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第266章『思惑』
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第266章『思惑』
「総監、司令、信号弾上がりました」
双眼鏡を覗き込んでいたマクギャレットの言葉に天幕の中にいた黒川と高根が飛び出して来て、手にした双眼鏡を覗き込む。彼女の言う通りに五km程離れた地点から打ち上げられた信号弾、赤は良しとしても黒は、と、双眼鏡を下ろし顔を見合わせて溜息を吐きがっくりと肩を落とす。
「……全滅……」
「……全滅、だな……」
全くの未経験とは言え正規軍の軍人百六十五名がたった五時間で全滅の憂き目を見るとは、しかも相手はたった一人、これだけの実力差が有ったとはと暗澹たる気持ちになり沈み込む二人を見ながら、マクギャレットが静かに口を開いた。
「あまり気にする必要は無いと思いますよ、相手が悪過ぎました」
「どういう事だ?」
結果は分かりきっていたとでもいった口調で二筋の信号弾の軌跡を眺めるマクギャレット、それに黒川が質問を投げ掛ければ、彼女はそれをちらりと横目で見た後に再度視線を前方へと戻す。
「『神出鬼没の悪魔』、『蒼褪めた馬に乗る者』、『尻尾の無い狐』、全てボスの二つ名です。非正規兵役としてはワシントン軍史上最高、稀代の天才、そんな人が相手なら五時間も粘ったと見て良いと思いますよ。本来なら開始と同時にトラックが全て爆破されて全員死んでいて当然です」
「……あいつに生かされたって事か」
「そうなりますね。随分と手加減をした甘い訓練だったと思いますよ」
タカコと同じ顔立ちをしていながら動きの少ないマクギャレットの表情、それと同じ様に淡々と紡がれる言葉に背筋が冷たくなるのを感じつつ、二人は前方へと視線を戻す。
訓練の開始から小一時間程で全滅判定を受けた部隊が帰還し始めた、或る部隊は何かの粉で真っ白になり、或る部隊は全身泥塗れになり、また或る部隊はげっそりとした面持ちで腹を抱えて戻るなり便所の住人と化し、それからずっと便所の前は早く代われと中へと怒鳴り付ける声が騒々しい。訓練ではなく実戦であれば彼等は物言わぬ遺体となって帰還していた、そして、それだけの打撃を与えたのがたった一人の兵員だという事実、何とも嫌で暗い気分になる事実に黒川も高根も顔色が優れない。
タカコが指揮官としてだけではなく一個の兵員としても有能である事は二人共理解していた、だからこそ今回の非正規兵役を彼女に任せたのではあるが、それでも目の前にこうして突き付けられた結果は予想を遥かに上回っていた。ワシントン軍、少なくともタカコと自分達大和軍の実力差を目の当たりにした今、彼女の実力を適正に評価していたつもりだった自分達の判断はどうやら甘かったようだという事を痛感する。
これからどう動くべきか、それは黒川と高根に共通する思い。今更タカコ無しで戦略を組み立てる事も出来ず、真意と今後はどうであれ現状表向きでは全面的に協力してくれているタカコ、その彼女を完全な敵勢と結論付け冷遇する事は心情的にも戦略的にも出来る事ではない。何とか折り合いを付けつつ彼女からの教示を受けそれを少しでも早く多く大和軍の血肉とするより他は無い、結局は二人共そこに行き着き、浮かない面持ちのまま頭を掻きつつ煙草に火を点けた。
「取り敢えず……あいつが何やらかしたのか、報告書が上がるのを待つか……」
「……だな、話はそれからだ……何とかあいつを飼い馴らせれば良いんだが」
予算の言い訳どころではない、多少の時間を我慢し数枚の書類を書けば何とかなるそんな事よりもこちらの方が余程重大だ、そんな事を言い合いつつ、指揮官二人は空を見上げて肺腑の煙を吐き出した。
同じ頃、タカコは島津分隊と離れ一人帰還の準備を整えていた。今回は非正規兵役が誰であるのかは公開しない方針だと最初に黒川と高根から聞かされており、海兵隊の古参で固められた第一分隊以外には絶対に顔を見せるな気取られるなと言明されている。準備の為に演習場入りすると同時にマクギャレットを身代わりとして立て、今からの帰還の際も演習場から遠く離れた地点迄自力で移動し、民間のものに擬装した海兵隊の車両に拾ってもらうという徹底振りだ。
国外の戦力を外部には内密に抱え、しかもその人間に戦術の教示を受けるとは、外に漏れればあの二人の首が飛ぶどころでは済まない騒ぎになるのは確実だ。それを考えれば用心深く立ち回るに越した事は無いが、迎えの時間は深夜の予定、それ迄どう時間を潰し姿を隠しておくか、そんな事を考えつつ戦闘服を脱いで銃やナイフと共に背嚢に突っ込み、代わりに取り出した私服に着替えて目的地へと向かって歩き出す。
今回の訓練、初っ端で大和人達を完膚無き迄に叩きのめし、意識をしっかりと先へと向けさせるには充分な成果を上げる事が出来ただろう。自分がいなくなる迄後三ヶ月弱、悠長に教えている暇は無い、少々強引且つ乱暴な手段を採ってでも最低限の事は彼等に伝えておかなければならない。
その先は、と考えてタカコは僅かに顔を歪めて笑い頭を振った。その先に自分が出来る事、それは千日目を迎えた後に自陣営へと戻り、そこで大和とは対等な同盟を締結すべし、そう進言する事だけだ。JCS議長である穏健派筆頭のウォルコット、その彼の後押しが有れば可能だとは思いたいが、それでも万が一侵攻が決定された場合、自分に出来る事はもう何も無いだろう。そうなった時に少しでも大和人に戦う力を、ワシントンと比較すれば余りにも頼り無く無力な彼等の牙と爪を、少しでも強いものに、そう思う。
ワシントン軍人としてそれは本来踏み込むべき領域でない事は理解している。それでも、三年近くを共に過ごし、大きな庇護を常に与えていてくれた彼等に対し、それ位の恩返しはさせて欲しいとそう思う。
それが杞憂に、無駄に終わる様に、自分が伝える事を彼等が役立てる相手は自分達ワシントンではないように。タカコはそう思いつつ胸元に手を当て、祈る様にして天を仰いだ。
「総監、司令、信号弾上がりました」
双眼鏡を覗き込んでいたマクギャレットの言葉に天幕の中にいた黒川と高根が飛び出して来て、手にした双眼鏡を覗き込む。彼女の言う通りに五km程離れた地点から打ち上げられた信号弾、赤は良しとしても黒は、と、双眼鏡を下ろし顔を見合わせて溜息を吐きがっくりと肩を落とす。
「……全滅……」
「……全滅、だな……」
全くの未経験とは言え正規軍の軍人百六十五名がたった五時間で全滅の憂き目を見るとは、しかも相手はたった一人、これだけの実力差が有ったとはと暗澹たる気持ちになり沈み込む二人を見ながら、マクギャレットが静かに口を開いた。
「あまり気にする必要は無いと思いますよ、相手が悪過ぎました」
「どういう事だ?」
結果は分かりきっていたとでもいった口調で二筋の信号弾の軌跡を眺めるマクギャレット、それに黒川が質問を投げ掛ければ、彼女はそれをちらりと横目で見た後に再度視線を前方へと戻す。
「『神出鬼没の悪魔』、『蒼褪めた馬に乗る者』、『尻尾の無い狐』、全てボスの二つ名です。非正規兵役としてはワシントン軍史上最高、稀代の天才、そんな人が相手なら五時間も粘ったと見て良いと思いますよ。本来なら開始と同時にトラックが全て爆破されて全員死んでいて当然です」
「……あいつに生かされたって事か」
「そうなりますね。随分と手加減をした甘い訓練だったと思いますよ」
タカコと同じ顔立ちをしていながら動きの少ないマクギャレットの表情、それと同じ様に淡々と紡がれる言葉に背筋が冷たくなるのを感じつつ、二人は前方へと視線を戻す。
訓練の開始から小一時間程で全滅判定を受けた部隊が帰還し始めた、或る部隊は何かの粉で真っ白になり、或る部隊は全身泥塗れになり、また或る部隊はげっそりとした面持ちで腹を抱えて戻るなり便所の住人と化し、それからずっと便所の前は早く代われと中へと怒鳴り付ける声が騒々しい。訓練ではなく実戦であれば彼等は物言わぬ遺体となって帰還していた、そして、それだけの打撃を与えたのがたった一人の兵員だという事実、何とも嫌で暗い気分になる事実に黒川も高根も顔色が優れない。
タカコが指揮官としてだけではなく一個の兵員としても有能である事は二人共理解していた、だからこそ今回の非正規兵役を彼女に任せたのではあるが、それでも目の前にこうして突き付けられた結果は予想を遥かに上回っていた。ワシントン軍、少なくともタカコと自分達大和軍の実力差を目の当たりにした今、彼女の実力を適正に評価していたつもりだった自分達の判断はどうやら甘かったようだという事を痛感する。
これからどう動くべきか、それは黒川と高根に共通する思い。今更タカコ無しで戦略を組み立てる事も出来ず、真意と今後はどうであれ現状表向きでは全面的に協力してくれているタカコ、その彼女を完全な敵勢と結論付け冷遇する事は心情的にも戦略的にも出来る事ではない。何とか折り合いを付けつつ彼女からの教示を受けそれを少しでも早く多く大和軍の血肉とするより他は無い、結局は二人共そこに行き着き、浮かない面持ちのまま頭を掻きつつ煙草に火を点けた。
「取り敢えず……あいつが何やらかしたのか、報告書が上がるのを待つか……」
「……だな、話はそれからだ……何とかあいつを飼い馴らせれば良いんだが」
予算の言い訳どころではない、多少の時間を我慢し数枚の書類を書けば何とかなるそんな事よりもこちらの方が余程重大だ、そんな事を言い合いつつ、指揮官二人は空を見上げて肺腑の煙を吐き出した。
同じ頃、タカコは島津分隊と離れ一人帰還の準備を整えていた。今回は非正規兵役が誰であるのかは公開しない方針だと最初に黒川と高根から聞かされており、海兵隊の古参で固められた第一分隊以外には絶対に顔を見せるな気取られるなと言明されている。準備の為に演習場入りすると同時にマクギャレットを身代わりとして立て、今からの帰還の際も演習場から遠く離れた地点迄自力で移動し、民間のものに擬装した海兵隊の車両に拾ってもらうという徹底振りだ。
国外の戦力を外部には内密に抱え、しかもその人間に戦術の教示を受けるとは、外に漏れればあの二人の首が飛ぶどころでは済まない騒ぎになるのは確実だ。それを考えれば用心深く立ち回るに越した事は無いが、迎えの時間は深夜の予定、それ迄どう時間を潰し姿を隠しておくか、そんな事を考えつつ戦闘服を脱いで銃やナイフと共に背嚢に突っ込み、代わりに取り出した私服に着替えて目的地へと向かって歩き出す。
今回の訓練、初っ端で大和人達を完膚無き迄に叩きのめし、意識をしっかりと先へと向けさせるには充分な成果を上げる事が出来ただろう。自分がいなくなる迄後三ヶ月弱、悠長に教えている暇は無い、少々強引且つ乱暴な手段を採ってでも最低限の事は彼等に伝えておかなければならない。
その先は、と考えてタカコは僅かに顔を歪めて笑い頭を振った。その先に自分が出来る事、それは千日目を迎えた後に自陣営へと戻り、そこで大和とは対等な同盟を締結すべし、そう進言する事だけだ。JCS議長である穏健派筆頭のウォルコット、その彼の後押しが有れば可能だとは思いたいが、それでも万が一侵攻が決定された場合、自分に出来る事はもう何も無いだろう。そうなった時に少しでも大和人に戦う力を、ワシントンと比較すれば余りにも頼り無く無力な彼等の牙と爪を、少しでも強いものに、そう思う。
ワシントン軍人としてそれは本来踏み込むべき領域でない事は理解している。それでも、三年近くを共に過ごし、大きな庇護を常に与えていてくれた彼等に対し、それ位の恩返しはさせて欲しいとそう思う。
それが杞憂に、無駄に終わる様に、自分が伝える事を彼等が役立てる相手は自分達ワシントンではないように。タカコはそう思いつつ胸元に手を当て、祈る様にして天を仰いだ。
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