大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
68 / 100

第268章『静かな破壊工作』

しおりを挟む
第268章『静かな破壊工作』

 日常業務に手間取り少し遅れて叩いた総司令執務室の扉、中から入室を許可する高根の声が聞こえて来て、それから扉を開き中に入った敦賀は、室内の空気の余りの重さと物々しさに動きを失った。
「遅かったな、座れ」
 応接用のソファには高根と黒川が並んで座り、その向かい側にタカコが腰を下ろしている。彼女の後ろには部下五名が勢揃いし、顔だけで敦賀の方を振り返りまた直ぐに前へと視線を戻すのを見つつ、敦賀はタカコの隣へと腰を下ろす。
「……どうかしたのか」
 敦賀のその問いに誰も口を開かない、一体何が有ったと眉根を寄せる彼の視界に、タカコが手にしていた数枚の書類や写真が飛び込んで来た。何を、そう思いつつ覗き込んでみれば、それはここ数日九州一帯で起きた陸軍の施設や車両に対して加えられた攻撃の報告書と証拠品の写真、新聞で多少情報は得ていたものの思っていた以上に深刻なその被害に眉間の皺が更に深くなる。
「……どう思う?」
 そう言ったのは黒川、手元の書類と写真に視線を落としたままのタカコに対して静かな口調で問い掛け、タカコはそれを受けて視線を上げ、目の前の二人の顔を見て薄く笑い口を開いた。
「私に話を持って来たって事は凡その見当は付けたんだろうが……どう見てるのか見解を聞こうじゃないか」
 普段よりも若干大仰で人を食った様な調子のタカコ、敦賀はそれを見ながら内心『切り替わったな』と思いつつ、それを口にも表情にも出さず黙したまま成り行きを見守っている。
「……今迄の大和でこんな動きは無かった、小規模な暴動は過去何度も有ったらしいが、もっと感情的で体系だてられた動きではなく、不安や生活に直結したものばかりだったそうだ。しかし、今回のこの動きは違う、どの証拠品も逮捕者の主張も、大和全軍の解体という事で一致している、事件が起きた場所は一箇所ではなく九州全体に及んでいるのに主張にブレが無い。背後で計画を練り民衆を煽動している人間がいるのは間違い無い。大和人にそんな発想が有るとは思えない、元々上が決めた事や体制には比較的従順な国民性だったからな。それが今ここに来て突然のこの動き、訓練が行われるという事自体は民間も知ってる、それを察知した国外の敵対勢力が内乱を起こし軍や政府を混乱させ弱体化させ、間隙を突こうとしてる……俺も真吾もそう結論を出した……お前の、外国人の意見を聞きたい」
 淡々とした黒川の言葉、静かなそれとは間逆に室内の空気は張り詰め、肌がピリピリと痛む気すらする、敦賀はそんな事を考えつつタカコのが口を開くのを待った。
「……合格だ、黒川総監、高根総司令。私もそう思うよ。我が国は内乱もそれなりに経験しているが、敵対する陣営の中に潜り込み内部からの破壊を目論むってのはよく有る話でね、直接的に戦力を叩き削る方法も有るが、陣営内で意見を対立させ内紛を起こし弱体化させる、これも有り触れた手法だ。多少の時間は掛かるが弾代爆薬代が掛からない安価な手法でね、同陣営同士で勝手に潰し合ってくれて、自分達はその間隙を縫って動けば良い。どうせ最終的には殺す相手だ、どっちがどれだけ死のうが自分達の懐も良心も痛まない」
「……軍内部だけじゃなく、市井にも既に相当数が潜伏して活動を開始してるって事か」
 そこで漸く口を開いた敦賀、タカコはその彼の方を見て、一つ大きく頷いて言葉を続ける。
「そうなるな。軍内部に潜入したのは情報を仕入れる為と戦力の直接的な破壊の為、他は非正規兵として動き回り破壊行動を担当するか市井に紛れて民衆を煽動する、何も正面切って正規軍同士でガチンコ遣り合うだけが戦争じゃないんでな。大和はもう既にその下準備を終えられた、そう思って良いだろう」
「何で言わなかったんだ、その口調なら分かってたんじゃねぇのか」
「言ったとしても何も出来ないからだ。市井に紛れ込まれたら現状の大和では炙り出しはほぼ不可能と言って良い。炙り出そうと思ったら大量の目と耳を放って井戸端会議や寄り合いや集会に参加しその内容を一つずつ精査する、そんな作業が必要不可欠だ、それは今の大和の体制では不可能だからだよ。大和人にそれをする余力が有るのか?」
 若干皮肉じみた物言い、その内容に敦賀だけではなく高根も黒川も押し黙る。彼女の指摘は事実だ、国外は勿論国内にも大きな反乱勢力を抱えなくなって久しい大和、嘗てはそんな時代が有った事も有る様だがそれも今は昔。対人の治安維持の第一線は警察組織が守っていてその彼等も公安という部署を持ち、そこで情報の収集をしてはいる様だが、軍部との関わりは一切無く、当然情報の共有もしていない。そこを一元的に管理する様にする為には法律の改正といった規模の動きが必要となるし、主導権を軍部が握れるとも限らない。今回の一連の事件ですら軍施設の外で起きた事に関しては警察と軍の縄張り争いが激しく、黒川もそれで頭を痛めているのだ、タカコの言う様な活動を監視する等、夢のまた夢だろう。
「……どう対抗すれば良い?」
 黒川のその問い掛けにタカコは首をコキコキと鳴らし、煙草に火を点けながら口を開く。
「正攻法では無いと言った方が良いな、相手が非正規の手法で仕掛けて来ているのなら、こちらも非正規の動きで対応するしか無い。本来であれば耳と目の役目をする草を育てて放ち情報を集めつつ捕まえるか隠密裏に処分するのが妥当だが、その時間は無いだろう。だから、起きた事態にどれだけ早く対応出来るか、その即応力を身に付けられるかが鍵になる」
「……訓練を続行し出来るだけ早く習得する、そういう事だな?」
「そうなるな」
 思っていたよりもずっと悪い大和の現状、それを明確に提示されて更に長苦しさを増した空気の中、その後は誰もが長い間黙ったまま言葉を発しようとはせず、ただ時間だけが流れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...