大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第264章『ケイン・カタギリ』

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第264章『ケイン・カタギリ』

「え?金原がまだ戻ってないんですか?」
 なかなかに大物の仕掛けを複数見付け、自分達以外にも後続が引っ掛からない様にと相応の苦労をして無効化し、分隊の待機場所へと戻った時には既に二時間が経過していた。キムはもう戻っているだろうと思っていたが分隊長の島津から告げられたのは彼の不在、どうしたものか、と、カタギリは地面に置いた背嚢の上に腰を下ろしながら考え込む。時間に制限は設けられてはいないものの、一箇所に長時間留まり続けるのは少々危険過ぎる、二時間分隊が同じ所に待機している事を考えると、そろそろ移動を開始した方が良いだろう。
 その場合キムは、と思い至り、彼の身に何か、控え目に言っても不幸な出来事が起こったのだろうと考え、探しに行くという選択肢はその時点で放棄する。どちらにせよ戻らない偵察を探しに出る等愚の骨頂、目的地は分かっているのだから無事ならば追い駆けて来るか別の道から進み上手く行けば先んじているだろう、全滅判定を食らう迄はたった一人になっても進攻を続けて構わないという規定の訓練だ、キムの事は彼に起きた不幸を思いつつ捨て置くか、そう結論付けてカタギリは立ち上がった。
「このまま進みましょう、金原の事は考えずに」
「良いのか?」
「偵察が何等かの事に巻き込まれて戻りが遅くなるという事はよく有ります、構いません。この地点迄はこの道を通って下さい、安全は確認してあります、ここ迄到達したらまた待機を。自分は先んじてその先の道を探しておきますから」
 地図を広げてそんな遣り取りを交わし、簡単な手順の確認を終えた後、カタギリは再び背嚢を背負い分隊に先駆けて歩き出す。キムが不在である以上一人で偵察任務をこなし安全な道を確かめなければならない、手間が増えたし時間も掛かるな、そう思えば気も重くなるが、現実にそう動かなければならない以上は専心するか、そんな風に自分に言い聞かせつつ、意識を切り替えて視線を前へと向けた。
 周囲を警戒しつつ歩きながら考えるのはタカコの事、二年半の大和での生活で勘が鈍ってはいないかと思ったものの、我が上官のこの類の才能は全く色褪せていないらしい。死者を出す事が目的ではない上に初体験の大和勢相手とあって流石にかなりの手加減はしているが、それでも既に十五有った分隊の内十の全滅を確認した。これ程敵に回したくない部類もそう無いなと思いつつ小銃を抱え直した直後、不意に前方の物陰に人の気配を察知する。
 分隊と別行動を開始してからもう二時間近くが経過している、安全を確認した区域は既に出た、島津達分隊は遥か後方、他の分隊はその更に後方だ。気配は一つ、こんな場所にいるのだとしたら、それはタカコしか有り得ない。
(……向こうも気付いたな……どうする、仕掛けるか……?)
 ごそごそと動いていた気配が突然に消えた、こちらに気付いたのだろう、様子を窺っているのが伝わって来る。カタギリは物陰に身を寄せながら、手にした小銃と腰に差したナイフへと視線を落とした。
 自分も男としては体格には恵まれているとは言い難いが、タカコはそれ以上に小柄で、そして非力だ。徒手格闘となれば圧倒的に不利になる事は彼女自身が一番理解しているだろう、だからこそ小手先の力の使い方と、そして相手と接触しない仕掛けを使った戦い方を彼女は選び、そして昇華させて来た。単純な力勝負なら圧倒的に自分が有利、そこに賭けて徒手格闘に打って出るかと思いはするものの、タカコとてそれを考えない筈は無い。用心深い彼女の事だ、何か策を弄しているに違い無い、さぁどうする、カタギリはそう自分へと問い掛ける。
 しかし、意外な事に、仕掛けて来たのはタカコの方だった。

「Hey, Baby.」

 突如として頭上から聞こえて来たタカコの声、カタギリは頭上に突如として現れた気配の正体を確認する前に物陰から飛び出し、地面へと転がりながら背負った背嚢を放り出す。その軌跡を追う様にして小銃の発射音が響き、弾の内部に込められていた染料が地面に赤い印を点々と刻み込んだ。
『良い反応だ!』
 負けじと小銃を構えて気配の方向へと銃口を向ければ、そこにいたのはやはりタカコ。同じ様に小銃を構えてその銃口をこちらへと向け、目出し帽から覗いた双眸が獰猛且つ真っ直ぐに鋭く射抜いて来る。どちらも直ぐには動かない、遮るものは何も無く銃口は相手へと向けられ、動けば一瞬で勝負がつく。そんな状況の中出来る事といえば、狙いを相手から外さずに真っ直ぐに見据え、機会を窺う事、それだけだ。
 双方言葉も無く睨み合いを続け、最初に動いたのはタカコの方。ここで事を構える気は失せたのか銃は構えたままじりじりと後退を始め、少しずつ少しずつカタギリとの距離を空けて行く。やはり正面切っての戦闘は避けたいか、それは自分も同じ事、ここは見送ろうか、カタギリがそんな風に考えた直後、晴れ渡った空に一発の銃声が鳴り響いた。
『…………!!』
『!?ボス!ボス!!』
 タカコの戦闘服の胸部が弾け、そこから真っ赤な肉と血が飛び散り地面を濡らす。愕然とした面持ちのタカコは段々と苦痛に顔を歪めながらも身体を捩り銃弾が飛んで来たであろう方向、後方を振り返り、そして、そこで身体を支えるだけの力を失ったのか仰向けに地面に倒れ込んだ。
 まさか『奴』か、こんなところで仕掛けて来るとは、そう思い至り歯を軋らせるカタギリ、それでも今はそんな事を考えている場合ではないと走り出し、倒れたタカコの脇に膝を突き、容態を確かめようと小さな身体に手を伸ばす。
『ボス!しっかりして下さい!直ぐに手当てを!』
『ッ……ケ、イ……』
『喋らないで!無線……クソ!』
 通信手段を失う事も有り得ると無線の携行も認められていなかった、それを思い出し歯噛みするカタギリをタカコは見上げ、そして、ゆっくりと口を開き言葉を紡ぎ出した。

『誰も信じるな、いつもそう言ってるだろう?』

 その直後、横殴りの凄まじい衝撃に身体を弾き飛ばされ、カタギリの意識はぷっつりと途絶えた。
 次に目を覚ましたのは肌寒さと息苦しさを感じて、ぼんやりとした意識の中タカコの事を思い出し彼女は無事なのかと身体を捩るがそれは少しも自由にならず、何故動けないのかと更に身体に力を入れるカタギリの耳に、聞き慣れた声が飛び込んで来る。
『動かない方が良いぞ、肋骨に皹が入ってる。ま、どっちにしろその格好じゃ動けないと思うが』
 段々とはっきりする視界に目出し帽を脱いだタカコの強い笑みが飛び込んで来る、無事なのか、何故、一瞬そう考えたものの直ぐにあれは彼女の罠だったのだと思い至り、カタギリは起き上がろうと再度身体に力を込める。
『無理無理、がっちり拘束させてもらったから。お前等二人は、これから島津分隊を誘き寄せる餌の役目をしてもらうからな?』
 カタギリの様子を見て鼻で笑うタカコ、戦闘服を脱いだ彼女が着ているシャツには小型の爆薬が爆ぜた痕跡が見て取れて、破けたシャツの下には防弾着がしっかりと着込まれているのが覗いている。あの銃声は囮か、してやられたとタカコを睨みつけるカタギリ、その彼の意識にタカコがたった今『お前等』と言った事が浮かび上がり、もう一人は誰だと周囲を見回して見れば、そこには下着一枚の姿にされ猿轡を咬まされた上に亀甲縛りを施され手足は背後で一纏めに縛り上げられたキムの姿が有った。
『…………!』
自分の姿をよくよく確認してみれば、自分もまた同じ様に半裸に向かれ猿轡を咬まされ亀甲に縛り上げられ手足は後ろに回され、キムが見たのはこれかと思い至り愕然とする。タカコはそんなカタギリと横に転がったキムを見下ろし実に楽しそうに笑いながら、
『自分達の上官のタチの悪さを忘れてたらしいな?』
 と、そう言って彼等の身体をその辺りの路上に並べて放り出し、
「はーあどっこいしょーおどっこいしょー」
 上手いとは言い難い、調子外れの歌を歌いながら何処かへと消えて行った。
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