大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第269章『疑惑』

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第269章『疑惑』

 ――京都、国立図書館――
 閲覧室の一つ、その中で机上に高く積み上げた本に囲まれながら、敦賀貴一郎陸軍中将は鉛筆を持ち手元の紙へと視線を落としたまま、長い事動きを失っていた。紙の脇には前時代の英語の辞書、紙には『search and destroy』と書き込まれ、その下には『発見 そして 破壊』と辞書で調べた訳が付け加えられている。
『見つけ次第殺せ』
 高根と黒川が率いる陸海兵の混成部隊が京都にやって来た時、熱を出して寝込んでいた多佳子を見舞った時、眠っていた彼女が口にした言葉。最初は意味が分からずに無意味なうわ言だと思っていたが、何故か頭に引っ掛かり離れる事も消える事も無く、何か意味が有るのかと時間を作ってはここへと通い手当たり次第に意味を調べて来た。やがて行き着いたのは前時代に大和の前身である日本国と国交の有った、アメリカ合衆国という国で使われていた言葉。正確には本来はアメリカではなく別の国で使われていた言語で、そこから人間が未開の土地へと移住しアメリカ合衆国が建国され、その後アメリカは超大国へと成長し、結果として国際語として通用するようになったという事らしい。その言語の辞書が前時代のこの国にも存在しており、その複製へと辿り着き、そして、彼女が口にしていた言葉を何とか探し出し意味を掴む事が出来た。
 旧時代の事を専門にしている学者でもなければまず知らない言葉、一般人ならば意味どころかそんな言語の存在すら知らないだろう。以前に高根から齎された情報により、政府も、そして自分達軍部も大和以外の国家や人類の存在等、考えもしていなかったのだから。
 そんな中、関わりも知識も有るとは思えない立場や育ちの多佳子が何故その言葉を口にしていたのか。それも意識が明瞭である状態ではなく熱に浮かされてのうわ言で。
「……違和感の正体はこれ、か……」
 確かめる様に小さく呟く。昨年晩秋に息子が結婚を考えていると言って連れて来た彼女、日中演習場で見た時も夜になって縁側で酒を飲みながら話した時も、三十路迄親の脛齧りだったとはとても思えない程の存在感と力強さ、そして意思の強さと知性を見せ付けていた。特に夜、自分に向かって正対し頭を下げた彼女の振る舞いは人の上に立つ人間の振る舞いだとすら感じられたが、あの一連の流れで違和感を感じていた自分の直感はどうやら間違ってはいない様だと、中将はその答えへと行き着いた。
 多佳子は恐らく英語を母国語とする人間だ、無意識やうわ言で出る言葉だ、その人間の根幹を成す言語と見て間違い無いだろう。そして、彼女の立ち居振る舞いから見ても、小規模でも組織を取り纏めている立場に違い無い。
 この大和で大和語以外の言語を母語とする地域は存在しない、彼女の出身地とされている佐世保も同様だ。そうなれば答えは一つ、どうやって入り込んだのかや目的は兎も角として、彼女は大和人ではなく、外国人だという事になる。
 高根は、黒川は、そして息子はこの事に気が付いているのか、それとも承知した上で隠匿しているのか、考えるのはやはりその事。黒川を総責任者として据えた大掛かりな計画の監督と監視の為に九州に行ってくれ、須藤からそう言われたのは先日の事。彼等が重大な隠匿をしているのだとして、それが露見すれば計画に密接に関わる以上自分も余波を食らいかねないが、それでも正体不明の外国人を上には黙ったまま軍内部に置き重要な案件に関わらせている嫌疑は、見なかった事にも無かった事にも出来ないだろう。
 高根と黒川が知っているのであれば、恐らくは、海兵隊最先任であり高根の腹心の一人の位置づけである息子も当然それを知っている筈だ。事が露見すれば総責任者二人が即刻任を解かれて拘束され軍事法廷に送られる事は間違い無いが、立場を考えれば息子もそれは免れないだろう。そうなれば自分の今後にも影響する、娘婿の亮二も陸軍の佐官、義理の親子揃って進退の決断を迫られるだろう事は想像に難くない。
 彼等三人が多佳子の出自の実際に関しては何も知らず、統幕へと出して来た情報をそのまま信用しているという事も考えられる。活骸との戦いの最前線にいる高根、黒川、そして、息子。現状を打破したい、大和の未来をより明るく確実なものにしたいという意思は中央にいる自分達よりも余程強く、切実だというのは分かっている。その意識が多佳子の素性に対しての判断を鈍らせてしまった、そう考える事も出来るだろう。そうなれば彼等が職を追われるのは防ぎ様が無いがそれ以上に深刻な事にはならないだろう。多佳子の方は、三人が素性を知っていてもいなくても拘束され、通常の軍事法廷へは送られずに厳しく長い尋問が彼女を待っているに違い無い。
 そんな事を考えれば流石に逡巡は生まれてしまうもので、出来れば被る被害も人数も少ない後者であって欲しいのだが、そう思う。
 そして、色々と考えた後に思い浮かぶのはやはり我が子の事、多佳子との結婚と生涯添い遂げる事を望んでいるという事は本人の口から聞いたし、中将自身も今回の事に気が付く迄は利発でしっかりとしていて仕事に理解の有る良い嫁が見つかったと、そう思い歓迎していた。しかし、今後の流れ如何によるが、もう手放しでは賛成出来ないだろう、自らの職務の事が無かったとしても、敵になり得るかも知れない正体不明の人間が我が子の伴侶となる事を黙って認める気は流石に無い。彼女の立場や思想や目的が明らかになれば、そしてそれが大和に対して利するものであれば話は別だが、何も分からない現状では今迄の様な気持ちで多佳子の事を考える事は出来ないし、息子が結婚についてまた言い出す事が有れば、その時は明確に反対するしか無い。
 さて、どうするか、そんな事を考えつつ老眼鏡を外し目頭を揉む。下手に行動に移せば中央と九州に激震が走る事になる、先ずは九州へ赴き訓練の様子を監督しつつ、そこにいるであろう多佳子や三人の彼女に対する接し方を見てみるか、そう結論付け、中将はそろそろ帰るかと本を片付ける為に静かに立ち上がった。
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