたままの大き目の樽には呼び水用に汲まれた水がまだ残っていて、多少濁ってはいるがこの程度なら、そんな事を言いながら隊員達が呼び水を入れ井戸の手押しポンプへと手を掛ける。ぎぃこ、ぎぃこ、と金属が軋んだ鈍い音を立て始め、やがて排出口から水が流れ始め、隊員達はそれを手袋を外した両手で受け止め口へと運び渇きを癒す。警戒に当たっていた隊員も交替して水分を補給し、最後に一之瀬も冷たい水を口にし、十分程の小休止の後に隊列は歩みを再開した。
 その彼等に異変が生じたのはそれから三十分も経たない内、一人、また一人と腹痛を訴え物陰や民家へと駆け込んで行き、やがて一之瀬も耐え難い腹痛と便意に襲われて廃墟となった民家の中へと入りその便所へと駆け込んだ。
「……冗談だろ……これ、腫瘍出来て腹開いた時と同じじゃねぇか……!」
 この痛みと強烈な便意には覚えが有る、二年程前に開腹手術の為に入院した時、術前に下剤を飲まされ、その後襲って来た感覚と全く同じだ。呼び水は直ぐに排出されるからそれに当たったという事も無い、それに当たるとしてもこんな短時間で症状が出る事も無いだろう。考えられる可能性として一番高いのは、非正規兵役のタカコが井戸水を飲む事を見越して下剤を投入したという事。
 どれ程トイレに籠もっていたのか、何とか出し切ったかとフラフラと便所を出れば、入る前に床に置いた装備、そこに一枚の紙切れが貼り付けられているのに気が付いてそれを手に取ってみる。
 そこには、

『敵地で何の検査も警戒もせずに水飲むとかマジ有り得なーい。一之瀬分隊、市ノ瀬大尉以下十一名、これで全滅』

 と、上手いとは言い難い字で書かれていた。



 ――第四分隊、第十二分隊、第十五分隊、分隊長、飯倉陸軍少佐、長谷川陸軍大尉、大野海兵隊少佐――

 一之瀬分隊と同様、全滅。



 ――第十三分隊、分隊長、星野海兵隊中尉――

 どれ程進んだのか、日も随分と高くなった、そう思った星野が腕時計を見れば時刻は既に十一時を回っている、訓練の開始から三時間程が経過した。単独での進攻も想定しているという事で無線は使わず、他の分隊がどうなっているのかは全く分からない。自分達の立てる音以外に聞こえて来るのは鳥の声と風の音、その程度のもので、かなり散開して進攻しているのか他の分隊は気配すら感じられず、そんな不気味な静けさの中を星野達は無言のまま進んでいる。
 今自分達がいるのは火事で無残に焼けてしまった区画、建物は何とか崩れ落ちる事だけは堪えているものの骨組みだけになったものも多く、そこを通り抜ける風が立てる高い音が不気味さを更に強調している。ほんの少し前迄はここには大勢の人間が生きていて、悲喜交々、そして当たり前の日常が繰り広げられていた。しかし今はそれは消え失せ、地面に転がったままの人形は主を失くし空を仰ぐだけ、持ち主やその親が手入れをしていただろう髪も服も泥と埃を被りすっかりとくすんでしまい、硝子球の双眸が泥の汚れを被りつつも空を一人で見上げている。
 自分達がこの訓練でしっかりと学び新たな戦術戦法を身に付けなければ、こんな光景が大和の各地に広がる事になる、気合を入れて、と、星野がそう思いながら人形から視線を外して前を向いた直後、彼の直ぐ後ろを歩いていた隊員が
「人形か……こんな野晒しじゃ可哀相だな」
 と、そう言って僅かに腰を屈めて人形へと手を伸ばす。雨風を直接受けないところへ移動でもさせてやるのだろう、ヒトガタを見ればやはり多少なりともそんな事は考えるか、星野がそう思った直後、凄まじい破裂音が彼の、そしてその場にいた全員の鼓膜を激しく叩いた。
 真っ白に染まる視界、何か粉の様な物が鼻や口に入り、その先の気管を刺激して全員が一斉に咳き込み出す。思わず口を塞ぎ、或る者はその場に蹲り或る者は物陰へと退避して呼吸を整え、漸く少し落ち着いて来たところで状況を確認しようと周囲を見渡してみる。
 人形を手に全身真っ白になった隊員、彼が、と言うよりはその彼が手にしている人形が爆心地だったのだろう、人形の腹は大きく裂け、そこから白い粉が放射状に撒き散らされている。粉は、と星野が自らの顔を拭って嗅いでみれば無臭、感触からどうやら小麦粉の様だ。
 一体何が、と、半ば呆然とする分隊の中心に何かが撃ち込まれたのはそんな時、地面に突き刺さった短い矢に何か紙が結わえられており、星野はそれへと歩み寄り、解いて中を検めてみる。

『敵地で無警戒に物を手に取るとかマジ有り得なーい。星野分隊、星野中尉以下十一名、これで全滅』

 と、これまた下手糞な字で書かれていた。



 ――第二分隊、第三分隊、第五分隊、第十分隊、第十一分隊、分隊長、猪瀬海兵隊中尉、桃地陸軍少佐、柳葉海兵隊大尉、守山海兵隊少佐、乃木坂陸軍中尉――

 星野分隊と同様、全滅。
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