大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第265章『終了』

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第265章『終了』

 カタギリが先発しそれに続く形で進攻を再開した島津分隊、安全は確認したとカタギリが言いはしたものの見落としが無いとも限らないと注意深く進み、彼が指定した地点に到達した時には既に一時間程が経過していた。そこで一旦小休止となったのだが、何が混入されているか分からないから水は絶対に口にするな、カタギリとキムが口を揃えて言っていた事も有りポケットに忍ばせていた飴を舐めたり、これも彼等の助言に従い廃屋へと入り窓も扉も閉め切った室内で煙草を吸ったり、そんな風に時間を潰し二人の帰還を待っていた。
「……遅いな」
「ここに到達してからそろそろ一時間になるぞ……どうする?」
 休憩と警戒を交替で回している中、小銃を構えて周囲を見回していた敦賀に島津が近寄って来て話し掛ける。敦賀は彼の言葉に時計を見て返事をし、部隊長としての判断をしろ、言外にそう求める。
「今迄は片桐が無効化した仕掛けは分かり易い様にしてあった、この先もそれを奴が変更するとも思えない。今迄のを見てると、仕掛けに行き当たる迄は最短距離を直進して仕掛けに行き当たったらそれを避ける形で右に迂回してその後直進に戻ってる。それを踏まえれば、取り敢えずはこのまま直進しても大丈夫なんじゃないかと思うんだが。無論、警戒は怠らずが大前提だが。どう思うよ、先任」
「俺は最先任とは言え下士官、兵卒の取り纏め役だ。頭を使うのは士官様の仕事だろうよ、少佐殿。お前が先の事も考えた上で下す決定なら、お前がよっぽど馬鹿をやらかしてねぇ限り俺が反対する理由は無ぇよ。片桐と金原を抜かした分隊の残りはお前以外には俺も含めて八人、俺等の事も考えてお前が出した判断ならそれに俺は従う、それが俺の仕事だ」
 島津とも古い仲、口調は立場の違いも階級の差も全く弁えてはいないが、内容は立場と役目の違いをきっちりと弁えた敦賀のそれに島津は小さく笑い、笑みを消した後は鋭い眼差しで進行方向を見据え暫し逡巡した。全くの未経験の状況の中、自分一人の判断を求められる状況は少々しんどい気がするものの、敦賀の言う通り自分は先の事を見据え部下の事を配慮した上で分隊の行動を決定しそれを率いる責任が有る。
 同じ場所に留まり続ければそれだけタカコに発見され仕掛けられる危険性は高くなる、先程の待機よりは短い時間だがそろそろ移動を開始した方が良いだろう。タカコの部下二人の助力が無い状況でその選択をすべきか、危険過ぎはしないか、そこ迄考えて島津は自らのその滑稽さに気付き苦笑しつつ頭を掻いた。
「本来ならあの二人の手助けも無しに進めにゃならないんだよなぁ……」
「……どうかしたか?」
「いや?ただ、無意識にあの二人に頼りきってたなと思ってな……よし、進攻を再開する、各員、装備を整えろ」
「……了解、分隊長」
 そう、本来であれば彼等の助力等無い状況で部隊を率いなければならないのだ。この先の状況如何によっては敵対する事も有るかも知れない勢力、その彼等に無意識に頼り切っていた自分の意識を恥じつつ、島津もまた背嚢を担ぎ部隊の整列を確認しゆっくりと歩き出す。
 戦死者が多い所為で陸軍と沿岸警備隊に比べて昇進が早いと言われている海兵隊、その中でも島津の昇進は早い方で、三十歳という若年での少佐昇進は高根以来、流石鬼の孫と言われたのは記憶に新しい。同期どころか先輩も大勢纏めての牛蒡抜き、これからは後方に下がり高根の指揮の下今迄よりも大勢の兵員を取り纏め指揮する立場になる、そう思った矢先に何とも厄介な仕事とは、気が重くならないと言えば嘘になるが、それでも部隊を預けられた以上はその責任は果たさなければならないだろう。
 全方位、上空も足元も警戒を怠らずに進める歩みはひどく遅く、分隊の全員が放っている気が肌を刺す気がする程の緊張感が島津を、そして全員を包んでいる。活骸との戦いではこんな動きをした事は無い、奴等は気配を隠す素振り等微塵も見せずに群れで押し寄せ、人間に襲い掛かり喰らい付き、そして食い散らかし時には食い尽くす。そんな分かり易い相手との戦いしか知らない身には命の危険が無いであろうこの訓練の行程ですら結構な重圧となり、知らず知らずの間に奥歯を噛み締めていた分隊の意識が掻き乱されたのは進攻を再開してから三十分程経った頃合、前方の地面に蠢く二つの影を見つけた時だった。
「おい……あれ、片桐と金原じゃないか?」
 島津のその言葉に全員が視線をそちらへと向ければ、そこにいたのは半裸で縛り上げられたタカコの部下二人、手足を拘束され猿轡も咬まされて全く自由が利かないのかのたうつだけの二人を見て、
「どうした!?」
「何が有った!」
 と、敦賀と島津以外の人間が彼等を助けようと走り出した。それを見て途端に動きが激しくなるカタギリとキム、まるで『こっちに来るな』とでも言う様に激しく頭を振るその姿を見て、敦賀がぽつりと口を開く。
「なぁ分隊長……物凄く嫌な予感がするんだが」
「同感だ……おい!行くな!止まれ!!」
 何か非常に宜しくない気配がする、部下を行かせてはならない、そう思った島津が声を張り上げて彼等を制止する。それとほぼ同時に部下達がカタギリとキムを助けようと二人を取り囲んだ瞬間、何かが爆発する音がすると同時に一体には白煙が立ち込めた。
「……あの……馬鹿女……!」
「やられた……!!」
 囮だった、そう気付いた時には既に遅く、小麦粉だろうか、白煙の立ち込める中敦賀と島津は舌打ちをしつつ立ち尽くす。これで少なくとも七名が戦死の判定を受ける、第一分隊の残りは島津と敦賀、その二人だけになってしまった。二人が苛立ちに任せて地面に靴底を叩き込んだ直後、騒音に紛れて数発の銃声が響き、それと同時に背中に衝撃を感じた二人は小銃を構えながら振り返った。
「惜しいねー、罠だって気付いて制止したのは良かったけど、周囲の警戒を怠ったな。はい、これで島津分隊も、ぜ・ん・め・つ」
 そこにいたのは目出し帽を被り小銃を構えたタカコ、実に楽しそうな声音でそう言い目出し帽を脱ぐ彼女の顔は声音と同じ様に楽しそうで生き生きとしていて、おまけだとでも言うかの様に敦賀と島津の腹にも夫々数発ずつ染料弾を撃ち込み、二人は赤い飛沫が飛び散った自らの腹部を見下ろし溜息を吐きながらその場へと座り込む。
「お前達で最後だ。本当ならケインとヴィンスがいるから一番に片付けたかったんだが、他が速攻で全滅するわうちの二人がいるから島津分隊は粘るわで一番最後になっちまったよ」
「……ぜん、めつ?」
「そ。十五分隊中十五分隊全滅」
 タカコのその言葉を聞きながら敦賀が腕時計へと視線を落とせば、開始から五時間程しか経っておらず、こんな短時間で十五分隊百六十五名が全滅とは、と、隣に座り込んだ島津と顔を見合わせ、今度は大きく息を吐き出しながら天を仰いだ。

「『一個師団を一人で壊滅させた女』だぜ?私は」

 腰から抜いた銃で信号弾を打ち上げるカコ、訓練の終了を告げる赤と全部隊の全滅を告げる黒、二色の煙が抜ける様な青空へと筋を描く様子を見上げながら、二人はぼんやりとその言葉を聞いていた。
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