大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
79 / 100

第279章『命拾い』

しおりを挟む
第279章『命拾い』

 頭が、身体が痛い、耳鳴りが酷い、腕も、足も、瞼も動かない。
 死ぬのか、と、それが敦賀の脳内に最初に浮かび上がった明瞭な意識だった。抱え上げられた子供の胴体に括り付けられた何本もの細い縄、それを見て咄嗟に下ろせと、罠だと叫んだものの間に合わなかったらしく、直後凄まじい爆音と何か鋭いものを大量に含んだ爆風が自分達を吹き飛ばした事迄は覚えている。
 こんな事で死ぬのか、タカコがあれ程何度も何度も
『戦場では自分と同隊の仲間以外何も信じるな。“Don’t trust anybody”を頭に叩き込んでおけ、死にたくなければな』
 そう言っていたのに、あんなにもあからさまな罠に気が付く事が出来なかった。きっと、子供を抱き上げた兵士は死んだだろう、他の仲間も、そして、もう直ぐ自分も――、と、そこ迄ぼんやりとした意識の中で考えた時、不意に強い力で抱き上げられ、抱き締められながら左頬を数度叩かれた。
「……が!……つ……が!!」
 遠くで誰かが自分を呼んでいる、爆発の音と圧で耳をやられたのか、恐らくは自分を抱き上げている人物の声なのだろうが、籠っている様な遠くから聞こえる様な、そんな按配で明瞭な音として身体に入って来ない、誰かもはっきりとは分からない。。
 それでもこの身体の小ささと体温、そして仄かに漂う優しい香りには覚えが有る。否、何が有っても手放したくない存在だと、ガンガンと鳴る頭と思い通りに動かない身体に鞭を打ち重い瞼を開けてみれば、そこにはやはり思った通りの人物がいた。
「……!……かるか……!?……つる……!!」
 自分を抱き抱え必死の形相で見下ろしているのはやはりタカコ、指揮所にいる筈なのにどうしてここに、と、そんな事をぼんやりと考えつつ緩慢な動きで腕を上げ彼女の頬へと掌を這わせれば、泣き出しそうに顔を歪めたタカコが更に強い力で抱き締めて来た。段々と蘇って来る聴覚、明瞭になる意識、そんな中で
「敦賀……大丈夫、良かった……敦賀……!」
 何度もそう繰り返され名前を呼ばれ、タカコのその様子にどうやら自分は生き残ったらしいと漸く思い至る。頭も身体もどこもかしこも痛いしまだ上手く動かせないが、どうやら大丈夫の様だからそう取り乱すな、安心しろ、と、まだはっきりとは開かない口で言葉にする代わりに、もう一本の腕を上げ彼女の背に回し、宥める様にしてそこを何度か撫で上げた。
「……悪い……私がもっとしっかり――」
「……お前の……所為じゃ……ねぇだろうが……俺等が――」
「でも――」
「もう、いいから……ほら、俺ばっかり……見てねぇで……対応に……回れ」
 あれ程の威力の爆発、他に死傷者が出ていないわけが無いしこれを周辺の封鎖や初動捜査も有るだろう。タカコの有能さは他には代え難いもの、命拾いをしたらしい自分に付き添って無駄にさせる事等有ってはならない。そう考えた敦賀がタカコの背中と頬を撫でさすりつつ促せば、彼女もそれ以上は反論する事無く離れて行く。
 離される腕と身体、地面に横たえられば慣れ親しんだ温かさと匂いが遠のく事に僅かに名残惜しさが生まれ、背中へと回していた腕に再度力を込めて抱き寄せ、触れるだけの口付けを一つ交わせば、今度こそ本当に身体は離れ立ちあがり何処かへと駆け出して行く。
「おい!こっちにも担架!先任、しっかりして下さい!」
「はぁ!?救急車!?曝露の時の瓦礫の撤去も完全じゃねぇのにそんなの待ってられるか馬鹿!!トラックで一気に搬送するぞ、陸軍病院に連絡入れて態勢整えさせておけよ!!」
 漸く戻った聴覚、周囲は対応の指示や怒号が渦巻き、その中にちらほらと『これはもう駄目だ』や『諦めろ、もう死んでる』という言葉も聞こえて来る。やはり死者を出さずというのは無理だったか、と敦賀が小さく息を吐けば、医療班が駆け寄って来て応急処置を始めたのに身を任せた。
「……先生、他は……どうなってる?」
「ああ、先任、それだけはっきり喋れるなら一安心かな。でも頭打ってますからね、陸軍病院に搬送しますから、入院してきちんと検査受けて下さい。外傷はそう大した事は無いですね、骨折も……うん、大丈夫そうだ」
 医療班の後にやって来たのは海兵隊医官の大和田、敦賀の問い掛けをさらりと流して診察する彼の様子に
「先生!他は!」
 と、少々語気を強めて問い掛ければ、誤魔化しは出来ないと思ったのか、一つ大きく息を吐いた大和田が再度口を開く。
「……現時点で三名死亡です……爆心に向かって二列縦隊で進攻していたお陰でこれだけ少なく済みましたが……第六分隊の分隊長の佐藤陸軍少佐ともう一名、その二名は縦隊の最前列にいた事も有り……残念です。もう一名は爆心地にいたんでしょう、原型を留めてません……第一分隊は全員即入院の負傷はしていますが、こちらは死者はいませんよ。先任も命拾いしましたね」
「……そう、か……」
 第六分隊は今回は陸軍のみで構成されていた筈、海兵隊に死者が出なかったらしい事に若干の安堵はするものの、喜べる状況ではない。入院がどの程度の期間になるのかは分からない、それでもさっさと退院して復帰しなければ、演習中に演習場で起きた爆破事件、今回の事で全員に掛かる負担は跳ね上がる筈だ、ゆっくりしている余裕等何処にも欠片も無いだろう。
「トラック来ました!陸軍病院も態勢整ってるそうです!」
 遠くから聞こえて来るトラックの音とその到着を告げる言葉、それを聞いた大和田が医療班に指示を出し、敦賀の身体は地面から担架の上へと移される。そして前後に付いた医療班が立ち上がり地面から浮き上がる感触を感じながら、敦賀は少し休もうとゆっくりと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。

シトラス=ライス
ファンタジー
 万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。  十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。 そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。  おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。  夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。 彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、 「獲物、来ましたね……?」  下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】  アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。  *前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。 また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...