大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
63 / 100

第263章『偵察』

しおりを挟む
第263章『偵察』

 ――第一分隊、分隊長、島津海兵隊少佐――

「開始十五分で既に二分隊全滅判定食らいましたね。両方落とし穴に嵌まったみたいです」
「……片桐、俺等が相手にするのは化け物か何かか」
「……化け物とか……そんな可愛いもんじゃないですよアレは……」
「……お前等の上官は何なんだ一体……」
 偵察に出ていたカタギリが戻って来て状況を報告し、それを受けて分隊長の島津が若干引き気味で言葉を返す。情報の交換はするなという命令は受けているものの偵察を出すなとは言われていない、部隊を進める前に偵察を出して状況を確認するべきだ、カタギリとキムのその助言を島津が受け入れた形だが、実際のところそれは正しかったと言うべきだろう。
「それで?状況はどうなってる、どう進めれば良い」
 二人の遣り取りを小銃を手に警戒に当たりつつ聞いていた敦賀が近寄って来て声を掛ける。第一分隊はキムを除く全員が海兵隊の古参で固められており、大和勢は鳥栖曝露と第二次博多曝露を戦ったのと同じ顔触れが揃っていた。タカコの出自も全員が知っており、カタギリとキム、そしてこの場にはいないタカコの部下第二陣の事も知らされている。そんな取り繕う必要も無い状況の中、カタギリは転がった一斗缶へと腰を下ろしながら口を開いた。
「ざっとだが……暫くはこのまま進んで良いだろう、何かが仕掛けられているという感触も無い。二、三細々としたのを見つけたがそれは無効化して来た。こちらが攻める側である以上こちらから仕掛ける事も出来ないし、偵察が安全な道を確認しつつ進む、それしか無いな」
 地図を広げて罠が有った場所や狙われそうな場所を示しながら話すカタギリ、他の面々がそれを取り囲み今後の行動について話し合う中、カタギリに少し遅れる形でキムが偵察から戻って来る。
「ケイン、そっちはどうだった?」
「まぁいつも通りだ、えげつなさは相変わらずだな。そっちは?」
「同じく。練習でもしたのか丸めた布団を亀甲縛りにしたのが転がってたな」
「……何をするつもりなんだろうな」
「……考えたくもないな」
 げんなりとした面持ちで交わされる会話、彼等は一体どれだけの事をタカコからやらかされ続けたのだろうかと若干の同情を覚えつつ、敦賀は昨年タカコが旧営舎二棟をものの見事に爆破解体した時の事を思い出す。
 高根と黒川にも話したが、そう前置きした彼の口から出たのは、タカコの悪戯は対非正規兵戦での技術に直結しており、その勘を鈍らせない為のものでもあるという事。かなりの割合が彼女の本来の悪戯好きの気質に因るものではあるものの、作戦行動下ではその能力は絶大な力を発揮し、部隊にとっても軍にとっても欠く事は出来ず、軍は黙認し自分達は只管に耐え忍んでいるのだと、半ば諦観の念を漂わせ力無く笑っていたキム。危機回避能力を鍛える為だと言い放ち、居室でも事務所でも便所でも風呂でも構わずに遠慮無く仕掛けられ続け、物理的にはまだ生きているが社会的には何度か殺された、そのお陰で察知能力も回避能力も飛躍的に向上したが、彼はそう言っていた。
「……部下だろうが仲間だろうが本当に遠慮とか配慮ってもんが無ぇんだな、お前等の上官は……」
「……その概念をあの馬鹿に教えてやってくれ……俺達はもう諦めた……」
 そんな遣り取りを交わし、全員揃ったところで進むかと装備を担ぎ直し一行は歩みを再開する。道中では仕掛けの見抜き方や見つけた場合の無効化の仕方をカタギリとキムが説明しつつ歩き、大和勢はそれに真剣に聞き入りつつ歩く。地雷は踏んだら直ぐに爆発するものと掛かった体重が消えなければ爆発しないものと有るから決して慌てない事、踏んだら感触で分かる事が多いから、掛かったと思っても直ぐに逃げようとしたりせず、体重を掛けたまま様子を窺い、それから無効化に動く事。そんな事は今迄の軍人生活の中で体験する事は当然として考えた事も無く、一行は周囲の警戒に意識を向けつつも二人の話に真剣に耳を傾ける。
「止まれ」
 その歩みが止まったのは歩き出してから三十分程経ってから、ここから先はまだ調べていない、偵察をして来るから待機を、カダキリとキムはそう告げて再度の偵察へと出る為の支度を手早く整える。
「なぁ、一つ聞いて良いか?」
「分隊長、何ですか?」
 そんな二人に声を掛けたのは分隊長の島津、島津はカタギリの返事を受け、彼とキムの左手を指し示しながら口を開く。
「それ、何なんだ?さっきから見てたが、左手で形を作って動かしたりしてるだろう?何かの合図なのか?」
「ああ、これですか?大和語で言うと手信号ってところですかね」
「てしんごう?」
「ええ。人間相手の戦いだと相手もこちらの言葉を理解してそれに対応して動くわけで、それを避ける為にこうやって手で会話するんですよ、誰がどう動くかとか、そういうのを。相手がワシントン語を理解してなかったとしても、音を出す事自体良くないですしね」
「ああ、そういう事か。どんなのが有るんだ?」
「そうですね……例えば」
 急ぐ行程ではない所為か気軽に島津の言葉に応じるカタギリ、その彼が左手で拳を作り、それを顔の横辺りにさっと掲げて見せる。
「これが『止まれ』の合図です。それでこれが『俺が向こうを見て来るからおまえは向こうに行け』ですね」
 言葉と共に左手の拳が開かれ、人差し指が喉の辺りを、次に人差し指と中指が目を指し次に人差し指が前方を指す。その後に今度はキムを指し、次に右方向を指して見せた。
「そしてこれが『了解』の合図です」
 カタギリの合図を受けて左手の人差し指と親指で輪を作ってみせるキム、言われてみれば、と得心する大和勢に少しだけ強い笑みを向けながら、二人は偵察に出る為に歩き出した。
「本来なら自陣営ではない貴方達に言うべきじゃないんでしょうけどね」
「この程度が露呈しても我々は貴方達には負けませんよ。いまのところはまだ、ね」
 そう言って夫々別の方向へと消えて行くタカコの部下二人、島津も敦賀も、他の分隊の面々も言葉を発する事無くその背中を見送り、やがてどれ位の時間が経過したのか、島津がぽつりと口を開く。
「……大した自信だな……気合入れて見た事体験した事全部モノにしないと……一瞬で食い破られるぞ」
 敦賀以外はタカコ達が大和へやって来た目的や『千日目』やそれ以降の事迄は聞かされてはいない。それでも軍人としての直感とでも言うべきものが彼等を完全には信用するなと告げるのか、その後は無言のまま、何とも言い難い表情で二人が消えて行った方向を見詰めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。

シトラス=ライス
ファンタジー
 万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。  十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。 そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。  おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。  夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。 彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、 「獲物、来ましたね……?」  下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】  アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。  *前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。 また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!

処理中です...