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第267章『内乱』
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第267章『内乱』
大和軍がたった一人に大敗を喫した最初の訓練から三日、黒川は太宰府の自らの執務室で机上に置かれた数枚の書類を前に頭を抱えていた。内容はどれも陸軍の駐屯地や車両が投石等の被害を受けたという報告書、一番酷いものはトラックが普通車用の燃油を掛けられ火を放たれ全焼し廃車となり、その上消火に当たろうとした兵士が入院を要する程の火傷を負ったという内容だ。
活骸が人間から変異したものであり原因菌は主に飲み水を介して感染すると周知されてからこちら、各地で暴動が起きる様になり、警察の機動隊の手には負えないと判断され陸軍も鎮圧に何度か出動した。安全が確認された飲料水の供給が安定して行われる様になり、暴動が沈静化したと思った途端これだ、黒川はそう思いつつ溜息を吐き、書類に添付された写真を手に取った。
『鳥栖を演習場にする為に軍が活骸菌をばら撒いた』
『兵器の試験をする為に鳥栖や博多に活骸菌を撒いた』
『博多の子供達は軍の利益の為に軍に殺された』
投げられた石を包んでいたもの、焼かれた車両の周囲に撒かれたもの、全て現場で回収された証拠品、犯人の主張を書き殴った紙の数々を撮影したものだ。どれもこれも事実無根の言い掛かり、しかし拘束された人間はそれを真実だと信じている様でそれを繰り返すばかりらしく、軍が原因なのだから軍を解体してしまえば良いのだと、強硬に主張し続けているらしい。軍の存在が街の存続と経済に直結している博多と佐世保は、基地や駐屯地や工廠が無くなれば死活問題という事を民間人も理解しているのか表立った騒ぎは起きていない様だが、兵士や軍施設で働く民間人もそれ以外の民間人との間に見えない溝や壁を感じている様で、何処もどうも雰囲気が良くない、そんな報告があちこちから上がる様になっている。
どうも妙だ、と、止めていたのに最近また吸う様になってしまった煙草に火を点けながら考える。これ等の報告が上がる様になったのはあの訓練が行われて以降の事、それ以前には不安に駆られての暴動や小競り合いは有ったものの、ここ迄明確に軍を敵視する様な行動は無かった。あの日を境として起こる様になった理由、そして、拘束された人間も回収された意思表示の証拠品もまるで発信元が一つであるかの様に主張が統一されている。これは煽動している人間か組織が背後に有るな、そう思い至り忌々し気に舌打ちをして天井に向かって煙を吐き出した。
誰が、そう考えれば真っ先に思い付くのがこれから対峙するであろう正体不明の敵対勢力、軍とそれ以外の間に事実無根でも何でも軋轢と確執を作っておけば、彼等にとってはさぞかし動き易いだろう、敵勢を弱体化させる為にこんな煽動をしない理由は無い。逃げ場の無いこの大和の国、その環境下で身近に生命の危険が迫り恐慌を起こした大和人の犯行と考えられなくもないが、それであれば先の暴動の様にもっと感情的で直接的な行動になる筈だ。今起きている一連の事態はそれとは明らかに質が違う、もっと冷静で打算的で、かなり先の事迄見通した意思が絵図面を描き、そしてそれに民間人が踊らされているのでは、黒川にはそう思えて仕方が無い。
「……タカコに聞いてみるか……」
ぽつり、そう呟いた。本土内の事は基本的に陸軍が対応するし、博多では今のところこんな事件は起きてはいないから海兵隊は詳細は知らないだろう。自分達の基地が騒動に巻き込まれれば当然海兵隊だろうが陸軍だろうが対応はするが、全国各地に駐屯地を持っている陸軍と違い、軍需に大きく依存している場所にしか基地を持たない彼等は今回の詳細はまだ知らない筈だ。それに海兵隊は博多にしか基地を持っていない、新聞等で事件が頻発している事は掴んでいたとしても、立場の違いも有ると陸軍へ問い合わせる事も少々慎重になっているのかも知れない。
そんな海兵隊に身を置くタカコ、訓練計画に大きく深く関わり現時点で既に尋常でない負担を強いているが、それでもこういう事に精通しているのはやはり自分達大和人ではなく彼女だろう。手元に預かっているマクギャレットに聞こうかとも思うが、タカコの忠実な部下達は彼女を介さずしての大和人の接触を快くは思わないだろうし答えもしないだろう。そう考えればやはり負担を増やす事にはなるが直接タカコに話を持って行くのが一番無難だと、黒川はそう結論付けた。
本来であれば無関係の筈の彼女、そして添い遂げたいと思っている女、そんな相手に何もかも頼りきりとは情け無い事頻りだが、何の蓄積も無い自分達大和人にとって初めて遭遇する事態ばかり。立場や男としての体面も守りたいとは思うものの、それでもそれは国の存続に優先する事ではなく、居心地の悪い思いをする事にはなるもののやるしかないだろう。
三日前の最初の訓練終了後に各分隊から上がって来た報告書の内容に高根と揃って頭を抱え、そしてタカコの凄まじい力と才能、そして自分達大和人との差に心底ゾッとした。その彼女は既に次の訓練の準備へと入っており、次は編成を変え大和軍からも非正規兵役を出すという事でその選定も彼女に任せてある。次回の内容の説明を受けるのは明日、その時に時間を作り高根も同席の上で大和の現状を開示し意見を求めてみるか、そう考えた黒川は報告書と写真を纏めて脇に寄せ、次の案件へと手を伸ばした。
大和軍がたった一人に大敗を喫した最初の訓練から三日、黒川は太宰府の自らの執務室で机上に置かれた数枚の書類を前に頭を抱えていた。内容はどれも陸軍の駐屯地や車両が投石等の被害を受けたという報告書、一番酷いものはトラックが普通車用の燃油を掛けられ火を放たれ全焼し廃車となり、その上消火に当たろうとした兵士が入院を要する程の火傷を負ったという内容だ。
活骸が人間から変異したものであり原因菌は主に飲み水を介して感染すると周知されてからこちら、各地で暴動が起きる様になり、警察の機動隊の手には負えないと判断され陸軍も鎮圧に何度か出動した。安全が確認された飲料水の供給が安定して行われる様になり、暴動が沈静化したと思った途端これだ、黒川はそう思いつつ溜息を吐き、書類に添付された写真を手に取った。
『鳥栖を演習場にする為に軍が活骸菌をばら撒いた』
『兵器の試験をする為に鳥栖や博多に活骸菌を撒いた』
『博多の子供達は軍の利益の為に軍に殺された』
投げられた石を包んでいたもの、焼かれた車両の周囲に撒かれたもの、全て現場で回収された証拠品、犯人の主張を書き殴った紙の数々を撮影したものだ。どれもこれも事実無根の言い掛かり、しかし拘束された人間はそれを真実だと信じている様でそれを繰り返すばかりらしく、軍が原因なのだから軍を解体してしまえば良いのだと、強硬に主張し続けているらしい。軍の存在が街の存続と経済に直結している博多と佐世保は、基地や駐屯地や工廠が無くなれば死活問題という事を民間人も理解しているのか表立った騒ぎは起きていない様だが、兵士や軍施設で働く民間人もそれ以外の民間人との間に見えない溝や壁を感じている様で、何処もどうも雰囲気が良くない、そんな報告があちこちから上がる様になっている。
どうも妙だ、と、止めていたのに最近また吸う様になってしまった煙草に火を点けながら考える。これ等の報告が上がる様になったのはあの訓練が行われて以降の事、それ以前には不安に駆られての暴動や小競り合いは有ったものの、ここ迄明確に軍を敵視する様な行動は無かった。あの日を境として起こる様になった理由、そして、拘束された人間も回収された意思表示の証拠品もまるで発信元が一つであるかの様に主張が統一されている。これは煽動している人間か組織が背後に有るな、そう思い至り忌々し気に舌打ちをして天井に向かって煙を吐き出した。
誰が、そう考えれば真っ先に思い付くのがこれから対峙するであろう正体不明の敵対勢力、軍とそれ以外の間に事実無根でも何でも軋轢と確執を作っておけば、彼等にとってはさぞかし動き易いだろう、敵勢を弱体化させる為にこんな煽動をしない理由は無い。逃げ場の無いこの大和の国、その環境下で身近に生命の危険が迫り恐慌を起こした大和人の犯行と考えられなくもないが、それであれば先の暴動の様にもっと感情的で直接的な行動になる筈だ。今起きている一連の事態はそれとは明らかに質が違う、もっと冷静で打算的で、かなり先の事迄見通した意思が絵図面を描き、そしてそれに民間人が踊らされているのでは、黒川にはそう思えて仕方が無い。
「……タカコに聞いてみるか……」
ぽつり、そう呟いた。本土内の事は基本的に陸軍が対応するし、博多では今のところこんな事件は起きてはいないから海兵隊は詳細は知らないだろう。自分達の基地が騒動に巻き込まれれば当然海兵隊だろうが陸軍だろうが対応はするが、全国各地に駐屯地を持っている陸軍と違い、軍需に大きく依存している場所にしか基地を持たない彼等は今回の詳細はまだ知らない筈だ。それに海兵隊は博多にしか基地を持っていない、新聞等で事件が頻発している事は掴んでいたとしても、立場の違いも有ると陸軍へ問い合わせる事も少々慎重になっているのかも知れない。
そんな海兵隊に身を置くタカコ、訓練計画に大きく深く関わり現時点で既に尋常でない負担を強いているが、それでもこういう事に精通しているのはやはり自分達大和人ではなく彼女だろう。手元に預かっているマクギャレットに聞こうかとも思うが、タカコの忠実な部下達は彼女を介さずしての大和人の接触を快くは思わないだろうし答えもしないだろう。そう考えればやはり負担を増やす事にはなるが直接タカコに話を持って行くのが一番無難だと、黒川はそう結論付けた。
本来であれば無関係の筈の彼女、そして添い遂げたいと思っている女、そんな相手に何もかも頼りきりとは情け無い事頻りだが、何の蓄積も無い自分達大和人にとって初めて遭遇する事態ばかり。立場や男としての体面も守りたいとは思うものの、それでもそれは国の存続に優先する事ではなく、居心地の悪い思いをする事にはなるもののやるしかないだろう。
三日前の最初の訓練終了後に各分隊から上がって来た報告書の内容に高根と揃って頭を抱え、そしてタカコの凄まじい力と才能、そして自分達大和人との差に心底ゾッとした。その彼女は既に次の訓練の準備へと入っており、次は編成を変え大和軍からも非正規兵役を出すという事でその選定も彼女に任せてある。次回の内容の説明を受けるのは明日、その時に時間を作り高根も同席の上で大和の現状を開示し意見を求めてみるか、そう考えた黒川は報告書と写真を纏めて脇に寄せ、次の案件へと手を伸ばした。
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